妖精さん
ㅤ階段を登るときは右足から、降りるときは左足から。踊り場では1回リセット。おどりばではいっかいりせっと! ちょうど14文字。14文字だ! 今日はいいことがありそう。そう思って顔を上げたら、廊下の先に君の姿が見えた。思わず駆け寄る。友達と話していたらしい君は、僕の姿を認めると、微笑んでくれる。
「お、おは、よう!」
「おう、おはよう。元気だな」
ㅤ転ぶなよ。と心配してくれる君に、大丈夫。と返す。この瞬間がたまらなく好きだ。と、耳元でざわめきが聞こえる。羽音と、話し声。教室に向かう君の後ろ姿を見つめながら、僕は、妖精達の囁きに耳を傾ける。僕の傍には、いつも妖精達がいる。妖精とは会話ができるわけではない。ただ、向こうの声が聞こえてくるだけ。妖精は善良な人間を探しているらしい。僕の行動は、一つ一つ採点される。善良であったかどうか。さっき廊下を走ってしまったことは、減点対象らしい。非難の囁きが聞こえる。妖精達が善良な人間を探している理由はわからない。聞いても答えてはくれないからだ。妖精達は、いつも勝手に喋り続けている。
ㅤ放課後、一週間ぶりに君と一緒に帰る。これはデートと言っても差支えがないと思う。離れがたくてお茶をしていこうと誘えば、君はすぐに頷いてくれた。いつものファミレスに入る。夜ご飯にはまだ少し早いから、君はアイスクリーム、僕はパフェを頼む。運ばれてきた期間限定のブドウのパフェは、キラキラしていて食べるのが勿体ない。感嘆のため息が出る。君が笑った。
「眺めてないで食べろよ」
ㅤ呆れたような、可笑しそうな台詞に促され、スプーンを伸ばす。と、羽音が聞こえた。ところで、僕はブドウが好きだ。大好きだ。期間限定のパフェの一番大きいのを頼んでしまうくらい好きだ。だけど、視界の端で妖精がしきりに首を振っている。だから、僕は、君のまんまるいアイスクリームの上にブドウをちょこんと乗せた。
「いいのか?」
「うん。お裾分け」
「サンキュ」
ㅤいいよ、と返す。僕はブドウよりも君の笑顔が好きだから、とは言わない。君だってブドウが好きなことを、僕は知っている。パフェをちまちまと口に運んでいると、君のスマートフォンが震えた。
「ちょっとごめん」
ㅤいいよ。と言えば、君はスマートフォンの画面に指を滑らせる。画面をタップする様子から見て、メッセージが来たのだろう。返信を終えたのだろう君は、スマートフォンに向けていた視線をこちらに移し、バツの悪そうな顔をした。
「あー、悪い。ちょっと行かなきゃなんないとこができて。解散でいい?」
「……いいよ。気にしないで」
ㅤ君は律儀だ。一緒に帰ると言ったら一緒に帰ってくれる。家はもうすぐそこだから、ファミレスで解散してもほとんど変わらないのに。
ㅤお会計を済ませて、どこかへ向かう君に手を振る。急いでいる君は、手を振り返してはくれない。
ㅤ家に帰ってきた。玄関で靴を脱ぐときは、右足から。脱いだ靴を揃える。靴箱についている鏡を見る。僕の隣には、当然ながら、妖精はいない。羽音はまだ聞こえている。部屋に向かって、着替えてからベッドに寝転ぶ。ゲームをしようとスマートフォンを開くと、癖でSNSのアプリをタップしてしまった。タイムラインにフォローしている人の呟きが流れる。流れるといっても、僕は君とあと少ししかフォローしてないから、ゆっくり、ゆっくりなのだけど。指を滑らせると、君の写真付きの投稿が目に入った。そこには、知らない女の子が写っている。知らない、というのは嘘だ。僕はこの子が着ている花柄のワンピース袖が映りこんだ君の写真を何度か見たことがある。
誰?
ㅤ聞いたことはない。きっと他校のお友達だ。君に女友達なんているの、見たことがないけど。
誰?
ㅤ聞かなかった。だから言わないでほしかった。ファミレスでの君の台詞が思い出される。思い出したくはない。
『あー、悪い。ちょっと行かなきゃなんないとこができて。解散でいい? 彼女に呼ばれちゃって』
ㅤ羽音が聞こえた。ザワザワザワといつもより近い位置で鳴る。妖精が言う。君を閉じこめろ。妖精が言う。そろそろ君は帰ってきているはずだ。カーテンを開けて覗けば、隣の家の君の部屋から明かりが漏れているのが見える。
ㅤザワザワザワ、羽音は止まない。
短いBL 伊予葛 @utubokazura
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