初恋

ㅤ誰が始めたのかはわからないが、それは確かに1つの大きなイベントだった。少女が拾ってきたマッチで新聞紙に火をつける。心許ない明かりに照らされる薄白い塊に、少年は唾を飲み込んだ。


ㅤ今日この記念すべき日に、少年は、目の前で行われる作業を見詰めている。薄白い塊、もとい人間の皮が剥がされ桃色の肉が除く様を見る。手際良く剥がされる様は、プレゼントの包装が剥がされるようで。まさに今日の日付である12月25日も相まって、富裕層の子供達の児戯を真似ているかのようだ。


ㅤ薄桃色の肉が、その奥から滲んだ血液で赤黒く染まるまで、少年はその人間だったものを見つめていた。

ㅤ嗅ぎ馴れた、肉の焼ける臭いがして、少年は口の中に涎が溜まるのを感じた。薄いカーテンの向こう側で人が身じろぐ気配がする。少年も少し前まではあちら側にいた。初めての豪華な晩餐に、少年ははやる鼓動を抑えるように胸に手を当てた。そして、鮮やかに蘇る記憶の漣に耳を澄ます。



ㅤ隔離地区の中、さらに隔離された一角に、子供のみが暮らす地区がある。そこでは、無法地帯と化したスラムから追いやられた子供達が身を寄せあって暮らしている。彼らの中には独自のルールがあり、その一角は小国家と化していた。年齢が上がるほどに立場が上になる。強き者が富を手にした。富といえども、拾ったガラクタや、残飯がその大半を占めているが。弱き者は、それすら得ることができない。


ㅤその日、少年は旅人に出会った。晴れの日の空のように澄んだ目をした若者だった。道に迷ってしまったんだと言い、よかったらこの辺りを案内してほしいと頼んでコインを差し出した。もしかすると、それは自分への施しだったのかもしれないと、今になって少年は考える。差し出されたコインを受け取り、はぐれないようにと旅人の日焼けした手を握り、歩いた。


ㅤ何も面白いものもないだろうに、一々大袈裟なリアクションをする旅人に、少年は知らず笑顔を浮かべていた。しばらく歩き回り、満足した旅人と別れた。少年は久々にこんなに笑ったような気がした。楽しませてくれたお礼にと追加で渡されたコインを受け取り、旅人に別れを告げる。


ㅤそして、彼は子供達の国に戻り、最年長の少年にコインを渡して、旅人の向かった先を告げた。


ㅤその日の夜はご馳走が出た。普段は年長者しかありつけないのだが、まだ幼い少年にも一欠片だけ褒美として与えられた。少年は、放られて砂の上に転がったそれを拾い上げる。それは小指だった。胸の辺りに仄かな温かさが灯る。くすぐったいような、叫び出したくなるような、奇妙な心地だった。少年は、貰った小指を見つめる。なんだかとても神聖なもののような気がした。


ㅤ恭しく口に運び、静かに齧る。一口、たった一口で満たされたような心地になる。少年は、自分でも気が付かないうちに涙を流していた。産まれて初めて流した涙だった。そして、初めて幸福を感じた瞬間だった。小さな指を大事に大事に齧り、残った骨は持ち帰り、小さな布袋に入れた。その袋は少年のお守りになった。それを見ると、いつでも心の奥がぽかぽかして、優しい気持ちになれるような気がした。


ㅤそれから何年も経った今でも、あの日のことは少年の人生を最も鮮やかに彩った初恋の記憶である。澄んだ空を見ると、あの旅人のことを思い出す。

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