知識を求めて

火属性のおむらいす

第1話

都市の賑わいも届かない遠い遠い、辺境の一角。すっかり古びて自然の下に隠れてしまったかつての人の営みの中を、一人の冴えない男が歩いていた。身につけている品の良い形をした服は擦り切れ、所々黒ずんで穴が空いている。灰色の髪は手入れすらまともにされず雑に束ねられている。その出で立ちに生気は全く感じられなかったが、長く伸びた前髪の下に隠れた瞳だけは、若き純粋な好奇心を宿し、光り輝いていた。

(…確か、この辺りにあるはずだ)

地図を片手に、何度も方向を確認しながら進む。目的地の情報は、ずっと前に聞いた商人からふと聞いた噂のみ。…存在さえ真実なのか怪しいところだが、彼にとってはそれも些細な問題だった。

(どこだ、どこにあるんだ…?)

人の世から離れこの辺境に来て早3年。その場所を探し歩き続けている内に、時間だけが虚しく過ぎてしまっていた。それでも彼が諦めず進むのは、執念か、それともずっと昔の記憶のせいか。

__それすらもう、男には分からない。

(必ず見つけるんだ。見つけなければならないんだ)

ただ胸の内にあるのは、その思いだけ。

植物の下で時を止めた建物を一瞥して、彼はまた1歩足を進める。

「…ん?」

その時、ふと冷たい物が頬に触れた気がして、男は顔を上げた。頭上には暗い色の雲が浮かんでいる。嫌な予感がして辺りを見回せば、所々に水玉模様が出来ていた。

(まずい、降り出したか…!)

傘はずっと前に強い風に攫われてしまい手元には無い。だからといって下手に雨の中を進めばかえって体調を崩して動けなくなる為避けたかった。

(どこか…雨宿りできる場所は…)

幸い建物なら近くに腐るほどあるが、どこも老朽化が進んでおりあまり役に立ちそうにはない。そうこうしている間にも雨は強くなっていく。地図を濡らさぬよう守りながら建物を求め駆けていると、ふとまだ状態の良さそうな建物が目に入った。すかさず屋根の下へ飛び込む。幸い風はあまり吹いておらず、建物内でなくともあまり濡れなかった。

「…散々な目にあった…」

少しの間雨に降られただけといえど髪や服はすっかり濡れてしまっている。此処は比較的温暖な地域だが、時には冷たい風も吹く。ふと吹いてきた弱い風にぶるりと身を震わせながら、男はため息をついた。

(中に入れば服が乾くまで雨風を凌げるだろうか)

見たところ、この建物自体に大きな損傷は無いように見えた。状態も他と比べて比較的良好だ。何らかの施設だったのか十分な広さもある。

(あまり気は進まないが、少し利用させてもらうか…。)

白く濁ったガラス製のドアを開けようと銀色の取っ手に手を伸ばして、ふと気付く。

__明かりがついている?

一瞬躊躇った後、ふと男は気付いた。

(まさか、ここは…!)

ドアを開いた、その先。男を迎え入れたのは場違いな程に暖かな光と立ち並ぶ本棚だった。ドアベルの軽やかな音に気づいて、男と同じ位の若い男が振り返り、笑顔を浮かべる。

「ようこそ、魔法の図書館へ」

__世界の全てが記されている、全知の図書館。

彼が3年の月日をかけて探し求めていた場所が、ようやく目の前に姿を現した瞬間だった。

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知識を求めて 火属性のおむらいす @Nekometyakawaii

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