落ち零れの想い

三鹿ショート

落ち零れの想い

 彼女は、いわゆる落ち零れである。

 遅刻や欠席とは無縁であり、居眠りをすることなく授業を受けている人間だったのだが、真面目であることと優秀であることは必ずしも同じではない。

 彼女なりに努力はしているらしいが、それが結実することが無い様子は、哀れとしか言いようがなかった。

 だからこそ、私は彼女の力になりたかった。

 教師として、一人の生徒を贔屓することは避けるべきなのだろうが、彼女以外の生徒には私の力が必要であるとは考えられなかったために、私は彼女に声をかけた。

 本人も己の成績を気にしていたのだろう、私が力を貸すということを告げると、満面の笑みを浮かべた。


***


 己の担当ではない教科については、それを担当とする教師たちに助言を求め、それを彼女に伝えるようにしていた。

 だが、彼女を支えることだけが私の仕事ではなく、教師としての業務も疎かにしてはならないために、私の睡眠時間はみるみる減っていった。

 日中、意識を失いそうになることは珍しくなかったが、彼女の成績のためにも、私は倒れるわけにはいかなかったのである。

 そのような生活を続けて、半年が経過した。

 彼女の成績は、わずかではあるが向上を見せていた。

 このまま続けていけば、何時の日か上位の存在と化すだろう。

 私が褒めると、彼女は頬を紅潮させながら笑みを浮かべた。


***


 奇妙なことに、向上を見せていたはずの彼女の成績が、元の状態に戻っていた。

 彼女の努力が不足しているようには見えないために、私は首を傾げた。

 壁にぶつかったのかと問うたが、彼女は首を横に振った。

 一体、何故このような事態と化したのだろうか。

 疑問を抱きつつも、私は彼女に力を貸し続けた。

 彼女は以前と変わらぬ様子だったのだが、成績が好転することはなかった。


***


 突飛な発想だが、彼女の成績が振るわなくなった理由は、私に存在しているのではないか。

 彼女は、自分一人に時間をかけてくれている私という人間を失いたくは無いために、落ち零れの人間を演じ続けているのではないか。

 とある休日での一件以来、私はそのような考えを持つようになった。

 常のように、その日も勉強の手伝いをしていたのだが、彼女は露出度の高い服装で私の前に姿を現した。

 普段の彼女が身につけるような衣服ではないために、私は驚きを隠すことができなかった。

 彼女もまた恥ずかしさからか顔を赤らめていたが、それを誤魔化すかのように、努めて明るく振る舞っていた。

 そして、矢鱈と私に対して己の身体を近づけてきたのである。

 相手は生徒であるために私が劣情を抱くことはなかったが、彼女は私が反応しないことを不満に思ったのか、その日の勉強が終了するまで、同じ行動を続けていた。

 それから彼女は、己を異性として意識させるような言動を繰り返すようになった。

 自惚れであると告げられても仕方が無いのだが、そのような変化を目にしていれば、彼女が私に対して特別な感情を抱いているのではないかと考えてしまうのだ。

 それを確かめるために、私はあえて、彼女に告げた。

「次の試験での成績が良いものであったのならば、きみの望みを叶えよう」

 私の言葉を受けて、彼女の成績が急激に向上したのならば、私の考えが正しいということになる。

 果たして、底辺だった彼女の成績は、突如として上位と化した。


***


 共に外出することを望まれたために、私は彼女の望みを叶えることにした。

 終始楽しげな表情で行動する彼女を見ていると、私は申し訳なさを覚えてしまう。

 何故なら、彼女が私の恋人と化すことは無いからだ。

 教師と生徒という立場を考えれば、それは当然のことである。

 それならば、彼女が卒業するまで待つという選択肢も存在するが、そもそも私には、既に交際している女性が存在していたのである。

 さらにいえば、それは彼女の姉だった。

 恋人の妹であるために、彼女を特別視していたということを、否定することはできない。

 私と交際しているということを彼女は知っているのかと恋人に訊ねたところ、恋人は話していないということだった。

 彼女に比べると、恋人である姉は優秀な人間であり、落ち零れの妹を良く思っていなかったために、元々姉妹の仲は良くなかったことが影響しているらしい。

 ゆえに、私が己の姉と交際していることも知らずに、私に対して恋心を抱いたということになったのだろう。

 彼女が、ますます哀れに思えた。

 私が彼女の姉と交際しているということを知ったとき、どのような反応を見せるのだろうか。

 努力をすることを止め、元の人間に戻ってしまうのだろうか。

 様々な結果を想像していると、恐れていた事態に直面することとなった。

 彼女が、私に対して、愛の告白をしてきたのである。

 叶うことはないと知らずに努力を続けてきた彼女に真実を伝えることには抵抗があるが、彼女が自身の想いを正直に伝えてきたことを思えば、私もそれに応えなければならないだろう。

 私は、彼女に真実を告げた。


***


 妻が眠っている横で、私は彼女と身体を重ねていた。

 しかし、妻を裏切っているわけではない。

 せめて身体だけの関係でも築きたいと頭を下げてきた彼女の望みを叶えているだけである。

 幸福そうな表情を浮かべている彼女のことを思えば、私の行動にも意味があるのだ。

 だが、胸を張って言うことができるような関係ではない。

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