ドルメン 第 61 話 生き残った者


 アルタフィは自由だと感じた。とても落ち着いていて満足だった。灯りが照らすドルメンの内部は血まみれの悪魔の集会の末路だった。虐殺された人々は地面に横たわっていた。ジェーン、フーディン、それからステファン。アルタフィは彼らを見たが何も感じなかった。嫌悪も、恐怖も、苦痛も、後悔も何もなかった。アルタフィは地の中心から現れ、ドルメンの胎の中で生まれ変わった。立ち上がった時に、自らの血とジェーンの血が顔から垂れた。だからどうだというのだろう? アルタフィは灯りを持ってドルメンの出口へ向かった。ゆっくりと、地面をくまなく照らしながら歩いた。途中で羨道の一部が掘り返されているのが見えた。ローラ ベルトランはここに埋められたのだろう。アルタフィは初めて震えた。ローラの死は無駄だった。必要のない残酷な死だった。可哀想なローラ。せめて静かに眠って欲しい。


 ローラのために祈ったあと、アルタフィはドルメンの横にあるドアに向かった。そちらに向かって血の跡が残っていた。ドアは開いた。中に入るといくつもの古代の遺物が床に並べられていた。ルイス ヘストソがこのドルメンから掘り出したものだろう。儀式に使われた象牙のスプーンも、水晶のナイフも、土器もこの中から選んだものに違いない。

 アルタフィは、ここに並べられた古代の貴石や武器や様々なものが、何千年もの沈黙を守りつつ彼女を待っていたのだと理解した。彼女は自分の手にある水晶のナイフを見やった。象牙の柄に美しい形に削られた宝石で出来たナイフ。聖なる生贄を屠るための死の宝石だった。


 その次の部屋を覗いたアルタフィは思わず声を上げた。何人かの白骨死体が地面に残されていた。元々のドルメンに埋葬された有力者の死体なのだろう。ルイス ヘストソはそのままの形で残しておきたかったに違いない。


 通路は更に続き、左へと曲がった。檻のような門がしまっていた。奥からは密やかな泣き声が聞こえた。中を照らすと、誰かが閉じ込められていた。アルタフィの直感がひらめいた。

「お母さん! そこにいるの?」

 その人物は立ち上がって言った。

「アルタフィ……、あなたなの?」

 母は長い間暗闇に閉じ込められていたせいで、アルタフィの懐中電灯に目がくらんだようだった。

「今出してあげるから、ちょっと待って」

 アルタフィの母は安堵から泣き出した。その間にアルタフィは、父やステファンが儀式のときに出てきた方向へ歩いていき、そこに檻の錠前の鍵を見つけた。

 アルタフィは錠前を開けた。

「お母さん、もう大丈夫よ。これで自由だわ」

 アルタフィの母は娘を抱きしめてキスをした。そして、彼女が血まみれなのに気が付いた。

「あなた、裸じゃないの。それに血だらけよ? 何があったの?」

「あとで話すわ。まずはここを出ましょう」

「待って、あなたの服はここにあるわ。あの人たちが投げ込んでいったの。まずはこれを着て」

 アルタフィは、血も拭わずに服を身に着けた。

 歩き出したアルタフィの後を母は黙って付いて行った。


 通路を戻ってドルメンの玄室に差し掛かったとき、母が指さした。

「アルタフィ、あそこで何があったの?」

「私を生贄にしようとして、失敗したの」

「お父さんはどうしたの?」

「生きてるわ。逃げたけど」

 母はアルタフィの言葉を自分の中で消化しているようだった。

「ドルメンの中に入ってもいいかしら? 自分の目で確かめたいの」

「……想像通りだと思うわ。でも、お父さんはいないわよ」

「懐中電灯を貸して」


 アルタフィは母を止めなかった。母もこの血筋の者なのだ。何を見たとしても理解するだろう。

 母は無言でドルメンの中を懐中電灯で照らしながら見渡した。

「行きましょう」

 そう言って母はアルタフィに懐中電灯を手渡した。


 二人はこれまでに辿った道筋を逆に戻り、秘密の扉を締めた。フーディンにもらった携帯も忘れずに持った。この秘密の扉は誰にも見つからないようにしなくては。ルイスの家を後にし、暗闇の道を辿り、生け垣も元に戻した。離れたところに停めた車に急ぎ足で戻った。夜明け前までには家に帰らなくてはならない。そして、夜が明けたらいつもどおりの生活に戻るのだ。アルタフィと母が出掛けたことを警察に知られてはならない。


 車はアルタフィが運転した。

「アルタフィ、今日のことで一つだけ聞きたいことがあるの」

「本当に聞きたいの?」

「ええ」

「なら、どうぞ」

「私は、あそこで死んでいた三人の人たちの誰も知らない。あの人たちが誰だったか、どう死んたのかも興味はないわ。でも、一つだけ知りたいことがあるの」

「……」

「話したくないのね。でも、私も聞くだけ聞くわ。女性の死体は祭壇のような場所に置かれていて、彼女の胸は割かれていた。彼女の横には逆鐘形の土器があって、その中に齧られた心臓が入っていた。今まで聞いた儀式と同じように。

「つまり、誰かが儀式を行い、誰かが彼女の心臓を食べた。

「……それは誰?」

「……」

「答えなくてもいいわ。でも、口の周りの血だけは拭いなさい、アルタフィ」



(初掲: 2024 年 12 月 5 日)

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