ドルメン 第 60 話 命を賭けた戦い


 アルタフィは頭が混乱していたそうだろうな!。終わらせるなら早く終わらせたほうがいい。フーディンはアルタフィの両足首を縛り始めた。その間、ジェーンはアルタフィに灯りを向けていた。アルタフィを貶めたいのだ。自分の方が優れているとわからせたいのだ。ガゼルのような肢体を持つジェーン。それに比べてアルタフィはカエルのようだ。高貴なジェーンに、下賤なアルタフィ。

 ふいにアルタフィにビジョンが訪れた。

(フーディンはジェーンがシスネロスを殺したのだと知らないのだ)

 これまでの侮蔑が、アルタフィの生存本能に火を点けた。これしかない。これを利用するのだ。

「キム、ジェーンはあなたを騙しているわ。シスネロス教授を殺したのはジェーンよ」

 フーディンは優しく返した。

「アルタフィ、ジェーンはやっていないと既に言っている。殺したのは君のお父さんだ。もうわかっているだろう?」

「いいえ、父はあの晩ずっと母と居たのよ。ねえ、思い出して。あの晩、あなたはジェーンと居た? 居なかったはずよ。おかしいと思わない?」


 フーディンはアルタフィの片手を縛り始めていたが、その手を止めた。

「キム、手を止めないで」とジェーンは苛立たしげに言った。フーディンは彼の懐中電灯をジェーンに向けた。

「ジェーン。あの晩、君は俺にアルベリテへ行くように言った。ほかのメンバーがそこで待っていて、儀式を行う予定だと。しかし、君はもう血が流れるのを見たくないと言って、行かなかった」

「そうよ、それがどうかしたの? そのメスブタの言うことに惑わされないで」

「アルタフィのことはいい。俺に答えろ。俺はアルベリテに行った。でも、誰も来なかった。六番目の儀式が行われるはずだったのに。そして、俺はシスネロスがそのとき既に七番目の儀式を準備していることを知らなかった」

「ごちゃごちゃ言っていないで、早く彼女を縛ってちょうだい」

「俺が家に戻ってきた時、君はまだ起きていて、何か慌てているようだった。そして洗濯機が回っていた。そんな時間に洗濯なんかしたことないのに。なぜだ?」

「教授の血を洗うためよ! シスネロス教授を騙したんだわ。ジェーンは自分が六番目の儀式をするから、それが終わったら教授に七番目の儀式を始めて欲しいと言ったのよ。そして、キムをアルベリテに送って、その間に自分はソトのドルメンに行った。そこで待っていたシスネロス教授を一人でか、仲間の力を借りて殺した。多分、そのまま続けて私も生贄にするつもりだったんでしょうけど、私が逃げたので六番目の儀式だけで満足するしかなかった。私の父を疑わせて、キムはジェーンを信じ切っていた。アリバイとしては完璧よね」

「その女の言う事なんか聞かないで! 彼女は狂ってるのよ」

 ジェーンは明らかに動揺していた。

「ジェーン……、アルタフィの言うことは理に適っている。君は俺をアルベリテに送る。シスネロスは、君がアルベリテに居て六番目の儀式を行い、それが終わったら連絡が来ると思っている。でも、実際は君はソトのドルメンに潜んでいて、彼を殺る機会を狙っていたんだ。アルトゥーロとシスネロスを互いにけしかけて、自分が最後の儀式を乗っ取るまで奴らの手を汚させたんだ。そして君は俺も利用した。君はアルタフィを助けるために、儀式を順番にやらせようと言った。君は全員を裏切ったんだ……」

 ジェーンは憐れみを乞うような猫撫声でフーディンに近づいた。

「キム……、私があなたを裏切ると思うの? あなたを愛しているのよ。この聖なる輪が完結すれば、私とあなたで新しい暮らしを始められるのよ。残りの儀式は一つだけよ」

 フーディンは近づいてくるジェーンを見た。ジェーンはフーディンに抱きとめられると、情熱的に口づけた。フーディンは彼女への愛に負けて、彼女の髪を撫で、蜜のような唇に我を忘れた。二人の和解はアルタフィの死を意味した。アルタフィにはむごい苦痛だけが残されただけなのだ。


 空間の静けさをフーディンのくぐもった叫びが突然割いた。そして彼は床に崩れ落ちた。ジェーンの手には水晶のナイフが握られていた。ジェーンはフーディンを何度も刺した。その度に彼女は叫んだ。

「これはお前の愚かさへの罰よ!」

 狂った魔女は、最後にフーディンの喉を切り裂いた。

「お前はすべてを持っていたのに、今や何も残っていない」


 それからジェーンはアルタフィを見た。懐中電灯を取り上げ、アルタフィを照らした。彼女は足元のアルタフィを獣が襲いかかるときの目で見下ろした。

「次はあなたの番よ」

 しかし、ジェーンは殺戮を急がなかった。彼女はドルイド大僧正になるのだ。時間は十分にある。七番目の生贄を屠る前に古代の儀式を執り行い、力を貯めるのだ。ジェーンは、古代の言葉で何かを唱えながら服を脱いだ。フーディンの血で彼女は身体に線を描いた。祈りのリズムに合わせて踊った後、アルタフィに近づいた。彼女の手には水晶のナイフがあった。アルタフィの父が置いていったナイフだ。ジェーンはナイフを振りかざした。アルタフィの腹に刺し込み、胸に向かって切り上げるのだ今までの「胸には穴が開いていた」という記述は何だったのだ?。苦痛が長く続くように。そして、心臓を掴みだすのだ。そのとき、アルタフィの力は彼女に引き継がれる。


 そのとき、アルタフィは自由になる方の手で傍らにあった逆鐘形土器を掴んだ。そして、ジェーンが力を入れるために更に振りかぶった瞬間、アルタフィは叫びながら身体全体を回転させ、力いっぱいにジェーンの顔に土器を叩きつけた。土器は粉々に割れ、アルタフィの手からは血が流れた。ジェーンは地面に倒れ込み、意識を失った。その隙にアルタフィは、ジェーンが落とした水晶のナイフで足首の縄を切った。しかし、アルタフィが逃げ出そうとしたとき、ジェーンは力を振り絞ってアルタフィに飛びかかった。ナイフを奪おうとして二人は命がけのもみ合いになった。アルタフィはジェーンを殴りつけ、彼女の腹を刺した。ジェーンは痛みのためにアルタフィから手を離し、自分の腹を抑えた。同情も戸惑いもなく、アルタフィはジェーンを二回、三回と突き刺した。ジェーンが足元で死んでいく様を、裸のまま、血にまみれて見ている間、アルタフィには言葉にならない不思議なことが起きていた。



(初掲: 2024 年 12 月 3 日)


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る