ドルメン 第 56 話 父との再会


 アルタフィの母は農家の小さなドアをくぐるとアルタフィの手を取った。

「お母さん……」

「私を信じて、アルタフィ」

 アルタフィは漆黒の闇の中に足を踏み入れた。


 黴臭い湿気た空気が鼻を突いた。閉め切られたままの家の匂いだ。母はドアを閉めると、懐中電灯を点けた。母が床に沿って灯りを走らせると、闇の中から男の姿が浮かび上がった。極端な明暗の中に皺だらけの怪物のような父の顔が現れた。アルタフィは思わず叫んで後ずさった。


「アルタフィ、驚かないで。お父さんよ」

「そうだ、私だ、アルタフィ」

 父はアルタフィに近づいた。アルタフィは麻痺したように動けなかった。父がアルタフィを抱擁しようとすると、アルタフィは本能的に腕を前に押し出して彼から距離を取った。父はがっかりしたようだった。

「アルタフィ、すまない。説明をさせてくれないか」

 アルタフィは返事ができなかった。何年も失踪していた父が目の前にいる。殺された友人の家に隠れて、警察の追手を逃れて、アルタフィに許しを乞うている。アルタフィの積年の怒りは、懐かしさにかき消された。アルタフィは父に歩み寄り、その頬にキスをした。

「久しぶりね、お父さん」

 髭を剃っていない父の頬が紙やすりのようにアルタフィの頬を掻いた。しかし、彼の手の優しさがその痛みを和らげた。

「元気にしていたの? 会いたかったわ……」

「私もだ、アルタフィ」

 抱擁する二人を抱きかかえるように母も再会に加わった。

「安全な所に行こう。そこでゆっくり話ができる」


 安全な所? 警察がくまなく探したこの家のどこに安全な場所があるというのか? 父は暗闇を難なく歩いて廊下へ向かった。そして突き当りにあるドアを開け、三人は中へ入った。父は灯りの強い懐中電灯を点けた。


 そこは巨大な図書室だった。懐中電灯が何千もの本に光を落とした。


「スペイン、いや、ヨーロッパでも最大級の巨石遺構に関する本を集めた図書館だ。ルイスが何年もかけて集めた本たちだ。私も何年もここで学んだ」

 アルタフィは父が何を学んだのは尋ねなかった。

「お父さんは、ここにルイスと長いこと一緒に住んでいたの?」

「これから話すことをお前が許してくれるといいのだが。私は家を出た後、巨石遺構を研究するため、アイルランドやブルターニュなど様々な地を訪れた。

「教団はお父さんを受け入れて、保護したんでしょう?」

「教団?」と父は驚いたようだった。

「教団って何の話? あなたは教団の話なんてしなかったわ」」と母が割って入った。

 父は半ば強制されるように話した。

「お前が言うのは、ドルメン文化に興味を持つ人々の集まりだと思うが。確かに彼らと行動を共にして、学習したこともある。しかし、それは話の本筋ではない。

「三年ほどヨーロッパをさまよい、貯金も尽きてしまった。お前たちに送る金も必要だった。ある建設会社に職を得て、南米に派遣された。その間、南米での古代文化の学習もした。ときどき、スペインに戻ってきてはルイスと会った。

「あるとき、ルイスはバレンシナに家を買うと言った。私も彼もこの家は素晴らしいものだとわかった。そして、彼は私にここに住むように言った。それが二年前のことだ」

「はあ? 二年もここに住んでいて、私たちに連絡もしなかったの?」とアルタフィは呆れた。

「お母さんには話した。私はドルメンに取り憑かれて家を出た。ドルメンや巨石信仰にすべてを捧げようと思ったのだ。自分の責任を投げ出したことは恥じている」

「誰にも言わずにここに来たのはなぜ?」

「私の研究を続けたかったのだ。巨石信仰は現代人にもたらすものが多い。私たちは自然と繋がってこそ進化できる。土地の持つスピリチュアルなエネルギーと一体となることで信じられないようなことが成し遂げられる」


 少ない灯りの中でも父の目は輝き、不思議な力を放っていた。アルタフィは背筋が寒くなったが、母は愛する夫を再び取り戻せることに心酔しているようだった。


「じゃあ、お父さんはシスネロス教授が教団の重要なメンバーだと知らなかったってこと? 教授がドルイド大僧正になろうとしていたことも?」

「いや、彼がそこまで狂っているとは思わなかった。ルイスが殺されたときに私がどんなに驚いたことか。私はそのときここには居なかったのだが、報道で知った。だからお母さんに連絡を取ったのだ。家族の元に戻ろうと考えた。何日か置いてから、この家に戻った。ここなら誰にも邪魔されないと思ったのだ」


 父の話は単純で、真実としての整合性があった。


「ね、来た甲斐があったでしょう、アルタフィ?」と母はアルタフィの手を取った。

「お父さんはあなたの疑問にも答えたし、私たちに許して欲しいと思っている。お父さんは家に戻ってきたいのですって」

 アルタフィは母に向き合った。騙されやすく、依存体質の母。

「だったら、なぜさっさと帰ってこなかったの? 何かを隠しているんだわ」

「私は、犯罪に巻き込まれたくなかったのだ。ほとぼりが冷めてから出てこようと思っていた」

「やましいことがないんだったら、早く投降すればいいじゃない」

「明日、警察に行こうと思っているんだ。お母さんに説得された」

 母は自慢げに言った。

「そうよ、だから今夜みんなで集まろうと思ったの。明日、お父さんは警察に行き、家に戻って来るのよ」


 父と母は抱き合った。アルタフィにも加わるように彼女を見たが、アルタフィはできなかった。何かを言おうとする母をアルタフィは遮った。


「お父さん、ここは警察が何度も捜索しているわ。どうしてお父さんは見つけられずに済んだの? 何を隠しているの?」

 父は母を腕から離し、懐中電灯をアルタフィに当てた。

「私を信用できないんだな。無理もない。本当に知りたいか?」

「当たり前よ、私はすべてを知りたいの」

「すべて? 私が隠れていた場所以外に何を知りたいのだ?」

 *  *  *


 すいません、お父さんとの再会長いんですけど、もうちょっとあります。


(初掲: 2024 年 11 月 26 日)

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