ドルメン 第 54 話 アルタフィとジェーンを繋ぐもの
ジェーンは続けた。
「新石器時代に由来する儀式はほかにもあるわ。例えば、太陽信仰。ドルメンは夏至や冬至の方向に向けて建てられた。クリスマスは冬至を祝う名残だし、聖ヨハネの夜は夏至を祝っている。聖ヨハネに関する言い伝えは、聖ヨハネがその秘密を解いた透視の鍵を握っている。今日の風習や進行の多くは新石器時代に遡れるのよ」」
「すごい、突然理解が深まった気がするわ。ジェーン、どうしてあなたは私を助けようとするの? なぜこんなことを私に話すの?」
「あなたが——もうわかっているでしょうけど——私たちの一員だからよ。あなたはドルメンの娘。その精神があなたの中に生きている。もう一つは、あなたを救うと私の父に約束したから」
「なぜあなたのお父さんはあなたに頼んだのかしら」
「一つはシスネロスを大僧正にさせたくなかったからね。彼は新石器時代の常識に合わせても凶悪だわ」
凶悪……。アルタフィはシスネロスに対するローラ ベルトランの非難を思い出した。
「二つには、私の祖父や父があなたを気にしていたから」
「でも、どうして?」
「わからない。父は、何が何でもあなたを生かすように私に言いつけたの」
「ねえ、あなたのお
「二千年よ。七十六歳だったわ」
「その頃私は十五歳ね……」
アルタフィの中で何かがひらめいた。直感がアルタフィの過去を照らそうとしていた。しかし、ジェーンの言葉でその考えは遮られた。
「私は全てを捨ててスペインに来たの。教団のメンバーと会って。でも、七つの輪の儀式を止められなかった。せっかくアルカラルの遺跡であなたに警告をしたけれど、あなたは私を信じないでシスネロスの手中に嵌まってしまった」
「ジョアン ソラレスの生贄事件は嘘なんでしょう?」
「そうよ。あなたに近づくために私が仕掛けたの。そして警察も、悪の教団も撹乱させた」
「私はあなたを知らなかったし、シスネロス教授は私にとっては第二の父だったから」
「でも、あの男はあなたの心臓を喰らおうとしていたのよ」
アルタフィはその不条理に突然興奮した。ジェーンがアルタフィに落ち着くように言って、アルタフィは少しずつ自分を取り戻した。そうしながら、二千年に消えたシスネロスの孫娘のことを考えた。彼女は生贄になったのだろうか? アルタフィはそれを口にした。
「そうかもしれないわ」とジェーンは答えた。
「ドルイドの智慧を受け継ぐために、何かを成し遂げなくてはならないから」
「シスネロスはシエラ デ コルドバにある農家を借りていたの。あの家はドルメンの上に建てられていると思うわ」とアルタフィは説明した。
「農家の周りを探せば、彼女の遺体が見つかるかも知れないわね。
「最も愛するものを殺せば、それは神にとってこの上もない価値あるものになるのよ。アブラハムにとってのヤコブ、神にとってのキリストのように。シスネロスにとっては難しかったと思うけれど、彼は愛するが故に殺したはずよ」
事件の背景がアルタフィの中ではっきりしてきた。次はアルタフィの直感を話す番だった。
「ジェーン、あなたのお
「忘れもしないわ。二千年よ。スペインから戻ってきて数週間してから亡くなったから。私の父が大僧正を継いだのもその年よ」
「あなたのお
「確かに祖父らしい様子ね」
「あなたのお
「わからないわ」
「……でも、直感であり得ると思えない?」
「考えたくないわ」
孫娘を生贄にしたことでシスネロスは教団へと加入した。そしてシスネロスは私の父を教団に引き入れた。私の父がジェーンの祖父に会うことはできない。しかし、ジェーンの父には会えたはずだ。そして、再び、アルタフィの透視力がひらめいた。アルタフィは、ジェーンの目を始めてしっかりと見据えた。
「ジェーン、私の母が生まれる前、ロンダにある祖母の家にフランス人の紳士が滞在したのよ。その人はあなたのお
「わからないわ。でも、祖父は『スペインを世界に知らしめたのは私だ』とよく冗談を言っていたわ。アメリカ大統領のアイゼンハワーがスペインに行ったのと同じ年で、その後スペインがヨーロッパと交流を始めて経済が成長したからって。何度も言っていたので覚えているわ」
「アイゼンハワーはいつスペインに来たの?」
「さあ、ネットで調べればわかるんじゃない?」
調べてみるとアイゼンハワーは千九五九年の十二月二十一日にスペインに来ていた。ジェーンの祖父はその前後にスペインに来ていたに違いない。
「あなたのお
「私の祖父があなたのお
ジェーンはこれから見つける事実に不安を覚えたようだった。
「それだけじゃないの」
「それだけじゃないって……」
「私の母は千九六十年の九月に生まれたの」
「どういうこと?」
「私の祖母は結婚しなかった。恋人もいなかった。あなたのお
「嘘よ、そんな」
「嘘じゃないわ。あなたのお
「そんなことないわ、だったら知ってるはずよ」
ジェーンは殆ど気絶しそうだった。アルタフィはキッチンから水を持ってきてジェーンに与えた。
「本気なの?」
「私も最近まで知らなかったの。家族の中の秘密だったのよ」
「だから祖父はあなたを気にかけていたんだわ」
「そうね。これから二人でこの事実を消化しなくては」
アルタフィの中でまた直感がイメージを作った。ジェーンの祖父とアルタフィの祖母はドルメンで受胎の儀式を行ったに違いない。
「私は大僧正の血を引いて、あなたは智慧の女の血を引いている……。このこと、シスネロスは知らなかったわよね?」
「多分ね。母も父にはこの話はしていないわ」
「その方がいいわ」
「ねえ、ジェーン。ローサという名前に覚えがある? 祖母の家をずっと面倒見ていたって言うひとなんだけど」
ジェーンは信じられないというように頭を振った。
「これで繋がったわ。私の祖父と父は長いことスペインにお金を送っていたの。ジブラルタルに会社を持って、そこからロンダに送金していたの。会社の秘書の名前がローサだったわ」
ジェーンはソファに崩れ落ちた。彼女の氷のような表情は、自身の家系の秘密に打ちのめされていた。
「私、そろそろおいとまするわ」というアルタフィに、ジェーンは「ご自由に」と自分でも何を言っているのかわからないというように答えた。
アルタフィがジェーンを抱きしめようとすると、ジェーンは身を反らした。彼女は自分が全てを知っていると思っていたのにそうでなかったことにショックを受けているようだった。ジェーンに見送られてドアを開けると、外では煙草を吸いながらフーディンが待っていた。アルタフィは彼が煙草を吸うとは知らなかった。
フーディンのバイクの後ろに乗って、パストラのドルメンの近くまで来ると、アルタフィはフーディンにバイクを停めるように頼んだ。そしてパストラのドルメンを歩きたいと言った。フーディンをバイクに残し、一人でドルメンを歩きながら、アルタフィはここしばらくで始めて恐怖を感じずにドルメンを歩いた。七人目の生贄がまだ残っているが、自分はその七番目にならないだろうと思った。誰か別の者がなるはずだ。そして、その血の犠牲に喜びを感じ始めている自分にアルタフィは恐怖を覚えた。
アルタフィはオンティベロスの住宅街を眺めた。オンティベロスのドルメンは家々の下に埋まり、一部だけが発掘されている。パストラのドルメンの発掘が始まった時に泊まったマリア バルブエナは、子供の頃、秘密の地下道を通ってドルメンの入口まで行ったことがあると話したことがあった。
アルタフィがフーディンの所に戻ると、フーディンは驚いたようにアルタフィを見た。
「君は本当にドルメンの娘なんだな。こんな状況にも関わらず君はエネルギーと幸福さで輝いて見える」
「ここは私に合ってるみたい。さあ、セビーリャに戻りましょう」
「その前にビールはどうだい?」
「そうね、そんな気分だわ」
(特にあなたと)という言葉をアルタフィは飲み込んだ。
その晩、フーディンはアルタフィに初めてキスをした。
「アルタフィ、君は特別な人だ」
キムの眼差しはとろけるようだった。
アルタフィはフーディンに再び口づけた。彼が欲しかった。しかし、フーディンはやさしく彼女を押しのけた。
「止めておいたほうがいい」
「わかっているけど……、止められないの」
「俺も君が欲しいが、君に何かあったら困る。最初は義務的なものだったけど、今は個人的に君を守りたい」
「個人的にってどれくらい?」
フーディンはアルタフィの唇に、それから額にキスをした。
「君を失いたくない」
「失うなんてあり得ないわ」
「気を付けたほうがいい。君の命は狙われている。君の父親は未だに君を生贄にしようと思っている。彼に合う機会があったら俺に知らせて欲しい」
「どうやって連絡を取ったらいい? 携帯は全部聞かれているわ」
フーディンは新しい携帯をアルタフィに渡した。
「これを持っていてくれ。追跡はされていない。この番号にメッセージを送って。俺以外の誰かに連絡するのにこれを使わないでくれ」
「わかった。ときどき連絡してもいい? 次に会うのが待ちきれないわ」
「もうすぐ、いつでも会えるようになるさ。もう帰ったほうがいい。送るかい?」
「ううん、自転車で帰るわ。少し先に停めてあるの」
「それじゃあ」とフーディンは言って、アルタフィに再びキスをした。
* * *
マリア バルブエナの名前がチョー久々に出てきました。生贄になるのを逃れたようで(多分)安心しました。
(初掲: 2024 年 11 月 21 日)
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