ドルメン 第 53 話 ジェーンによる講義
ジェーン パンポンさんがいろいろと宗教談義を繰り広げる回です。長いんですが、ほうほう、なるほど、と思う所もあり、なぜ儀式が必要なのかの説明にもなっているのでじっくり話してもらっています。
* * *
家に着いたアルタフィは自宅の電話からマルタに連絡した。近くのカフェまで来てくれるように頼み、二人で落ち合った。目的はマルタからキム フーディンに連絡を取ってもらうためだった。アルタフィは携帯を持っていないことに感謝した。彼女の携帯はカルモナのゴミ箱で見つかったらしい。指紋の検出が終わったら返してもらえることになっていた。マルタはアルタフィの身の上に起きたことを聞いて心配し、フーディンに連絡することを請け負ってくれた。
約束の時間にフーディンはバーに現れた。彼と目が合った時、アルタフィは胃の中がちりちりするような気がした。もうどうしようもないほどにフーディンが好きだった。
フーディンは挨拶としてアルタフィの両頬にキスをすると、彼女が携帯を持っていないことを確認した。アルタフィは頷いて、誰にもつけられずにここまで来たことを伝えた。そして、ジェーンに会いたいと言った。フーディンは渋ったが、アルタフィは彼女の祖父のことで、彼女に直接伝えたいことがあるのだと言った。フーディンは、十五分後にある通りで落ち合って、彼のバイクでジェーンのところへ行くことに同意した。フーディンは椅子から立ち上がった時、アルタフィに言った。
「アルタフィ、今日はきれいだ」
「きれい? 特におしゃれもしてないわ」
「今日は髪をアップにしてる」
「バカね、バーの暗がりで見てるからよ」
そう返したものの、アルタフィは女学生のようにはしゃいでしまった自分に恥ずかしくなった。
バーを出て別々の方向へ行き、約束の場所にアルタフィが着くとフーディンがすぐにバイクでやって来た。二人乗りをして、バイクはパストラのドルメンの近くへやって来た。そしてすぐ近くの住宅街にあるテラス ハウスに着いた。あまりに普通の場所で身を隠すのには理想の場所だった。
フーディンはテラス ハウスの一つのドアを開け、アルタフィを中に招き入れた。すると階段からジェーンが降りてくるのが見えた。彼女はアルタフィを歓迎した。フーディンは「ちょっと用事があるので十五分ほど出てくる」と言って、また出ていったが、それはジェーンとアルタフィが二人だけで話をできるようにという気遣いだった。アルタフィは家の中を見回して、かなり殺風景なことに気が付いた。壁には魔術師のフーディニのポスターが貼られていた。ここに住んでいるのはフーディンだろう。ジェーンはフーディンの家に匿われているのだ。
「ジェーン、誰がシスネロス教授を殺したかわかる?」
「モンテフリオで言ったでしょう? 内部抗争なの。シスネロスは戦いに敗れたんだわ」
「じゃあ、誰が勝ったの?」
「彼より狡猾で残酷な者よ」
「誰?」
「あなたの父親よ。もうわかっているんじゃない?」
「考えはしたけど、信じられないわ。私を最後に殺すっていうの?」
「あなたは死ぬはずだったのよ、心臓を抜き取られて。でも、六番目が失敗したから、あなたが今生贄になっても意味はないわ。でも、あなたは力を渡すために死ななくてはならない」
「なんであなたはそんなに詳しいの?」
「六番目が失敗したこと? アルベリテ遺跡のこと? 新聞やテレビで大騒ぎだわ。スペインだけじゃなくて、フランスでもよ。巨石遺構の警備を強化しろって意見も出ているわ。過去の巨石関連の未解決の殺人事件の再調査も検討されているわ。私の父のような」とジェーンは答えた。
「あなたのお父さんの?」
「私の父はカルナックの巨石の横で殺されていたの。教団の本部よ。
「なぜあなたのお父さんが私のことを知っていたの?」
「前にも言ったけれど、私の父も祖父もドルイド教団の大僧正だった。彼らの使命は、土地のエネルギーに関する知識を深めることと、連綿と続いてきたドルイドの血族を見つけることだったわ。祖父が注目したのがあなたの家族よ。彼によると、巨石信仰はアンダルシアで生まれたそうよ。それを引き継いできたのがあなたの家系だった。ほかからは隔絶された環境で、あなたたちの血は純血を保ってきたのよ」
「お金持ちで文化の発信地のパリからすれば、アンダルシアは貧しくて時代遅れだとでも言うの? ヨーロッパのブルジョワの見下した意見にプライドを傷つけられるつもりはないわ」
「そうじゃないわ、私も教団からは逃れたかったの。二十一世紀のパリっ子らしい生き方をしたかったのよ」
「どこかで聞いたような話ね」
「私がパリで仕事をしているときもドルメンが私の内部に息づいているのを感じていたわ。そして、私が距離を置いたことで父を傷つけたのもわかっていた。父はいつでも私の意思を尊重してくれた。でも、レンヌで父に会った時、これで私の人生が変わることが分かった。私はそれを選んだの」
そう言ったジェーンの目は潤んでいて、彼女のいつもは冷たい態度が人間らしく見えた。
「教団が危機に面している、と父は言ったわ。父は死が間近に迫っていることを知っていた。そしてドルイド大僧正を私が継がないと、知識や血筋が途絶えてしまい、新たに誰かがその地位を得る。大僧正の役割は正当な血を継ぐことだから、家系の中の誰かか、よその正当な家系から見つけ出すことになる」
「でも、その家系以外の人は継げないでしょ?」
「そんなことはないわ。正当な家系の者を生贄にすることで、その地位を得ることができるの。正当な生贄は必ず七番目でなければならない。儀式は必ず巨石遺跡で、生贄はなんらかの印がなくてはならない」
「まさか……、私がその印を付ける役だったっていうの?」
「自分を責める必要はないわ。あなたは知らなかったのだもの。あなたの家系はヨーロッパで最も純血を保っていたから、父は私にあなたのお
何年もアルタフィを助け、仕事の世話をしたのは、彼女の信頼を勝ち取るためだったというのか。アルタフィを思いのとおりにコントロールし、最後には生贄にする。アルタフィは信じられなかった。
「でも、シスネロス教授は私の祖母を知らなかったはずだわ」
「あなたのお父さんが、シスネロスの信頼を得たくて彼女の話をしたのよ。シスネロスはその情報の重要性をすぐに理解したわ」
「でも、私の行く先や会話をどうやって知ったの?」
「あなたの周りには教団の仲間がたくさんいたわ。グティエレス、シスネロス。あなたのお母さんは、あなたのお父さんにすべてを話したわね。そうやってシスネロスもあなたのお父さんも互いに相手の一歩先を行こうとしていたのよ」
「でも、私がまったく気づかないなんてことがあるかしら?」
「あまりに近すぎて見誤るのよ。あなたのお父さんは、旧友のシスネロスに勝った。彼を殺して死体を食べたのよ。彼は教団の不思議な力をもうすぐで得ることができる。あと必要なのは、あなたの血だけ」
「私の父が私の血を……? あり得ないわ」
「あなたの血が最も彼に苦痛を与えるものだから、彼は最も強い力を得られるのよ」
「あなたはアルベリテのドルメンで本当は誰が死ぬはずだったかを知っているの?」
「それは知らないわ。多分、あなたのお父さんが同じ教団のメンバーを取り込んで、シスネロスを裏切ったんでしょう。アルベリテで誰かを生贄にすると聞けば、シスネロスは自分たちにとって有利だと考えるでしょう。そうして自分は高僧の役割をすると思って行ったら、生贄になってしまった、というところじゃないかしら」
「父が私を本当に殺すと思う?」
「私はもっとひどい状況を見てきたわ。だから、私は教団からは離れたかったのよ。教団の考えは原始的なの。原始的だからこそ美しいけれど、同時に残酷で血を求める。新石器時代に食人の儀式があったとしたら、その後継者は二十一世紀にもそれを続けるわ。外から見るとひどいことだけれど、考えは単純よ。自然は光り輝くと同時に残酷でもある」
「気味が悪い……」
「食人は人類のタブーだけれど、過去のものだと考えないことね。食人が起きる状況は三つ。遭難などしてほかに食べるものがない時、他者を食べることに取り憑かれたサイコパス、そして儀式的な食人よ。他者を食べることでその能力を取り入れようとする」
「無意味な行為だわ」
「そう無意味でもないわよ。人類の最も奥底にある本質的な感覚よ。多くの文明では、動物を神に捧げたわ。時に人間を。旧約聖書のヤハウェはアブラハムに最愛の息子ヤコブを捧げるように言った」
「そういうことを考えなくはなかったけれど……」
「現在は常に過去を受け継いでいるわ。気が付かずに過去の儀式を引き継いでいるのよ。あなたはカトリック?」
「そうよ、どうして?」
「キリスト教は古代宗教からの価値を多く受け継いでいるの。だから神は自分の息子を地上に送り、生贄にした。人類の罪を贖うために」
「……確かにそうだわ」とアルタフィはショックを受けた。「大多数の利益のための犠牲だった。自身の息子を犠牲にして……」
「それだけではないわ、カトリックの教会で何度も繰り返されるミサで何が起きていると思う?」
「何?」
「聖体拝領の意味を考えたことがある? 彼らは何を信じている?」
「キリストの肉体と血の復活を信じる聖なる儀式だわ」
「そのとおりよ。信者が口にするのは、犠牲となった息子、キリストの
(初掲: 2024 年 11 月 20 日)
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