ドルメン 第 46 話 光の教団と闇の教団

 ブリジットが話を続けた。

「キムが話したと思うけれど、私は父に付いてヨーロッパの巨石遺構を旅して回ったの。あちこち行ったけれど、父はアンダルシアにあるものが一番古いのだと言っていたわ。最も力を持ちながら、一番見過ごされていると。私の父は、祖父の後を継いで、ヨーロッパで最も重要なドルメン教団の一つのドルイド大僧正になったの。ほかの教団と同様に、教団の本拠地はフランスのブルターニュ地方にあった。十九世紀の巨石文化の潮流の元になった場所よ」

「その、ドルメン教団というのは何なの? アンダルシアのモンテフリオみたいに小さな町で、どうやって信者を持てたの?」とアルタフィは尋ねた。


「十九世紀の終わりから二十世紀の始めまで、ドルメンを発掘していたのは主にフランス、ドイツ、イギリスの研究者たちだった。程度に差こそあれ、多くの研究者は巨石信仰の教団に属していたの。発掘調査中に地元の人に会い、改宗させたのよ。その頃は、神智学やスピリチュアリズム、フリーメイソンなどの影響がとても大きかったのね。モンテフリオに居たキムのお祖父さんはそうやってメンバーになったの」


 キムが言葉を挟んだ。

「俺の爺さんはドルメン教団のメンバーだった。ブリジットの祖父のシャルル パンポンがドルイド大僧正をやっていた時に入信した。ブリジットの父親もやはりシャルル パンポンという名前で、彼の父を継いで大僧正になった。俺が始めて儀式に参加したのは、二代目シャルルがドルイド大僧正に就任したすぐ後だった。」


「じゃあ、あなたの名前はブリジット パンポン?」

「もう隠してもしょうがないわね、ジェーン パンポンよ。私の父も祖父もドルメン教団の大僧正だったの。教団のメンバーは古代の智慧を探していたわ。自然と対話し、繋がり、地電流のエネルギーを発見し、操った人たちの知識を。人類が自然から離れて人工の世界に依存し始めたときに失った知識を取り戻そうとしたの」


「何のために?」

「どの教団も使命を持っているわ。単に知識を探求する人たち、健康や若さの泉を求める人たち、透視や力を求める人たち。そんなふうに光と生命を求めるグループがいる反面、邪悪で暗いものを求める人たちもいる。私たちの教団は光を求め、殺人儀式をしているのは闇の教団よ。悪のために悪を求める。私たちは彼らと戦っているの」

 悪のための悪。アルタフィはその言葉をどこで聞いたか思い出そうとした。


「彼らはあなたを殺そうとしているのよ」

 ジェーンの言葉は冷たく、機械的だった。

「『彼ら』とは誰なの? なぜ私を殺したいの? 古代の石と私にいったい何の関係があるっていうの?」

「『彼ら』はあなたがよく知る人たち。ある意味、あなたの一部でもあり、あなたが彼らの一部でもあるわ」


「どういうこと?」

「あなたが持つ秘められた能力と、あなたが象徴するもののために、あなたを生贄にしたがっているのよ。彼らは元もとうちの教団に属していたの。悪の力を求めて別れていったのよ。今は、彼らの教団の内部で勢力争いをしている。あなたの命を捧げることでその力を得ようとしているのよ。

「彼らは七つの聖なる輪を動かし始めたの。七人の死者が戦いの勝敗を決める。そしてあなたが最後の死者となる。あなたを贄とし、あなたの内臓を口にするものが、次の統治者となるのよ」

「どうしてそんなことが言えるの?」とアルタフィは叫んだ。

「私は教団の儀式を知っているから」

 アルタフィは再び彼女の青い目の冷たさを感じた。

「ごめんなさいね、でも彼らはいつもそうやってきたの。

「彼らは私の父を殺したわ。一年前よ。フランスでね。そして、今はあなたを追っている。彼らが私を捕まえたら、私も殺されるわ」


「その人たちはいったい誰なの?」

 ジェーンは、アルタフィがそうだとは思っているものの、最も聞きたくない名前を二つ口にした。

「シスネロス――そして、多分あなたのお父さんも」

「嘘よ!」

 アルタフィが気持ちを抑えきれずに立ち上がると、周りのテーブルの人々がアルタフィを見た。アルタフィは慌てて座り直した。


「でも、なぜ私なの? どうして私から力を得られるの?」

「あなたが古代ドルイド教の子孫だから」

「私の祖母ね?」

「そう、あなたのお祖母ばあさん。ヨーロッパで異端審問の魔女狩りが始まったとき、ドルメンに関係するドルイドの家系はほとんど途切れてしまった。でも、スペインでは異端教徒やユダヤ人は処刑されたけれど、魔女は放っておかれたの。彼女たちは「平和エン パス」(注1)と呼ばれたから。奇跡的にあなたの家系は今日まで生き残った。あなた自身も気付かない間に、あなたたちのドルメンと対話する能力は保たれた。その力はあなたを正しく贄にするドルイドに引き継がれる。七つ目の殺人と共に」


「私の祖母はこのことを知っていたのかしら?」

「あなたのお祖母ばあさんは、古代からの家系だということを知っていたけれど、その重要さには気付いていなかったと思うわ」

「あなたはどうやって私の家系について知ったの?」

「ドルメンでの儀式の調査は十九世紀に始まったの。いくつかの家系は互いを知っていたわ。私の祖父は五十年以上前に既にスペインにいて、細々と残っていた血筋の人たちと知り合ったのよ。祖父の印象に一番深く残ったのがあなたのお祖母ばあさんで、あなたがそれを引き継いだ」


「私が祖母の事を調べるようにあなたが仕向けたのね? だからキムが私の内側を見るように何度も言ったんでしょう。私が自分の血筋と、全ての大本おおもとを知るように」

「そうね。でもすべて本当だったでしょう」

「でも、なぜ私を騙したの? 直接言えばよかったでしょう?」

「それは……」とジェーンは初めて気弱な表情になった。

「あなたは多分信じなかったでしょうし、警察に通報すると思ったから。あなたは自分でそれを見つけて、個人的にそれを体験して納得しなくてはならなかった。自分の足で歩いた道だけが智慧に繋がっているの。それだけが……」

「……それだけが、何?」


「あなたが私たちの一員になる方法だった」

「私が? 気は確か?」

「言い方が良くなかったわね。あなたは自分の意思であなたの家系と能力を知り、その血を受け入れた。あなたが智慧を持ったことで、あなたは更に私たちの世界を理解し、協力し合うことができる」

「協力? 自分が何だかもわかっていないのに、どうやってあなたのことや、あなたのしたいことをわかるっていうの?」

「簡単よ。単にドルイドの力を得るために生贄を捧げてる集団をやっつければいいんだわ(注2)」


「シスネロス教授を?」

「そうよ。彼は異端のグループを率いているの。あなたのお父さんは別のグループを。二人とも一連の儀式で殺人を犯しているわ」

「証拠と一緒に警察に言えばいいのでは?」

「そうして教団は解散、私たち全員が逮捕されるわ。何世紀も続いた教団を壊滅させるの?(注4) そんなことはできないわ。これは内部で解決しなければならない問題なの。いつもしてきたように」

 アルタフィは混乱して何も言うことができなかった私もです


「解決法は一つだけなの。なんだかわかる?」

 アルタフィは首を振った。

「シスネロスとその仲間を殺すことよ。それでようやっと異端グループを終わらせることができる。(注3)あなたも安全に過ごせるようになるわ」

「シスネロス教授を殺すですって? 彼は私をずっと助けてくれた人なのよ? 私にとっては二人目の父親よ」

「彼はあなたの心臓を引き出して内臓を食べるつもりなのよ。疑問の余地は無いわ。生き残りたかったら、彼を殺すしかないのよ」


「信じられないわ」

「手遅れになる前に信じられるといいわね」

「私の父は? 私を殺したいと思っているの?」

「そうよ」

「じゃあ、父も死ななくてはならないの?」

「そのとおりよ」

「みんな狂ってるわ……」


「信じられないのも仕方はないわ。あなたが知っていること、考えていること、感じることをもう一度じっくり考え直してみて。あなたはもう行った方がいいわ。私は警察があなたを追ってここから居なくなるのを待ってから、ここを出るわ。しばらくしたらまた連絡するわ。そのときに答えを聞かせてちょうだい」

「あなたのことを警察に言うわ」

「いいえ、あなたは絶対に言わない」

「ずいぶん自信があるのね」

「だってあなたは既に私たちを仲間だと思い始めているはずだもの」


 セビーリャに向かう帰りの車の中でアルタフィは黙り込んでいたが、ようやっと口を利いた。

「キム……。スペインでは教会が力を持っているわ。どうしてドルメン教団を止められなかったの?」

「教会はドルメンを恐れているんだ。ドルメンの上に教会を建てることで勢力を削ごうとしたけれど、地方ではドルメンを神聖視する土着の儀式が残った。教会はこれをカルトと見なして攻撃した。アンダルシアでは十七世紀にドルメンの調査を行ったフランシスコ デ テハダ イ ナバがドルメンを生贄を捧げたり、悪魔の儀式を行った場所だと書き残している」

「これまでの事件を考えれば、嘘ではないわね」

「十九世紀の終わりに教会は戦略を変えて、最も狡猾な人間を遺跡に送り、先史時代のメッセージを読み取ろうとした。だから教会に縁の深かったブルイユとオーベルマイヤー(注5)はスペイン中の洞窟を巡った」

「二人とも知っているわ。洞窟画についての二十世紀初頭の一人者よね」

「洞窟画を書いた祖先を知らなければ、新石器時代のカルトは理解できない。だから教会は二人を送ったんだ。皮肉なことにドルメンの呪術を終わらせたのは教会ではなく、科学の進歩だった」

「ドルメン教団が古代の智慧を蘇らせるまでは」

「そうだ。だから、俺たちの使命は重要なんだ。君の助けが要る」


 アルタフィは答えなかった。智慧の女としての儀式は終わったわけではない。事件の背景を語る人々の持論には矛盾があり、疑問は多く残っている。自分の行く道は自分で決めてこそ智慧を得られるのだ。直感をコンパスに、抜け目のなさを杖にして。未だにただ一つだけアルタフィが信じられるのは、「誰を信用してもいけない」ということだけだった。


 *  *  *


(注1)平和エン パス

 スペイン語では enエン pazパス (平和に)です。スペイン語の z は英語の th と同じ音なので、英語の empath と掛け合わせてるんですね。「エンパス」というのはスピ用語で、他者の感情に高い精度で同調できる人を指します。その能力を活かしてチャネラーになったり、ヒーラーになったりします。


(注2)簡単よ。単にドルイドの力を得るために生贄を捧げてる集団をやっつければいいんだわ

 なんでしょう、この軽いノリは。そして「やっつける」とは↓


(注3)シスネロスとその仲間を殺すことよ。それでようやっと異端グループを終わらせることができる。

 光の教団を率いる人が言うことですかね?


(注4)「証拠と一緒に警察に言えばいいのでは?」「そうして教団は解散、私たち全員が逮捕されるわ。何世紀も続いた教団を壊滅させるの?

 光だろうが闇だろうがお互いに殺し合ったり、殺そうと計画したりしてる教団は全部さっさと解散させた方がいいと思います。パンポン父が殺された時点で警察に言ってれば、「悪いのは闇の教団です」で済んだんじゃない? あ、ちなみに「パンポン」も巨石遺構があるブルターニュ地方の町の名前です。ちょっと間抜けな感じですね。


(注5)ブルイユとオーベルマイヤー

 アンリ ブルイユとフーゴー オーベルマイヤー。有名なアルタミラの洞窟画を発見した人々です。


 *  *  *


 ドルメン教団には「光の教団」と「闇の教団」があったんですね。そして、全体のプロットが明らかになった途端、「殺しちゃえばいいのよ!」ってすごい大雑把な解決策を出してくる謎の金髪美女ブリジットあらためジェーン。

 なんだろう、このノリ……。私はどうも『仮面の忍者 赤影』を思い出してしまう……。

「セビーリャの都にドルメン教という怪しい宗教が流行っていた。信じない者は恐ろしい儀式の生贄にされてしまうという……」


 しかも、悪の教団は二つの勢力に別れてて最後にアルタフィを血祭りにあげた者が力を得るんですよ! ということはですね! 儀式セットが二つ必要じゃないですか! 高僧のコスチュームと象牙のスプーンは割と簡単に入手できると思うんですけど、水晶のナイフは二つあるんですかね? 土器はどうしてるんでしょうか? それとも、儀式セットも土器も同じところに仕舞ってあって、「今日、儀式決行!」って決めたグループがそこから持ち出すんでしょうか。儀式の順番は? 交互なのか、ランダムなのか?

 どおりでシスネロス教授は疲れてたわけですね。大学で仕事しながら、生贄を選んで、片道三時間とかかけてドルメンまで行って、薬草で生贄の意識を混濁させて、切れないナイフで外科手術して、また遠路はるばる帰ってこなきゃいけなかったら、そりゃあ疲れますよね。若くもないんだし。

 そんなに殺人してまで得たいパワーってなんですかね? アルタフィのおばあさんだって、そんなスーパー パワー持ってた感じじゃなさそうですけど……。


(初掲: 2024 年 10 月 26 日)

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