ドルメン 第 44 話 キムとの小旅行(とジョンの身バレ!)

「アルタフィ、キムだ。キム フーディンだ」


アルタフィはフーディンからの電話に、嬉しい気持ち半分、怖い気持ち半分だった。フーディンは魅力的でありながら、同時に嫌悪感も起こさせた。彼のミステリアスな部分が彼女を捉え、彼の笑顔に心の柔な部分がかき乱された。

フーディンは、約束どおりアルタフィを日帰りの旅行に誘った。行き先は彼の出身地だ。グラナダにあるモンテフリオという町(注1)で、ラ ペーニャ デ ロス ジターノスジプシーの岩と呼ばれるドルメンへ行くという。ドルメンに行く危険性についてアルタフィは尋ねたが、フーディンは絶対に後悔はさせないから、と答えた。その答えにアルタフィは直感的に、自分はドルメンに向かう運命なのだと理解した。

「でも……、あなたがモンテフリオ出身っていうことは、キム フーディンは偽名ってことよね。本当は何ていうの?」

「それは形而上的な質問だな。俺はキム フーディンって気分だし、それで通ってるんだが。まあ、書類上では『ラモン ガルシア』ってなってる。イカした名前とはいい難いよな」

「正直言うとそうね。ポスターにそう書いてあってもぱっとしないわね」

「このまんまキムって呼んでくれるか?」

「もちろんよ、私の中ではあなたはいつもキムだわ。ジョンは? 彼も偽名なんでしょ?」

「言っていいのかな……。すげえ怒られそうだけど」

「あなたが教えたって言わないわ」

「ボイルはベナカソンの出身なんだ。本名はルペルト サンチェスだええええぇ〜っっ。(注2)こっちもぱっとはしないよな」

「そうね……。ま、彼も私の中ではジョン ボイルのままよ」


アルタフィは、魔女が人の本名を知ることでその人をコントロールできるという内容の話を思い出していた。(注3)アルタフィはキムの本当の名前を知ることで、彼を思いのままに操れるようになった。少なくともアルタフィはそうしたかった。(注4)ジョン ボイルは透明な青いケルトの瞳が魅力的(注5)だが、興味はまったくない。しかし、彼をコントロールしたいと思えば、そうできる鍵は手に入った。(注6)


翌朝、二人はキムの古い車に乗ってモンテフリオに向かった。途中、キムが犯人の一味だったら……という考えがアルタフィに浮かんだが、彼女の心は今自分の周りで嘘を吐いていないのはキムだけだと感じていた。そう信じたかった。モンテフリオに近づいた頃、キムが言った。

「あそこに見える崖の下にペーニャ デ ロス ジターノスがある。百を越えるドルメンを持つ巨石時代の共同墓地だ。古代の都市がその岩の下に埋もれていると言われている」

「キム、どうして私をここに連れてきたの?」

「行けばわかる」


舗装されていない道を進むと農家があり、二代前からそこに住むという女性がガイドをしてくれることになった。ドルメンに近づくにつれ、アルタフィには不思議な感覚が沸き起こった。まるで家に戻ってきたかのような感覚だった。ドルメンはもうアルタフィを脅かさなかった。ドルメンはもはや彼女の有機的な一部であり、魂の源がその中で守られているように感じた。それに、歩きながら常にアルタフィを見守ってくれるフーディンが側にいるのも心地よかった。


ふいにアルタフィの目前に最初のドルメン郡が現れた。大きくはないが保存状態は良かった。

「これらのドルメンは日が昇る方向を向いています。一部の研究者は、ドルメンの羨道と玄室は子宮を表していると考えています。これらは母なる大地の聖堂であり、夏至の夜明けに日光が奥まで差し込むことで新しい命を宿すのです。豊かな実りと健康を、美しい形で象徴的に表しているのです」

「ドルメンは埋葬のために作られたのではないと?」とアルタフィは尋ねた。

「その目的もあったでしょう。しかし、ドルメンは命の聖堂であり、単なる死のための墓壙ではありません。ドルメンは記念碑としての墳墓ではなく、私たち人間と自然を結ぶものなのです」

(命の聖堂。だから祖母は受胎の儀式を司ったのだ。何千にもわたって私の家系はその智慧を守ってきた)とアルタフィは考えた。

「ドルメンはパワー スポットに作られています」

そう言うとガイドの女性は金属製の L 字型のロッドを二本取り出した。それぞれの手に L の短い方の辺を握ると、近くのドルメンに向かって歩き出した。ロッドは彼女の手の中でひとりでに回りだした。

「放射感知だ。金属のロッドか、はしばみやオリーブなんかで出来た Y 字型の枝を使う」とキムが言った。

「ダウジングで水を探す時に使うのと同じよね?」

「そうです。フォースの地脈を見つけるのです」と今度はガイドが答えた。

ガイドはアルタフィにロッドを持たせ、歩くように指示した。何歩も行かない間にロッドは力強く回り始めた。驚くアルタフィにフーディンが言う。

「ドルメンを作った人々はエネルギーの渦を感知できたんだ。その渦の上に作られた巨石遺構に近づくと、強いスピリチュアルな感覚が呼び覚まされる。古代の教会や修道院も、ハートマン ラインとかカレー ネットワーク、(注7)それから地下水が合流する地点の上にあるエネルギー渦の上に作られている」

「エネルギーってどんなエネルギーなの?」

「最初は自然界にある電磁力だと思われていたが、今はもっと複雑で強い力に基づいたものだと考えられている。どちらにしても、まだ科学では解明されていない特別なエネルギーを持つ場所があるんだ。ドルメンを作った人々はそれをよく知っていたんだよ」

「だから、古い遺跡の上に教会が建てられたのね。そのスピリチュアルな力を得るために。そして私たちはそのエネルギーを感じる能力を失ってしまった……」とアルタフィは呟いた。それにガイドが答える。

「私たちはその能力を失ったのではありません。今でもそこに意識を向ければ目覚めさせることができるのです」

「原始宗教の象徴や儀式だけを引き継いで、新しい宗教が塗り替えてしまった」

「そうですね。その土地の力を利用するために。スペインでは、カンガス デ オニスにあるサンタ クルーズ教会(注8)がドルメンの上に建てられています。ポルトガルにも、ドルメンを取り込むように建てれらた複数のアンタス カペラ(注9)があります。こんな例は枚挙にいとまがないでしょう。だから多くの教会は力強いオーラを放っているのです。無駄に神聖でパワーのあるスポットに建てられているわけではないのです」


アルタフィもフーディンも黙ってガイドの話を聞いていた。彼女の言うことは正しいとわかっていたからだ。


「ドルメンは、自然のエネルギーを媒介するものなのです。グレゴリオ聖歌のような詠唱をするとドルメンのエネルギーが増幅します。力の地脈が強まるのです。パワー スポットに建てられたドルメンは、どれほど離れていようとも互いにフォースで繋がっているため、強力なエネルギーのネットワークを構成し、それがその中に住む人間や動物、そして気候に影響するのです。

「そのエネルギーを利用して、ドルメンではヒーリングや瞑想、スピリチュアルな進化が行われていました」

「受胎もよね」とアルタフィは付け足した。

「そうですね。間違いなく受胎も」とガイドは答えた。

アルタフィはそれから何度もロッドを試してみたが、その度にパワーのある場所で自然と回転した。

「考古学者はなぜロッドを使わないのかしら」

「疑似科学だと思われているからでしょう。試してみようともしないのでは。ロッドは、その人の感覚に反応するんです。単なる増幅器なんですよ」


 *  *  *


(注1)グラナダにあるモンテフリオという町の出身

グラナダから三十キロほど西に行った山中にある小さい村です。


(注2)ボイルはベナカソンの出身なんだ。本名はルペルト サンチェスだ。

ベナカソンはセビーリャの郊外にある新興住宅地です。

……ってちょっと待て! ジョン ボイル、イギリス人でさえもねえ! 第 23 話で「痩せて背が高く、大げさなジェスチャーの頭のおかしい男は、イギリス人によくあるように、過剰なセビーリャ訛りで話した」ってくだりは何なの? そもそもガチのセビーリャ出身のくせに「イギリス人です」って自己申告だけでみんな信じるの? お前はマシュー南か? 山田ルイ53世か? ルネーッサーンス!


(注3)魔女が人の本名を知ることでその人をコントロールできるという内容の話を思い出していた。

真の名前を知ると相手を制することができるという考えは古代中国や古代エジプトの時代からあったようです。


(注4)アルタフィはキムの本当の名前を知ることで、彼を思いのままに操れるようになった。少なくともアルタフィはそうしたかった。

出た! 男性にはとことん腹黒いアルタフィ……。


(注5)ジョン ボイルは透明な青いケルトの瞳が魅力的

セビーリャ出身で「ケルト」ってありですかね……。スペインの北西部にガリシア地方がありますが、ここの人たちは自称「ケルト民族」です。まあ、ガリシアという名前自体がゲール(ケルト)語から来ていたり、文化的に似たところがあったり、土地の風景がアイルランドに似ていたり(それはケルト関係ない)、スペインのほかの地域の人たちに比べると色白だったり(単に年中雨が降っているからでは)、と様々な理由があるそうですが、DNA を調べたところ、すぐお隣のバスクの人たちと親戚関係にあるそうです(さもありなん)。

https://www.nature.com/articles/5200202.pdf

ということで、ジョンがガリシア出身なら「ケルトの青い瞳」でもいいんですが、バリバリ南部のアンダルシア出身で「ケルトの青い瞳」はちょっとなあ……。


(注6)ジョン ボイルに興味はないが、コントロールできる鍵は手に入った。

アルタフィ腹黒過ぎて怖っ!


(注7)ハートマン ラインとかカレー ネットワーク

一九五四年のこと、地球上の磁気が人間の健康に影響すると考え、ドイツのエルンスト ハートマン博士が磁気が強く出る箇所を表す網目状の地図を作ったそうです。カレー ネットワークも同様でこちらはマンフレッド カレーさん(ヨット レースの選手で、ヨットのデザインや天候について造詣が深かったらしい)が作ったらしいです(発表年数は不明)。ハートマン博士の地図は南北に向かって格子状に広がっており、カレーさんのヤツはハートマンの地図に斜めになるように広がっています。つまりカケアミの四カケみたいになるわけですね。この網目地図を家の図面に重ねて、ここにベッドを置くと電磁波の影響で体に悪いからこっちにした方がいい、とか調べるようです。霊感のある人が「ここは霊道だから寝室にしない方がいい」とか言うのに似ています。


(注8)カンガス デ オニスにあるサンタ クルーズ教会

https://www.elfielato.es/articulo/comarca-picos-de-europa/cangas-onis-estudia-centro-interpretacion-santa-cruz/20240115143207057950.html

教会が盛り土の上に建てれらていますが、この盛り土がドルメンです。中に入ると床に穴が空いていて、そこから下のドルメンが見えるそうです。

https://es.m.wikipedia.org/wiki/Archivo:Dolmen_de_la_Santa_Cruz.jpg

ドルメンはかなり大きそうです。

https://i.ytimg.com/vi/L8KMwKkPfr4/maxresdefault.jpg


(注9)アンタス カペラ

アンタスは「後の」、カペラは「教会」です。まんまですね。

https://prehistoricportugal.com/2024/04/anta-capela-de-sao-dinis/#

https://www.mundandy.com/dolmen-capilla-de-sao-brissos/



(初掲: 2024 年 10 月 18 日)

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