ドルメン 第 39 話 探し人のゲーム

 ????? 今回は、はてなマークがたくさん浮かんでしまう回です。なんだ、この話……?


 *  *  *


 アルタフィはその日、自分からジョン ボイルとキム フーディンに連絡を取った。これまでに何度もボイルとフーディンのトリックについて考えた。もし、本当にボイルの言うとおりに彼らが私の心を読めたとしたらどうだろう? アルカラルから戻ったその晩にアルタフィは二人に会った。


「アルタフィ、俺は頼りにならないぜ。俺は単なる手品師だからな」とフーディンは言った。

「俺ならできる」と言うのはジョン ボイルだ。

「だが、簡単ではない。君の深層意識にアクセスしなくてはならないから。特に君には力がある」

「前にもそう言ったわよね。でも、私にはそうは思えないわ」

「まずは簡単な手品はどうだい? ちょっと楽しんでリラックスできるぜ」

 アルタフィはジョン ボイルを見た。

「そうだな。どちらにしてもアルタフィは何か驚くことを見せてくれるだろう」

 ボイルの許可が出たので、フーディンが手品を始めた。


「『探し人のゲーム』をしよう。ここにカードがある。それぞれのカードには、人の特徴が書いてある。目が大きいだとか、腕が太いとか。君はそれをランダムに引く。カードを引く度にその人の特徴が増えていく。こうして、君が探し求めている人がわかるのさ」

「理想の男性とかそういうヤツ? そういう気分じゃないんだけど……」とアルタフィはがっかりして言った。

「『誰』と決めるのは君だ。とりあえず流れに任せて、勘を信じろ。いいか?」とフーディンは答える。

「まあ、難しくはなさそうね」

「そうか、じゃあ、もっと難しくしてみよう」とボイルが割って入った。

「カードを引いたら内容を読んで、それを絵にしてみて。絵を見たら誰かわかるだろう。どうだい?」

「わかったわ。でもこのゲームから誰かのイメージを引き出せるとは思えないけど」

「ともかく、カードを引いてみろよ」とフーディンは促した。


 アルタフィはフーディンを見た。彼はいたずらっ子のように微笑んでいた。彼はボイルのスピリチュアルを信用していないのだ。アルタフィは心の底では彼と同意見だった。フーディンとアルタフィの目が合った瞬間、アルタフィは温かい電流が流れような感じがした。そして、アルタフィはデッキからカードをランダムに選んだ。


「女性」

「順番としてはいいね。まずは性別だ。男の場合もあるからね。元カレとか、父親とか……」

「どうして『父親』なんて言うの?」

「最初に頭に浮かんだだけで、特に意味は無いさ。さあ、次のカードを選んで」

「背が高くてやせている」


 アルタフィは背の高いやせ型の女性の絵を描き始めた。頭の中ではソアレスを魅惑したフランス人女性、ブリジットを思い描いていた。


「次のカードを引いて」

「黒髪でショートカット」


 アルタフィは、頭の中の女性のイメージを修正した。ブリジットはブロンドの長髪だった。


「クラッシックな装いで、中くらいのヒールの靴を履いている」


 アルタフィは、新しいカードの内容を絵に書き加えた。何枚か続けた後、三人の前にはエレガントで魅力的な黒髪の女性の絵が出来上がった。アルタフィは女性に思い当たる節はなかったが、なぜか知っているような気がした。


「さて、君が会いたい女性が出来上がった。誰だか思い付くかい?」とボイルが尋ねた。

「わからないわ」


 アルタフィはブリジットに会ってみたいと思ってはいるが、この絵は彼女ではない。


「この手品では絶対失敗したことはないんだ」とフーディンは強調した。

「そうだ、いつも成功するんだ。ということは、君の無意識は彼女に会うと確信しているが、君自身がまだ彼女を知らないと解釈できる」とボイルも言った。


 ちょうどその時、黒髪をギャルソン カットにした、やせて背の高い女性がバーに現れた。


「見ろよ、お目当ての女性が現れたぜ。絶対失敗しないって言ったろ」とフーディンがふざけて言った。

「手品じゃないんだ。君の無意識が彼女に会うことを直感していたんだ」とボイルが続けた。

「手品さ、ジョンがそれらしく言ってるだけだ」

「二人でごちゃごちゃ言わないで。どうやったら絵にそっくりな女性が現れるって言うの? 何か仕込んだの?」

「俺たちはそんな安っぽい仕掛けは絶対にしないよ。君の無意識が彼女を呼んだんだ。一つひとつ彼女の特徴を挙げていっただろう?」

ボイルは真面目な顔で言った。


 そうだ、カードを選んだのはアルタフィだ。多くの疑問がアルタフィに浮かんだ。黒髪の女性は、アルタフィに近づいてくるとベルベットのような声でアルタフィに話しかけた。間違いなく、フランス語訛りがあった。


「あなた……アルタフィ メンドーサね?」

「え……、ええ。何か御用ですか?」アルタフィは驚きながら答えた。

「少し話ができるかしら? 時間は取らせないわ」

 女性はボイルとフーディンを見た。彼女はアルタフィとだけ話をしたいのだ。

「バーでビールを頼もうぜ」とフーディンが言った。

「そうだな」とボイルも言って、二人は去った。


 黒髪の美女はアルタフィの前に座った。アルタフィは魅力的な彼女に惹かれたが、同時に嫉妬を感じ拒否感もあった。彼女と同じようになるには、沢山のエクササイズとダイエットが必要だろうだからルッキズムは止めい!


「急にごめんなさいね」

「私のことをなぜ知ってるんですか? どうやってここにいるのが分かったんですか?」

「私たちの内輪ではあなたのことを知らない人はいないわ。あなたの居場所もいつもわかっているの」

「あなたは誰なんですか?」

「あまり時間がないの。ジョアン ソアレスがあなたに私のことを話したでしょう。ブリジット モルビアンと名乗ったのは私よ。髪の毛が違うからわからなかったでしょうけれど」

「あなたが彼を殺そうとしたのね」とアルタフィは恐れで身構えた。アルタフィが助けを呼ぶために立ち上がろうとする前に、ブリジットは言った。

「私は彼を助けたのよ。ジョアン ソアレスは次の犠牲者になるはずだったの。あの晩にアルカラルで殺されるはずだった。車から出てきた二人組は私の仲間よ。ソアレスを驚かせて、あの場所から去らせようとしたの。策が上手く行ってソアレスは無事だったわ。ただ、本当の犯人たちはかんかんよ。今、奴らは私を疑っているわ」

「どうして私にその話を?」

「だってあなたがこの儀式の中心にいるからよ。私たちは全員命を掛けているの。あなただけがこの核爆弾を解除できるのよ」

「意味がわかりません」

「ポイントだけ教えるわ。誰も信頼してはダメ。特に……」


 そう言って彼女ははっとしたように頭を上げ、背後の暗がりに目をやった。


「もう行かなくてはならないわ。警察が監視してるでしょう。ここに居ては危険よ。また連絡するわ。わかったことを教えてもらうために」

「でも……何に気をつけたらいいの?」


 ブリジットはもう背を向けていて、その答えは返ってこなかった。彼女を追いかけたい衝動を抑えて、アルタフィはそこに留まった。ボイルとフーディンが戻ってきて尋ねた。


「何があった?」

「彼女は誰だったんだ?」

「……わからないわ」

「でも君が呼んだんだぜ?」


 そう言って手品師は、アルタフィの描いた女性の絵をひらひらと見せた。


「どうやったの?」

「俺達は何もしていない。君が彼女の絵を描いたんだ」

「もうそういう冗談はいいから。何が起きているのか教えてちょうだい」

 ボイルは真剣な声で答えた。

「アルタフィ。君を引っ掛けようとしてるんじゃない。俺たち自身も驚いてるんだ。君ほどのエネルギーを発散させている人は見たことがない。君は……特別なんだよ」

「俺らの手品も役に立っただろう?」と冗談めかして言うフーディンに、ボイルが返した。

「ふざけるのはよせ。アルタフィは怖がってるんだから。最初から追ってみよう、アルタフィ。彼女は誰なんだ?」

「ポルトガルの考古学研究者のソアレスさんがドルメンで殺されそうになって……。彼はさっきの女の人が犯人だと思ってるんだけど、彼女はソアレスさんを助けたって言うの」

「それなら警察は彼女を追跡してるだろう。だとしたら、彼女は危険を犯して君に会いに来たってことだ。何が目的だ?」

「彼女は何か危険を察知して逃げたようだったわ。途中で話は終わってしまったの。私が連続殺人事件の中心に居て、それを止められるのは私だけだって……」


 手品師たちは、初めて茶化さずに沈黙を保った。ボイルは昆虫学者がカタツムリの交尾を観察するような目どんな目だよ……でアルタフィを見ていた。フーディンもじっとアルタフィを見つめていたが、もっと人間的な眼差しだった。彼の目は、好きな女を見る男のそれだということにアルタフィは気が付いた。それにどう反応してよいかわからなかったので、アルタフィは会話を元に戻した。


「あの……、助けてくれる? 私の心を読んでもらえる?」

「自分のことを読めるのは自分だけなんだよ。だからこそ、答えも自分の中にあるんだ。君はただそれを開放すればいい。透明な泉が溢れるように」

ボイルが答えた。

「または血と恐怖の噴水みたいにね」とアルタフィは皮肉を込めて言った。

「何が出てくるかはわからない。俺達は誰かを完全に理解するなんて事はできないし、誰かが心の奥底に秘めていることもわかり得ない」

「キムなら助けてくれるわよね?」


 フーディンはカードをシャッフルしていた。そして目を上げたフーディンの表情と言葉にアルタフィはどきりとした。


「やってみよう。でも、俺のことを信頼してもらわなくちゃならない」

「……信頼する」

「近いうち電話する。一緒に出掛けよう」


(キムと出掛ける。どこへ?)


 その晩、アルタフィはフーディンのことを思い出していた。ロマンスの風見鶏が桃色の羽を見せ始めていた。誘惑が本物になったとき、アルタフィは最初は頑なに振る舞うだろう。しかし、最終的にはフーディンの願いにどこまでも応えるだろう。認めたくはなかったが、アルタフィは理屈では説明つかないほどフーディンに惹かれていた。そして、理屈を越えた感情を止めるものは何もなかった。感情と理性のシーソーゲームでは、アルタフィの場合、理性は常に同じ方向に傾いた。


 手品師の二人が繰り返し言ったとおりに自分の内側を覗いてみる。何度も、ヒントやサインがアルタフィが開けようとしなかった扉へと導いている。アルタフィの記憶、恐怖、子供の頃のトラウマ、コンプレックスの元になった出来事。最初の一歩として、アルタフィは子供の頃の思い出に目を向けた。あまり会ったことはないが、アルタフィの中に深く痕跡を残した祖母。彼女の灯りで輝くミステリアスな痕跡。彼女がアルタフィに関わらなかった理由を探し出すときが来たのだ。


 *  *  *


「ロマンスの風見鶏が桃色の羽を見せ始めていた」!

 なんという斬新な表現でしょう。ぜひ日常使いしたい言い回しですね。

「僕の財布の風見鶏からは金色の羽が抜けてしまったようだ……。悪いんだけど、今日の昼食代は建て替えておいてくれるかな?」(๑•̀ᴗ- )キラーン☆


 そしてデデン! アルタフィの本命はフーディンでした! ジョン ボイルは完全な当て馬……。まあ、ピメンテルさん的には大いに有り得る展開です。やさ男のイギリス人より、がっちりマッチョの地元男子! まあ、「カタツムリの交尾を見る昆虫学者のような目」を自分に向ける人にはあんまりドキドキしないかもしれません。どんな目??😳 っていうか、どうやったらこんな比喩が出てくるのか不思議 🤔


 加えて「アルタフィは最初は頑なに振る舞うだろう。しかし、最終的にはフーディンの願いにどこまでも応えるだろう」って、昭和の富島健夫の小説みたいです。


 あと、今回謎だった「探し人のゲーム」。絶対に失敗しないの? だったら、最初から「犯人を教えて下さい」ってやればいいんじゃないの? よくわからない……。



(初掲: 2024 年 10 月 1 日)

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