ドルメン 第 38 話 未遂事件の発生

 すみません。「住民票解除されるかも事件」に巻き込まれていたので更新が遅くなりました。


 *  *  *


 アルタフィが朝遅くに目覚めると、マケダ警部からメッセージが七つも届いていた。あわててマケダ警部に電話をした。

「何が起きたんですか?」

「何者かがジョアン ソアレスを殺そうとしたのだ」

「ポルトガルのエボラ プロジェクトのリーダーのソアレスさんですか?」

「そうだ。アルガーヴにあるポルティマンに近いアルカラル遺跡(注1)に夜中呼び出されたらしい。襲われそうになったが、どうにか逃げたられたようだ。ドルメン殺人犯の初めての失敗だ」

 アルタフィは息を呑んだ。

「言いたくはないが、我々がエル ガンドゥルの追いかけっこで時間を取られている間、誰かがアルカラルにソアレスを呼び出して殺そうとしたわけだ」

「そんな……」

「奴らは君のお遊びの隙を突いたのだ。我々が考えるより奴らは頭が良く、認めたくはないが、我々はかなり愚鈍なようだ」

「ごめんなさい……、私……」

「二度と我々をからかわないことだ。どんな結果になるかわからない」


 アルタフィはソファに腰掛けて、しばらく自分の浅はかな行いを後悔していたが、何が起きたかを知るためにソアレスに電話を掛けた。


「ソアレスさん、会ってお話したいことがあるんです。(注2)今日伺っても構いませんか?」

「今日は午前中に警察の事情聴取があるんですが……」

「でも私にとってはとても重要なことなんです」

「わかっていますよ。アルカラルまで来れますか?」

「もちろんです」

「それでは遺跡の隣にあるレストランで午後四時にお会いしましょう。ポルトガル時間でですよ。(注3)気を付けて」

「わかりました。ありがとうございます」


 アルタフィは母から車を借りて、二時間半ほどの道中を辿った。これもまた犯人たちをおびき寄せることになるのだろうかと考えながら。国境を越えるところでアルタフィはマケダ警部に電話をして再び謝った。(注4)


 アルタフィは「フォンテ デ ペドラ」レストラン(注5)の駐車場に車を停めた。レストランは遺跡に近く、狩りをテーマにしていて伝統的な料理を出すところだ。中に入ると、ジョアン ソアレスがロマンティックなイギリスの発掘家風の雰囲気を醸し出どういう雰囲気?しながら、カウンターでコーヒーを飲んでいた。


「お時間取らせてすみません」

「いやいや、こちらこそ遠いところをありがとうございます」と感じよく答えるソアレスに、アルタフィはさっそく尋ねた。

「今回は何が起きたのでしょう?」

「警察にはもう何度も話したので、かいつまんで説明しますね。私たちはヨーロッパの代表団と共にポルティマンで考古学学会を開いていたのです」

「エヴォラの会議と似たものですね」

「そうです、もう少し学術寄りですが。そこに、初めて参加するブリジット モルビアン(注6)という少し風変わりなフランス人の研究者がいたのです。とてもエレガントで魅力的な女性で、グループの中でも目を引きました。その彼女が昨日の午後、アルカラル遺跡を夜見たいというので、夜中の十二時にここで会う約束をしました」

「でも、遺跡の門は閉まっていて入れなかったのでは……」

「そうです。ただ、メインの遺跡は柵に囲まれていますが、その前にある共同墓地の一部はいつでも空いているのです。モルビアンさんは、ドルメンと星の位置関係を調べたいと言ってきました。科学的とは言い難い分野なので秘密にして欲しいと。だから誰にも言わずに出掛けたのです」


 話を聞くうちにアルタフィは、ソアレスがブリジットに同行することを了承した本当の理由を考えずにはいられなかった。(注7)

(星に興味のある、エレガントで魅力的なフランス人女性……。そうよね、ソアレスさんだってほかの男と同じように、簡単に誘惑されて操られちゃうんだわ。方位磁石なんかよりも重要なのは、ボンキュッボンでそそるルックってことよね)


「私は十二時にここへ来ました。車は道の反対側に停めました。かなり待ちましたが、モルビアンさんは現れませんでした。私は彼女の携帯の番号を知らなかったので、電話をすることもできませんでした。状況をお見せしますので、一緒に遺跡まで行きましょう」


 遺跡の一部が一般開放されていた。特に学術的な価値が無いとみなされたのだろう、状態の悪いものだった。ポルトガル警察の車がまだ何台か停まっていた。


「私がこの遺跡の前で待っていると、車が停まりました。ライトは私に向けられていて、ナンバー プレートを見ることはできませんでした。その時点では、モルビアンさんが来たのだと思いましたが、車の両側のドアが開き、男が二人出てきたのです。私は危険を感じ、その場から歩き出し始めました。二人から目を離さず、走り出さないようにして。そのとき二人が『いたぞ!』と言うのが聞こえたので、私は走り始めたのです。私が大声で叫んだので、二人は車に戻って走り去りました。私はすぐに警察を電話をして、それからは大騒ぎでした」

「モルビアンさんはどうなったのですか?」

「わかりません。メルトラ警視とも約束をしていて、もうすぐ着くはずなんです。一緒に居てもらえませんか」


 二人はレストランに戻ったが、アルタフィは犯人像に納得がいかなかった。メルトラ警視が到着した後、アルタフィは二人に尋ねた。

「殺人犯としては二人の行動は変だと思いませんか?」

「分析してみたが、考えられうる範囲の行動だった」とメルトラ警視は自信をもって答えた。

「多分、二人はソアレス氏が既に意識不明になっていると思って来たのだが、そうでなかったので慌てたのだろう」


 アルタフィは、ソアレスが本当は危険な状態ではなかったのではないかと疑ったが、警察にはその考えは無いようだった。スペインに戻ってきたアルタフィはマケダ警部に電話をして、自分の疑問をぶつけてみたがマケダ警部は犯人の失敗だとして取り合わなかった。そしてブリジット モルビアンの捜索がスペインでも始まったと言って、彼女の写真をアルタフィに送った。写真の彼女はタートルネックのセーターを着て、ブロンドの髪と青い目が美しかった。アルタフィは再びソアレスに電話をした。


「ソアレスさん、ブリジット モルビアンというのは本名なんでしょうか?」

「メルトラ警視からちょうど連絡があったところです。どうも偽名のようで、どうやって会議に潜り込んだのかわかりません」

「ホテルでは? 宿泊するのに身分証明書が必要でしょう?」

「ホテルには泊まっていなかったようです。現金で身分証明書無しに泊まれるような貸アパートにいたのではないでしょうか」


 その後、再びマケダ警部から電話があり、フランシーノ警部と会議通話をした。その中でフランシーノ警部は、エル ガンドゥルのことに触れ、アルタフィの母は誰にも連絡を取らなかったものの最重要容疑者のままであることを告げた。


 *  *  *


(注1)アルカラル遺跡

 ポルトガルの西南の海岸から内陸に少し行ったところにある五千年前の遺跡だそうです。あまり資料が無いのですが、写真から見ると小さい石を積み重ねて作ってあるので、ドルメンではなくトロスですね。

 https://www.google.es/maps/place/Alcalar+Megalithic+Site/@37.1978427,-8.5916749,659m/data=!3m2!1e3!4b1!4m6!3m5!1s0xd1b25cb5d82748b:0x8e33765e12630a57!8m2!3d37.1978385!4d-8.5891!16s%2Fg%2F120jxcj8?entry=ttu&g_ep=EgoyMDI0MDkyNC4wIKXMDSoASAFQAw%3D%3D



(注2)殺人未遂事件に巻き込まれたソアレスさんに会いに行くアルタフィ

 昨日、エル ガンドゥルに行って叱られたばかりなのでは? っていうか、ソアレスさんとの電話を切った時点で警察から電話かかってきて、勝手に動かないでくださいって言われるのでは? そもそも行く必要ある? そしてソアレスさんは、事件について話をしてもいいの?



(注3)ポルトガル時間でですよ。

 ポルトガルとスペインは隣り合っていますが、一時間の時差があります。



(注4)国境を越えるところでアルタフィはマケダ警部に電話をして再び謝った。

 詳細は省いていますが、本当に謝っているだけです。これからソアレスさんに会いに行きますとかそういうことも言っていません。なぜ電話を掛けたのか謎です。



(注5)「フォンテ デ ペドラ」レストラン

 これも実在するレストランです。写真を見ると、ライフルとか飾ってあるので「狩りがテーマ」と言っているんでしょう。ご飯はあんまり美味しそうじゃないです。スペインは大概ご飯が美味しいんですけど、お隣のポルトガルになると途端に残念になるのはなぜなんでしょう。


 https://www.google.es/maps/place/Fonte+da+Pedra/@37.1978427,-8.5916749,659m/data=!3m1!1e3!4m14!1m7!3m6!1s0xd1b25cb5d82748b:0x8e33765e12630a57!2sAlcalar+Megalithic+Site!8m2!3d37.1978385!4d-8.5891!16s%2Fg%2F120jxcj8!3m5!1s0xd1b2f7dee66ce2f:0xf61f9b15a6d6680f!8m2!3d37.1984403!4d-8.591212!16s%2Fg%2F1tjgqvv7?entry=ttu&g_ep=EgoyMDI0MDkyNC4wIKXMDSoASAFQAw%3D%3D



(注6)ブリジット モルビアン

 モルビアンというのは、フランスのブルターニュにある県の名前です。ここには、カルナック列石という数キロにわたって並べられた巨石から構成される遺跡があります。なかなか壮大な光景です。


 https://www.menhirs-carnac.fr/en/discover/a-world-renowned-site



(注7)本当の理由を考えずにはいられなかった。

 アルタフィは、また下世話な発想を……。そもそもソアレスさんは「エレガントで魅力的」としか言ってないんだから、「ボンキュッボンでそそるルック」というのは完全にアルタフィの勘ぐりですよね。


 *  *  *


 次回、これまでカラスコ教授やレイナ君を「タイプじゃない」と切り捨ててきたアルタフィのタイプが発覚します! 乞うご期待!



(初掲: 2024 年 9 月 27 日)


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