ドルメン 第 36 話 アルタフィの中に芽生えた疑惑


 前回のエピソードを読み返していたら、ラファエル アルファロスの台詞で変なところを見つけました。ローラの居所を聞くアルタフィからの電話に対し、「今日は日曜だから休んでるんじゃないかな」と答えています。

 でも、アルタフィがマルタと夜遊びに行ったのは金曜の晩で、翌朝マケダ警部から電話を受けてゴラフェに行っているので土曜日のはずです。それから現場でマケダ警部が「ローラは、ボーイ フレンドのカルロスと一緒に昨日の午後コルドバを出発したようだ」と言っていますが、原文では「金曜日、昨日の午後」と細かく記述されています。ということは、やはり今日は土曜日で、殺害は時刻が土曜日に変わったすぐ後、ということになります。アルファロスさんが「日曜日」と言っているのは、推理の捻りではなくて、単に書き間違いの気がします。

 ということで、犯人一行はローラがゴラフェに行くと言うのを金曜の昼間に聞いて、その日の午後、急遽ローラとカルロスを京都セビーリャから富士宮ゴラフェまで追いかけて、金曜から土曜に時刻が変わる頃、ご丁寧にいつも通りの儀式を行ってカルロスを殺害したことになります。

 そうなると、犯人たちは常に互いに連絡が取れて、すぐに出掛けられるように定職には就いていなさそうです。そして、水晶のナイフ、象牙のスプーン、土器、毛皮のパンツ人数分(多分)、高僧役の人のコスチューム、マンドラゴラのエキス、生贄を縛る紐、それから犯行後に身体を拭くぼろタオルが入った「儀式セット」が用意してあって、「今日、儀式決行!」となると、その儀式セットをひっつかんでみんなでバンに乗って出掛けていくんじゃないかな、と想像しています。特に土器は大切ですよね。数も間違えたら台無しなので、チェックリストがあって指差し確認して用意してそうです。

 ちなみに出かけるときの服装は脱ぎ着しやすいようにスエットパンツと T シャツです。あと、どうでもいいんですけど、内臓齧るのって「生贄の人が病気持ってたらどうしよう」とかって考えないんでしょうか。


 *  *  *


 突然アルタフィの世界が崩れた。残り少ない確信が揺らいだ。アルタフィは母にほとんど全てを話している。母に容疑が? 警察は頭がおかしくなったの?


「何か意図があって話したのではないかもしれない。父親が娘のことを知りたいのは当たり前だから、あなたの動向を教えたのかもしれない……」

 フランシーノ警部が言葉を繋いだ。

「でも、母は父と話をしたりしていません!」

「以前だったら、そうかもしれない。でも、ここ数日は話をしているのよ」

「何を……。まさか、母の電話も盗聴してるんですか?」

「我々がどうやって情報を得ているかを教えるつもりはないわ。どちらにしても合法だし、部外秘なの」

「母に盗聴されていることを伝えます」

「止めてちょうだい。あなたは何も知らないでしょう」

「わからないことは沢山あるけれど、母は私を絶対に傷つけたりしない。それは確かだわ」

「私たちもそれには同意するわ。でも、殺人犯に結びつくかもしれないのよ」

「私の父を通じてですか?」

「それはわからない。だから、お母さんには何も言わないで欲しいの。あなたの周辺の人たちの監視は倍に増やすわ。そしてあなたのことも注意深く見守ります。もうすぐ犯人を捕まえてみせるわ」


 帰りの車の中でアルタフィはほとんど口を利かなかった。


「大丈夫かい、アルタフィ?」とマケダ警部が尋ねた。

「巨石文化の人たちはどんな風に考えていたのかなと思って……。殺人犯たちが何をするかを知りたいのなら、彼らと同じように考えなくてはならないでしょう。それで初めて儀式を理解できる」

「確かに。我々も試みたが、簡単ではない」

「電子盗聴器を使うような考え方では上手く行かないと思います。彼らはデジタルの論理では動かない。彼らは五千年前の人たちと同じように行動しようとしているんだと思います」

「しかし、今日ではデジタルの足跡を残さずに逃げおおせることは不可能だ。どんなに気を付けていても誰もが何かの痕跡を残す。電話、メール、カードの支払い、GPS。私たちはシステムを通じて全てを制御している。オーウェルの『1984年』に出てくるビッグ ブラザーの目を越えたのだよ」

「どうでしょうか。私はデジタルをそれほど信頼していません」


 アルタフィは再び思考の海に沈んだ。シリコンと希少金属で出来た二十一世紀の魂を持つ警察は、巨石文化の暗闇と黒曜石の鋭い切っ先を理解できない。サイコパスたちは、先史の影から未来に戦いを挑んでいるのだ。アルタフィは、彼らとの戦いは己の深みとの戦いなのだと感じていた。ドルメンはただの石ではない。それは自分たちの中に未だに生きている。彼らの秘密は自分たちの中に見つけなくてはならないのだ。


 アルタフィが家に戻ると、母がチキン サラダを作って待っていた。食事が始まるとアルタフィは尋ねた。


「お母さん……、お父さんと連絡を取ってる?」

 母はアルタフィの声のトーンからか、ひどく驚いた様子だった。しばらくの沈黙の後、母は答えた。

「……ときどき、番号非表示の携帯から電話が来るの。公衆電話のときもあるわ。私たちがどうしているか聞くのよ」

「どうして教えてくれなかったの?」

「それほど大切なことだとは思わなかったのよそんな訳ないでしょ!。特に電話して欲しいとも思っていなかったし十年も泣いて暮らしてたのに?。それに、電話が来るときにはあなたは家にいなかったから」

「私に何か隠してるんでしょう」

「隠し事なんて何もないわよ。どうしてそんなことを言うの?」

「私がずっとお父さんと話したいって思ってることを知っていて、どうして何も言わなかったの? お母さんには隠し事があり過ぎて、何を信じたらいいかわからないわ……」

「心配しないで。今度電話があったら、あなたに代わるわ。お父さんはほとんど何も言わないの。質問をして、私が答えて、電話を切るの」

「お父さんに私のことを話すの? 私がどんなことを感じているかや、今していることとか……」

「ええ、ええ、話すわ。あなたのことを。お父さんも心配してるのよ」

「じゃあ、どうして私に電話しないの?」

「わからないわ。あの人のことだから……。でも、もうすぐあの人は帰ってくる気がするの」

「私は帰ってきて欲しくない気がする」

「ほかに望んだことなんてないじゃないの。お父さんが出ていってから」


 母は正しかった。こと気持ちのことについては母はいつも正しかった。でも、アルタフィはそれを認めるつもりはなかった。


「お母さん、今朝私がゴラフェに出掛けたとき、部屋にいなかったけど、外泊したの?」

 アルタフィは答えを期待したわけけではないが、母が信頼に足るのか確認するために聞いた。

「今朝は早く目が覚めてしまって、あなたを起こしたくなかったから、カサリャ(注1)の近くにある山の中のお友達のところに行ったのよ」

「そう……」

 アルタフィの中では警察によって植えられた母への疑惑が芽をふいていた。

「お母さん。……私、最近、ドルメンに捕らわれてる気がするの。ドルメンは怖いけれど惹きつけられるわ。嫌いなのと同時にとても好きなのよ」

「あなたのお父さんみたいに……」

 アルタフィの母は泣き始めた。アルタフィが彼女に腕を回そうとすると、母はそっとアルタフィを押しのけた。母の目は月夜の猫の目のように光っていた。

「アルタフィ、何があっても、私たちは力を合わせなくてはいけないわ」

「ええ」

「ドルメンには近づかないでちょうだい。あれはあなたにとって良くないものだわ」

「ドルメンが私から離れなかったら? 私がドルメンを探しているのではないの。ドルメンが私の行く先に現れるんだわ」


 母は悲しげに頷いた。アルタフィの言う意味がわかっているようだった。


「あなたにはあなたの道があるわ。でも、ドルメンにだけは近づかないで」

「やってみるけど。でも、次の木曜日に友達と一緒にエル ガンドゥルのドルメン群に行かなくてはならないの」

「あの、アルカラ デ グアダイラのドルメン群?(注2)」

「そうよ」


 アルタフィは、母の詳しさに驚いた。


「午後にアルカラに行くわ。涼しくなる頃に」

「行ってはいけないと言っているのに……」

「どうしてダメなの?」

「あなたは火遊びをしようとしているわ。暗闇に挑戦しようとしている」

「それが私のしたいことなのかも。奴らが来たら、叩きのめしてやるわ」


 アルタフィは黙った。罠は仕掛けた。あとは、犯人たちが罠にかかるのを待つだけだ。


 *  *  *


(注1)カサリャ

 セビーリャから八十キロほど北上したところにある山の中の小さな村です。周りに何もなさそうですが、もちろんドルメンがあります。どうやら、ここがドルメン教の本拠地そうですね。


(注2)アルカラ デ グアダイラのドルメン群

 こちらはセビーリャから二十五キロほど東の町の外れにあります。G◯ogle マップで見に行くと、三つあるドルメンは軍用地の中にあって入れないようです。小説が書かれたときには、見に行けたんでしょうか。


 *  *  *


 お母さんがドルメンに詳し過ぎて怪しさ満載になってきました。


アルタフィ 「奈良の西大寺に行こうと思って……」

お母さん 「あの『愛染明王坐像』があるところ?」


 みたいな会話です。


 みんな怪しくなってきて、どこに落ち着くのかわかりません。


(初掲: 2024 年 9 月 20 日)

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