ドルメン 第 35 話 事件現場を離れてゴラフェを観光するアルタフィ

 アルタフィは三時間半かけてゴラフェまで連れてこられた割には、さっさと現場を離れて観光に行ってしまいます。なんのためにここまで来たんだ?


 そして、よく考えたらマケダ警部は捜査チームのリーダーから外されたはずなのに、他の県の事件にも呼び出されているし、現地の警官とも直接連絡を取り合っているし、命令系統はどうなってるんでしょう。と思っていたら、国家警察のフェルナンデス警視長と(悪い警官の)フランシーノ警部がちゃんと出てきたので安心しました。


 *  *  *


 アルタフィたちは東へと走り続けた。ロハを過ぎ、ベガ デ グラナダに入った。スペインで最も高い山脈のシエラ ネバダがそびえ立つ。アルタフィがグラナダが生んだ世界的な詩人、ロルカ(注1)について考えていると、マケダ警部に連絡が入った。


「被害者の名前がわかりました。カルロス バエサです。コルドバ出身にして在住。三十二歳。車の中に身分証の入った財布がありました。車の持ち主も本人です。身分証の写真で本人と確認しました。また詳細がわかりましたら連絡します」


 グアディクスを過ぎ、いよいよゴラフェに近づいてきた頃、出版社の編集長、ラファエル アルファロスからアルタフィに電話があった。


「アルファロスだ。電話を何度かもらったようだが、何かあったのかい?」

「アルファロスさん、急なんですが、今ローラがどこにいるかわかりますか?」

「ローラかい? どこにいるかなんて見当もつかないよ。今日は日曜だから休んでるんじゃないかな」

「彼女がゴラフェに行くってご存知でしたか?」

「いや、全く。もし、彼女が話してたとしたら、私はすっかり忘れていたってことだ。いったいどうしたんだい?」

「ちょっと込み入ったことがありまして。ローラのボーイ フレンドの名前をご存知ですか?」

「ボーイ フレンド? どのボーイ フレンドだい? 何人かに会ったことがあるけど」

「一番最近の彼です。イマ彼です」

「さあ。確かアフリカ系だったと思うけど。何度か会社に彼女を迎えに来てたな」

「その彼の名前がわかりますか? 大切なことなんです」

「ローラの姉妹に聞けばわかると思うが。重要なのかい?」

「そうなんです。わかったらすぐ知らせてくださいますか?」


 それからすぐにアルファロスから折り返し連絡があった。


「カルロス、ローラの彼氏の名前はカルロス バエサだ」とアルファロスは興奮気味に言ったなんで興奮してるんですかね?

「これで何が起きてるか教えてくれるね?」

 ゴラフェで見つかった遺体がローラのボーイ フレンドだということがわかり、アルタフィはすぐに言葉が見つからなかった。ようやっと「カルロスはゴラフェで遺体で見つかりました。ローラは行方不明です」とだけ言うと、電話を切ってしまった。アルタフィには説明する気力も意思も無かったのだ社会人としてどうよ?


 二人は「ロス オリバーレス」の遺跡の駐車場に着いた。ゴラフェには、三つの集団墳墓があり、およそ百五十ものドルメンがその中に分散している。その三つのうちの一つ、ロス オリバーレスはゴラフェの峡谷の最上部に並んでおり、次のコンキンはそこから峡谷を下がった斜面に、最後のマハディーリャスは峡谷の反対側の斜面にある。

 二台の治安警備隊(注2)の車が道を塞いでいた。駐車場の中には更に何台かの回転灯が付いた車が、救急車と共に停まっていた。アルタフィには見慣れた光景になってしまった。車の内の一台はローラのボーイ フレンドのものに違いない。こんなところまでなぜわざわざ来たのだろうか?

 峡谷の景色は素晴らしく、上空には鷲が飛んでいた。死者がいることを表す兆しだ。その様子にアルタフィは震えた。

 死体は既に袋に収納されていた。その周りには倒鐘形の土器が、血まみれの内蔵と共に置かれていた。ちらりと見ただけでも以前と同じ土器だとわかる。三つの土器。五つ目の死体。悪の集団の息遣いをアルタフィは聞いた気がした。それは彼女を包み、身体の中に染み渡った。それとも、その息は自分自身のものだろうか?何かがアルタフィの中に生きているのか? アルタフィはそれを見極めようとしたが、何も見つけられなかった。カルロスの遺体は、倒壊しかけたドルメンの前に置かれていた。縦石が入口から羨道を構成し、豪華な墓室に続いていた。ゴラフェのドルメンは一部を除き、ほとんどが中規模から小規模だ。考古学者は古代の人々の墓を暴いてきた。これは墓を荒らされた者たちの呪いなのだろうか……?


「マケダ警部、もう行ってもいいですか?」

「しかし、私はここを離れられんのだ」

「私が村までお連れしましょう」と治安警備隊の隊員が言った。マケダ警部と後で落ち合う約束をしてアルタフィはゴラフェの村まで戻った。


 アルタフィは、ビジター センターでドルメンについての展示を見た後、峡谷を見渡しに行った。マケダ警部に電話をしたが通じなかった。空腹を感じたアルタフィは村のホテル兼レストランで昼食を取った。そこにはドルメンの写真が飾ってあり、アルタフィは殺人現場が観光地になっていることに恐れをなした。そして、自分の父の関与についても思いを馳せた。

 そこでマケダ警部から電話があり、村に戻ることを伝えられた。アルタフィの前に現れたマケダ警部は、驚いたことに国家警察(注2)のハビエ フェルナンデス警視長とテレサ フランシーノ警部と一緒だった。


「事件のニュースを聞いて、すぐにここに向かったんだ。事件はスペイン中だけでなく、ポルトガルでも起きた。メディアはこぞって報道している。抑えようとしたが無理だった。君もニュースになっている」とフェルナンデスは言った。

「ドルメンの黒い聖女……」

「そうだ。だから知らない番号からの電話には応えないでくれ」

「何か進展はあったんですか?」

 アルタフィの質問にはマケダ警部が答えた。

「ローラは、ボーイ フレンドのカルロスと一緒に昨日の午後コルドバを出発したようだ。グアディクスにある洞窟ホテル(注3)を二晩予約したが、実際には停まらなかった。カルロスは真夜中を少し過ぎた頃、殺されたらしい。ローラの行方はまだわからない。犯人たちに拉致されているのでは考えている」

「誘拐されたってことですか? だったら、まだ生きている可能性がありますよね!」

 アルタフィは望みをかけてそう言った。

「犠牲になっているのは男性だけですものね?」

「今までは確かにそうだ。しかし、これからもそうとは言えない」

「あなたの周りにいる人たちを分析してみたのだけれど……」とフランシーノ警部がいつものように自信ありげに言った。

「あなたへの親しさに準じて、三種類のグループに分けたの。あなたの動向、仕事、予定をおおよそ知る人たち。最初のグループはあなたのお母さんと友達のマルタ。二つ目は、シスネロス教授と、最近戻ってきたあなたのお父さん。最後のグループは考古学部の友人や同僚」

「今言われた人たちは確かに私に近い人ですが……。私の父は違います。近くにいませんので」

「それはどうかしら。私たちは、この中の誰かが容疑者だと思っているの」

「私の母が? マルタが? シスネロス教授がですか? あり得ないわ」

「それにあなたのお父さんを除外するのはなぜかしら? お父さんのことを疑ったりしないの?」

「父は……もう長いこと音信不通なので……。父が突然現れたのには驚きましたがこの話は警察にしていないはず

「あなたのお父さんはルイス ヘストソと関係があったんじゃないかと、私たちは疑っているの。二人ともエンジニアで、巨石文化に傾倒していた。そして二人とも家族を捨てた。一時期にせよ、一緒に行動していたはずだわ。証拠は掴んでみせる」

「一緒に行動していた?」

「あなたはヘストソ元夫人を訪ねた後、同じように考えたはずよ。違う?」

「私は……同じ疑問を持ちましたが、答えは出ませんでした」

「今のところ、第一容疑者はあなたのお父さんよこないだはアルタフィだったのに?

「なんですって……」(注4)

「でも、この仮説が正しいと証明するには、あなたの動向をお父さんがどうやって掴んだかを知らなくてはならないの」

「父が私の動向を知るなんて無理です。父とは話をしてないんですから」

「でも、お母さんならできるわよね」

「……母が?」


 *  *  *


(注1)ロルカ

 フェデリコ ガルシア ロルカは、スペインの国民的な詩人です。スペイン内戦が始まった頃(一九三六年)にフランコ率いるナショナリスト派に処刑されました。

 スペイン内戦は、無神論共産主義者と、カソリックに基づく全体主義(ナショナリスト)が対立した戦争です。フランコは軍人だったので反乱軍を率いて、国内を制圧、元首になりました。その後、一九七五年に死ぬまで独裁政治を行いました。

 スペインではフランコ時代の圧政が今でも影を落としています。ロルカを文化人として敬うのも、フランコ時代を厭う国民感情の一端だと思います。原文ではロルカについて何度か言及されています。


(注2)治安警備隊と国家警察

 スペインの警察組織は複雑です。これもフランコ時代の名残です。ざっとした考えで、国家警察は都市部を、治安警備隊は地方を警備しています。これ以外に地方警察というのがありますが、これは警察犬部隊などの専門部隊のようになっています。ただ、自治体によって役割が変わるし、地方によってはその地方独自の警察組織があるので、あくまでも目安です。


(注3)洞窟ホテル

 崖の側面から掘り込んだ洞窟が家になっていて、これをホテルに転用したものです。中は普通の家です(ちょっと湿っぽそうですが)。アンダルシアは暑いので、こんな家が発達したようです。

 https://www.localizalo.es/descubriendo-el-encanto-de-las-casas-cueva-en-andalucia/

 そういえば洞窟の家は、フランスのロワール川沿いでも見られます。それこそ、巨石文化の名残でしょうか……?


(注4)「なんですって……」

 日本語だったら、こんな感じの返事になりますよね? でなければ、「えっ?」って程度の。原文は「ねじ込む」という意味の、英語に訳すと F ワードになる言葉でした。なんでそんなにたくさん罵り言葉があるのか不思議です。



(初掲: 2024 年 9 月 17 日)


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