ドルメン 第 34 話 第五の事件
前々回からコルドバが出てきていますが、地理的な話をしていなかったので、ここで補足しておきます。
アルタフィが、ヘストソ元夫人に会いにムルシアに行ったとき、セビーリャからムルシアまでは京都から東京に行くような感じだと説明しました。この例を使うと、セビーリャが京都だとして、コルドバは福井県と岐阜県の県境(郡上市白鳥町)くらいの距離です。今回アンテケラ、グラナダ、グアディクス、ゴラフェと出てきますが、アンテケラが名古屋、グラナダは浜松、グアディクスは静岡、ゴラフェは静岡から富士山に向かって行った富士宮当たりだと思っていただければ距離感が掴めるかな、と思います。ただし、新幹線は通っていないので、すべて車での移動です。
* * *
アルタフィは、意欲を持って新しい仕事に取り掛かった。三日間家にこもって、タルテソスの原稿を編集した。作者による文は既に良く書かれていたが、スペルの間違いをいくつか見つけ、章立てについて作者に相談をした。作者もアルタフィの考えに好意的だった。金曜日に仕事を終えたので、月曜日にラファエルに原稿を持っていって見せようと考えた。その際に、ローラにシスネロス教授の孫娘についても聞いてみようと思った。月曜日に面会を取り付けるために出版社に電話をすると、ローラが前回より親しい様子で電話に応えた。事務的な話を終えたローラはアルタフィに話しかけた。
「ねえ、アルタフィ、考古学者のあなたに聞きたいことがあるの」
「なんでしょうか? 私で答えられることなら喜んで」
「私の彼がグラナダの北部にあるグアディクスの出身で、週末に彼のところに遊びに行くの。ちょっと彼にも考古学に興味を持ってもらいたいと思って、グアディクスから近いゴラフェのドルメン群に行こうと思うんだけど、どうかなと思って……」
ドルメンと聞いただけでアルタフィの全身は拒否反応を示した。
「ごめんなさい。そこはよく知らないから……」
そう答えるアルタフィに、ローラも素人が気軽に相談して済まないと言った。アルタフィは、ドルメンでの事件のことを簡単に説明して、ドルメンのことは考えたくないのだと伝えた。再び謝るローラにアルタフィは言った。
「気にしないで。でも、ドルメンに行くなら、気を付けて。必ずボーイ フレンドと一緒に居て、絶対に一人になったりしないで」
ローラとの電話を切ったアルタフィは不安になってマケダ警部に連絡した。アルタフィは警部にコルドバの出版社に勤め始めたことと、そこで知り合ったローラが週末にゴラフェのドルメンに行こうとをしていることを説明した。
「何か問題があるかい? 彼女に行くなとは言えないし、危険は無いように思うが……」
「でも、これまで殺された人たちのように、彼女は私に話をしたので……」
「心配は要らないと思うよ。彼女は考古学関連の人物ではないし、君にはわからないように見張りが付いている。いつでも動けるようになっている」
そう言われてもアルタフィは安心できなかった。自分がゴラフェに行こうかとも思ったが、何ができるわけでもない。気を紛らわせるために、金曜日の夜にマルタと出かけることにした。ただし、手品師は抜きにして。マルタと一緒に飲んでいる間、突然ローラが考古学に関連していることに気が付いた。出版社が考古学に関する本を出そうとしているのだ。無関係ではない。思い付くともう遊んでいる気になれずに、マルタの説得を振り切ってアルタフィは家に戻った。
朝、まだアルタフィが寝ている時間に携帯が鳴った。マケダ警部からだった。ローラに何か起きたに違いない。アルタフィは叫ぶようにして電話に応えた。
「何があったんですか?」
「詳しくはまだわからんのだ。ただ、マドリッドから連絡があった。巨石遺跡で何かあると警告が来るようになっているんだが、ゴラフェのドルメンの一つで死体が見つかったようだ」
「誰ですか? ローラですか?」
「まだ連絡待ちなのだ。ショックだ。責任を感じるよ」
「だから警告しましたよね? あのとき耳を貸してくだされば……」
「今は非難のときではない。ゴラフェに一緒に行って欲しいのだ。君の力が役に立つはずだ」
アルタフィは一瞬迷ったが、行くことに同意した。しかし、犯人たちはどうやってローラがゴラフェに行くことを知ったのだろう? アルタフィの電話が盗聴されているのだろうか?
アルタフィは家を出る前に、母に出かけることを告げようと思ったが、母の姿が見えなかった。普段は早起きの母なのにおかしいと思い、寝室を覗いたが、ベッドは空できちんと整えられていた。いつもより早起きをして、散歩にでも行ったのだろうか? 週末なのに? 目前の事件の重要さの方が気にかかり、アルタフィは深く考えずに家を出て、迎えに来たマケダ警部の車に乗り込んだ。
目的地へはアンダルシア地方の東西を結ぶ A-92 の高速道路を辿って三時間半ほどかかるはずだった。途中、五分毎にローラの番号に電話をかけたが、電源が切られているか、圏外にいるようで通じなかった。
「私が家にいることをどうしてご存知だったんですか?」
「君は監視下にあると言っただろう」
「私の携帯に GPS 追跡器でも付けたんですか?」
「秘匿事項だし、君は知らん方がいい」
「でもローラが死んでしまったら何のための監視ですか」
「想像で物を言ってはいかん。まだ誰が殺されたかわからんだろう」
「『気を付けて』って彼女に言ったんですよ。巨石墳墓に行ったら死んでしまうとわかっていたのに、防げなかった」
「自分を責めてはいかん。まずは情報を待とう」
一時間ほど車を走らせてアンテケラを過ぎる頃、マケダ警部の電話が鳴った。警部の口数は少なく、アルタフィは電話の内容を想像できなかった。自分でも意外なことに泣き出してしまったアルタフィにマケダ警部は「ローラではなかった」と告げた。
「身元はまだわからないが、若い男性だそうだ」
「きっとローラのボーイ フレンドだわ……」
「結論を急いではいかんよ。近くに車があったそうだ。多分その男性のものだろう」
「でなければ、ローラのものか……」
「まだわからんよ」
アンテケラを後にしながら、アルタフィはアントニオ パレデスのことを思い出していた。アルタフィに書類を渡そうとしていた彼は、メンガ ドルメンの見えるマリマチョの丘で殺された。そして今はローラ、いや、彼女のボーイ フレンドだ。殺人犯たちはどうやって犠牲者を、生贄の舞台に引き込むのだろうか? 混沌と興奮の中、アルタフィは編集長のラファエル アルファロスに電話を掛けた。彼ならローラの居所を知っているかもしれない。しかし、彼への電話も通じなかった。
「私とローラとの関連を知る人はほとんどいません」とアルタフィはマケダ警部に言った。
「それに、ローラがゴラフェに行くことは――マケダ警部、あなた以外には話していません。ほかの人に聞かれたりしていないかも考えてみたのですが……。失礼ですが、警部の同僚の人が関与していることは考えられませんか? 私の電話が盗聴されているなら、私が誰と何の話をしたかもご存知なんでしょう?」
「可能性は否定しないが、高くはないと思うな」
「ほかの誰かが盗聴しているとか?」
「うちの IT の専門家チームは、君が盗聴されていないことを知っている。何かおかしな繋がりがあれば我々にはわかるはずだ」
「じゃあ、どうして殺人犯は内情を知っているんですか?」
「それは追々わかるはずだ」
マケダ警部の携帯が再び鳴った。ハンズ フリーで応えると、相手はゴラフェに着いた警官だった。
「マケダ警部、ひどいものですよ。目はくり抜かれてるし、心臓は引きちぎられているし……。こんなことができるのは怪物だけですよ。それも複数人のね!」
「これまでの四件の儀式と同じだな。これが五件目ということだ」
アルタフィは、手で器の形を示すと三本指を立てた。マケダ警部はそれを見て、電話の向こうの警官に尋ねた。
「鐘を逆さにしたような土器が死体の周りにあるかね?」
「ええ、そんな感じの鉢があります。博物館のガラス ケースの中で見るような先史時代の焼き物ですね。内臓が中に入ってます」
「内臓は一部が齧られているはずだ。後で確認してくれ。土器はいくつあるかね?」
「三つです。すべてに内蔵が入っています」
「やはり三つか。次の殺人があれば、土器は二つになる。我々が止められなければ、殺人犯たちは、あと二人殺すつもりだ」
四匹の蝶に三つの土器。アルタフィはジョン ボイルの言葉を思い出した。私の無意識が三つの土器を呼び、未来に突き出していると。私が否定しても、私の無意識の底ではそれを望んでいると。私が悪魔を呼び出している究極の人物……? そんなことがあるだろうか?
* * *
今回は初めて知らない人が亡くなりましたね。ローラはシスネロス教授の裏(?)の顔を知る人物なので、もうちょっといろいろヒントを出してくれないと困ります。アルタフィのお母さんもどこかに行ってしまって、何が起きているんでしょう。二人共無事でいてくれるといいんですが。
それにしても、犯人グループはよくもまああちこちに行って事件を起こしますね。
(初掲: 2024 年 9 月 13 日)
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