ドルメン 第 32 話 アルタフィの職探し


 ふう、なんとか火曜日に間に合ったぜ……💦


 *  *  *


 発掘の仕事が無くなったアルタフィはなりふり構わずに職探しを始めた。自分で焦り始めたこともあるが、自分に職がないことで母親が自分のせいだと落ち込むことに耐えられなかったのだ。

 ウェイトレス、スーパーの在庫管理、保険のセールス、と考えられるものすべてに履歴書を送ったが、どれも書類審査で落とされた。面接までこぎつけたのは、アパレル販売員とホテルのフロント係だった。しかし、アパレル販売員の方は年齢で落とされ、フロント係は高学歴過ぎるということで落とされた。


 いよいよどうしようかと思っていると、シスネロス教授から電話があった。シスネロス教授は以前に勧めてくれた南米の仕事を再び口にしたが、アルタフィは断った。


「そうか。私の友人がコルドバで出版社をやっているんだが、新しく『過去の足跡』という考古学のシリーズを始めるそうなんだ。学術的な監修をして欲しいと頼まれたのだが、私はもう年寄りだし退職を考えてる身の上でね。だから君のことを話した」

「私ですか? シリーズものの監修を?」

「まあ、監修そのものではないんだ。シリーズのタイトルや著者については私が提案して、それが通っている。君には編集をやってもらいたい。文章校正や著者との連絡など、諸々だ。友人は大変興味を持っている」

「ぜひやってみたいです。ありがとうございます。でも、校正なんてしたことないんですが」

簡単だよ何をぉぉっ!?。君は読む方も書く方も十分な実力がある。文章校正のマニュアルを買うといい。疑問があれば辞書を見て、思い切って修正すればいいんだ。給料は高くはないが何かの足しにはなるだろう」

「ありがとうございます。出版には以前から興味があったんです」

 アルタフィは興奮気味に答えた。

「友人の名前はラファエル アルファロスだ。彼の電話番号を教えるからすぐに電話しなさい。最初に出版したいのはタルテソス(注1)の本だそうだ」


 電話を切ったアルタフィはすぐにアルファロスに連絡した。アルファロスは、一月半ほどで最初の本を出したいと言い、アルタフィに翌日面接に来るように言った。


 翌日、面接に出向く前にアルタフィはセビーリャの考古学博物館に行くことにした。最初に入った部屋では、先史時代の女性に関する展示があった。展示室には大きなガラス ケースがあり、中にはうずくまった女性の遺物があった。女性はどんぐりの飾りが下がった、貝を縫い合わせて作られた繊細な衣類を着けていた。胸元には琥珀の飾りも織り込まれていた。当時は非常に高価だったであろう銅石器時代の祭祀服(注2)にアルタフィは感動し、目が離せなかった。


「きれいよね」

 老女が微笑みながらアルタフィに声を掛けた。

「ええ、とても美しいです」

「彼女を見に、ここに何回も来ているの。すごくきれい」

「バレンシナ デ ラ コンセプシオンのモンテリリオ ドルメンで見つかったようですね」とアルタフィは説明板を読んだ。

「でも、この女性には残酷な秘密が隠されているのよ」

「……どんな秘密ですか?」とアルタフィは好奇心を抑えきれずに尋ねた。

「モンテリリオ ドルメンが発掘されたとき、十九体の遺体が見つかったの。外傷は無く、王の埋葬室の手前の部屋に埋葬されていたのよ。遺体のうち、女性たちは二十歳前後で、男性は四十歳ぐらい。三人の衛兵の遺体も通路で見つかったわ。どの者たちも王に従って自主的に死んだのね。暴力的に殺されるのではなく、死を誘う毒を飲んだようよ。

「遺体の骨からは水銀が見つかったんですって。ただ、それが化粧に使われた朱(注3)からのものなのか、死ぬために飲んだか吸い込んだかした水銀なのかはわからないそうよ」


 アルタフィは、犠牲となって死んでいった人々を思った。私たちは過去の人々の生活を自然と一体の美しいものだと思いがちだが、実際には恐ろしい儀式や宗教の上に基づいているのだ。


 展示室にはバレンシナにある複数のドルメンからの発掘物も展示されていた。その中の一つに水晶で出来た大きなナイフ(注 4)があった。それを見たアルタフィはふいに閃いた。アルタフィはナイフの写真を撮ると、マケダ警部に送信した。メッセージにはこう書いた。

「彼らは殺人にこのようなナイフを使ったのかもしれません。考古学博物館にあるので調べてみてください」


 *  *  *


(注1)タルテソス

 紀元前一千年から六百年頃にセビーリャ周辺を中心として南スペインに存在した王国だそうです。ギリシャやローマの文献に見られるそうで、金属の産出・加工品によって財を築いた国だそうです。


(注2)祭祀服

 モンテリリオ ドルメンで見つかった UE343 と識別子が付けられた遺体は、ビーズ状になった白い石と貝をつなぎ合わせて作ったチュニックを着ていたそうです。この遺体は二十四歳から三十二歳と見られる女性で、手を上に向かって広げた「祈り」と考えられるポーズで見つかったそうです。


(注3)朱

 辰砂しんしゃ(硫化水銀)です。赤は太陽を表す大切な色だったそうです。


(注 4)水晶で出来た大きなナイフ

 これがすごいんですよ! こんなの見たことないです。写真は次のリンクからどうぞ。実物は二十センチあるそうです。


 https://gr-mulhacen.foroactivo.com/t1102-colaboracion-arqueologia-dolmen-de-montelirio-sevilla


 まあ、これで人を殺せるかっていうとかなり疑問ですが……。ちなみに水晶は骨よりも硬いそうなので、頑張れば胸骨は壊せるかもしれません。


 *  *  *


 アルタフィの仕事探しは一段落にまとめていますが、原文は面接の詳細に始まって延々と続きます。スペインの失業率は約十二パーセント、セビーリャのあるアンダルシア地方ではなんと十八パーセント弱だそうです。作者のピメンテルさんはアンダルシアの窮状を語りたかったのかもしれません。


 ここには記載しませんでしたが、アパレル販売員の面接で志望の動機を聞かれたアルタフィは、「子どもの頃からお店屋さんごっこをするのが好きでした」と答えています。そんなん動機になるんかい! とびっくりしながら読み勧めたら、その時点では面接官の人は納得していました。納得するのかあ。


 更に「お客様が必要とするものや、似合うものをお勧めするのも得意です」とアルタフィは続けて言っているのですが、自分は万年作業着なのにアパレル販売員を目指すのはいろいろ間違ってるんじゃないかと思いました。


(初掲: 2024 年 9 月 3 日)

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