ドルメン 第 30 話 ポンコツな二人組
ボイルとフーディンが出演するパブは古くて小さかった。バーと壁の間に、ロー テーブルが三つか四つ並んでいた。観客はアルタフィとマルタ、そして酔っ払ったカップルが一組だけだった。
「今どき手品なんかウケませんよねえ」
飲み物を運んできたウェイターが言った。
「古臭いし、ワクワクもしないでしょう。店長にも言ったんですけど、聞かなくって」
アルタフィは二人に同情した。何時間も練習したはずだろうに、ウェイターの一言で片付けられてしまった。しかし、最近の映画などで見る特殊効果や音響効果の前では手品は色褪せて見えた。
しかし、それでもアルタフィはこころの何処かでそわそわと期待していた。紙ナフキンの黄色の蝶は未だに説明できない。フーディンとボイルは、アルタフィの無意識の幽霊を掘り起こしたか、考えを読み取ったのだ。多分。
ライトが突然消えた。
「ショーの始まり、始まり!」
スピーカーから録音済みの力強い声が響いた。
「マジックの世界へようこそ! 不思議なミステリーの深淵へご招待します」
そして明かりが点くと、二人がほんの二、三メートル先に立っていた。舞台装置もなく、学芸会のようだった。アルタフィは二人の額に「失敗確定」と書いてあるように思えた。
「こちらはジョン ボイル。死後の世界を知る男。そしてキム フーディン。世界最高のイリュージョニスト」
隣のカップルはステージに目もくれず、おしゃべりやキスに明け暮れていた。フーディンは構わず、ブロードウェイのステージに立っているかのようにショーを進めた。フーディンが取り出したのは、一組のトランプだった。彼はカップルに近づくと、トランプを差し出した。女の方がそろそろとトランプに手を出し、何度か切った。フーディンは女にトランプをテーブルに置くように言った。
「それではここから一枚抜き取って、柄を確認したら戻してください。それからお好きな回数トランプを切ってください。はい、いいですよ。じゃ、彼氏さんの方にも切ってもらいましょうか。はい、ありがとうございます」
男がトランプをテーブルに置くと、フーディンは女にトランプを渡して以降、自分がトランプに触っていないことを二人に確認した。それから、二人にトランプの中から女が選んだカードを見つけるように言った。二人はトランプをめくっていったが、女が選んだカードはなかった。
「ふむ、カードが見つからないとは。どこに行ったんでしょうねえ? 私は触っていませんよね?」
「そうね、触ってないわ」
女はつまらなさそうに答えた。
その瞬間、アルタフィの携帯がバッグの中で振動した。こんな時間に誰だろう、と思いつつ携帯を取り出すと、一枚のカードが電話に付いていた。携帯には「番号非通知」と表示されていた。アルタフィが応える前に、電話は切れた。
「おや、隣に座っている女性が何か見つけたようですね」
フーディンの言葉にアルタフィは答えた。
「ええ……、携帯を取り出したら、トランプのカードが付いてきて……」
「トランプですか? どんな絵柄ですか?」
「えーと、
「なるほど」とフーディンは言うと、トランプから一枚引いた女に向き合った。
「これは……あなたが引いたカードですか?」
「あー、そうそう」と女は答えた。
アルタフィは感心して、隣のカップルに拍手を送ったら、予想外のリアクションが待っていた。
「ふっるくせえトリックだな! お前サクラだろ! 俺らをバカにしてんのか? 行こうぜ、こんなアホどもに付き合ってられるか!」
フーディンは固まった笑顔のまま、両手を上げて起こるはずのない拍手を待っていた。やがてマルタが親切に拍手を始め、アルタフィもそれに従った。
「ありがとうございます。残ったのはお知り合いばかりですね。まあ、でも先を続けましょう」
「待って!」とアルタフィが言った。
「今のどうやったの? びっくりしたわ」
「言うまでもないさ」フーディンの影にいたジョン ボイルが言った。
「
「でも、トランプに触りもしなかったわ」
「手品は相手に何を思わせるか、が大事なんだ。例えば、さっきのカップルはキムの仕込みだったかもしれない。君に『すごい』って思ってもらうための」
「そうなの?」とアルタフィはキムに尋ねた。
「私たちを驚かせるために二人を雇ったの?」
「手品師はトリックを明かさないものなんだよ」とキム。
「でも、もしそうだったとしても、どうやってカードをバッグに入れたの?」
「……さっきのカップルは仕込みなんかじゃないよ。ジョンが俺の才能に嫉妬して言ってるだけだ」
「お前は手先に才能があるが、俺には心理の才能がある。それに……」
ジョンはそう言いながら、アルタフィを見た。
「君はそんなことより、カードの意味を考えてみた方がいい。カップの三。何か思い当たることはないかい?」
「ないわ」
アルタフィは無意識に答えた。
「ちょっと考えてみて欲しい。あのカードを本当に選んだのは君だ。さっきの女は君の意識を受信したラジオみたいなものだ。カードの意味は君にならよく分かるはずだ」
突然、アルタフィは理解した。そしてその意味に恐怖した。カップの三。逆鐘形の
「わからないわ。カップの三と聞いてもさっぱりよ」
ジョン ボイルはやや恥じるように言った。
「それじゃあ、俺の読みが失敗したってことだ。君はあのカードを引くことを決めていた。その意味がわからないなんて嘘みたいだ。君は全身であのカードを引きたがっていた」
「な? 確率百パーセントだ。この間は俺が失敗して、今日はお前が失敗だ」
「でも、どちらの場合でも、アルタフィが俺達の結果に干渉している。彼女の中に何か強いものが生きていて、それが俺達のような敏感な精神を持つ者に作用している。彼女だけがわかるメッセージを送っているんだ。アルタフィにも、後で意味がわかるはずだ。運命はそのつま先を只では見せないものだ」
「運命? カップの三は将来を表しているの?」
「わからないよ。わかるのは君だけだ。でも、君の無意識がカップの三を呼んでいる。それを未来に突き出しているんだ」とジョンは答えた。
「カップの三なんていらないわよ! わかってるでしょ?」
アルタフィは感情的になった。
「そうとも、そうでもないとも言える。君は外側ではこう言っているけれど、内側では別のことを言っている。君は複雑過ぎる」
「もう、頭おかしくなりそう……」
「君の中を見て欲しいかい? 君が持っている能力を知りたいとは思わない?」
「もういい。帰るわ」
アルタフィを慰めながらマルタが付いてきた。二人が通り過ぎるとき、ウェイターがつぶやいた。
「だから手品なんて誰にもウケないって言ったんだよ……」
アルタフィが、外に出て怒りに任せて歩き始めたとき、彼女は突然、なぜ犯罪の謎を解く手がかりが見つからないのかに気が付いた。それは外側にヒントを探していたからだ。ヒントは彼女の内側にある。彼女の過去にひっそりと根付いているのだ。警察やアルタフィは、悪の果実を探していた。その果実は、種を根こそぎ取り去ることで駆逐できる。そして、その種はアルタフィの中にあるのだ。
* * *
(注1)
トランプのカードの絵柄は、全世界共通だと思っていました。が、違うようです。スペインのトランプはタロットカードの絵柄に近い感じです。ハートはもともと杯を意味してるんですね。知りませんでした。
次にスペインのトランプの絵柄のリンクを貼っておきます。
https://es.m.wikipedia.org/wiki/Archivo:Baraja_espa%C3%B1ola_completa.png
上から、ダイヤ(金貨)、ハート(
* * *
やっぱり役に立っているのかどうか、よくわからないジョンとキム……。いわゆる狂言回しの役割なんでしょうね。ステージに立つという役柄がそれを表している気もします。『乱』に出てくるピーターみたいな感じでしょうか。
しかし、アルタフィがしっかりし始めて面白くなってきました。ヘストソさんの元奥さんとどんな話をするんでしょうか。
(初掲: 2024 年 8 月 23 日)
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