ドルメン 第 29 話 アルタフィの決心


 今回はアルタフィの気持ちに変化が現れます。

 頑張れ、アルタフィ! ドルメンに代わってお仕置きよ!


 *  *  *


 アルタフィは、加害者に加担している自分を恐れた。自分が指し示した人物が、神への次の捧げ物になるのだ。母や友人、大学の関係者など、近づけば誰が犠牲になるかわからない。アルタフィはこもりっきりになった。


 しかし、カラスコの葬儀には出席しなくてはならない。葬儀は、ロベルトのときと同じサン フェルディナンド墓地で行われた。家族や友人、興味本位の者たち、そして覆面警官が参列していた。「ドルメンの黒い聖女」は、惨死の詳細な内容と共にあちこちで報道されていた。葬儀の参加者の間でも瞬く間に広がって、人々はアルタフィを悪臭でもするかのように避けた。


 アルタフィは、カラスコの元妻からの視線を感じた。大きな黒いサングラスの裏からアルタフィを憎々しげに見ている。女の直感だ。嫉妬と恐怖は恨みの処方箋だ。(注1)しかし、アルタフィはめげなかった。アルタフィは背筋をまっすぐに伸ばし、心に痛みを感じつつも自尊心を持って、元妻に丁寧に挨拶をした。


 アルタフィは何度か、すべてを投げ出して逃げ出してしまおうとも考えたのだが、己の矜持が許さなかった。アルタフィの務めは、殺人犯を捕まえることだ。彼らがゲームをするというのなら受けて立とう。自分はどう立ち回る? 奴らの目論見をすべて無視するのだ。どんなにチャンスが低くても、勇気で勝ち抜いてみせる。


 アルタフィはアルフレドやレイエスに連絡を取ってみたが、何かと理由を付けて会うのを断られていた。彼らの友人や家族がアルタフィに会わないように忠告しているのだろう。そんな折り、マルタから連絡があった。マルタはアルタフィから逃げ出さない唯一の友人だった。


「ジョン ボイルとキム フーディンがさ、あんたに会いたいんだって。今のあんたの状況を知って、何か力になれるんじゃないかって言ってるんだけど……」

「どうやって? 悪いけどあんなふざけた人たちに会うつもりはないわ」

「ふざけてるわけじゃないよ。あんただって黄色の蝶にびっくりしてたじゃん」

「もう、放っといて」

「じゃ、こうしない? 今晩、二人はアレメダ デ エルキュールにあるパブでマジック ショーをするんだって。それを見に行って、気乗りすればその後で一緒に飲む。そうじゃなかったらそのまま帰る。どう?」


 アルタフィは、心の底では彼らのトリックに感心していたので、二人のマジック ショーには興味があった。それに、倉庫街だったアレメダ地区には最近、本屋や劇場、カフェなどができて、活気が出てきた。アルタフィは、ショーを見に行くことに同意した。


 午後はシスネロス教授に会いに行った。教授はオフィスでアルタフィを暖かく迎えてくれたが、痩せて年を取って見えた。


「お疲れのようですが……大丈夫ですか、教授?」

「気分はいいんだがね。ひどい事件が続いて、身体の方がもたんのだ。君はどうかね? ずっと心配していたんだよ。辛かっただろう」

 アルタフィは正直に答えた。

「本当に大変だし、怖いです。でも負けません。仕事も必要ですし」

「そのことなんだがね。セビーリャで仕事を探してみたんだが、無いんだよ。発掘は見送られているし、不況で学部に人を雇う予算が無いんだ。しかし、南米の大学の知り合いに聞いてみたら、向こうは悪くないらしい。提携で君を送ることもできるんだが、どうかね」

 南米での仕事。アルタフィは感謝と驚きをもって教授の言葉を聞いた。

「それに……、セビーリャから離れるのもいいだろう。君は犯罪の近くに居過ぎる。危険が及ぶもしれないだろう」

 アルタフィは誘惑に抗いながら答えた。

「ありがとうございます。でも、今セビーリャを離れるわけには行かないんです。あの、母の具合が悪いので」と、アルタフィは嘘を吐いた。

「お母さんが? どこが悪いんだね?」

 アルタフィは慌てて、「頭痛とかめまいとか、ストレスだと思うんですけど」とごまかした。

「そうか。まあ、選択肢には残しておいてくれたまえ。その気があれば、いつでも仲介しよう」


 シスネロス教授がアルタフィを見送るために立ち上がったとき、力なく動きつらそうだった。教授の申し出はありがたかったが、アルタフィは死と戦うためにセビーリャに残ることを選んだ。


 それから、アルタフィはマリア ルイサ公園の入口にあるレストランに向かった。ここで、マケダ警部と会う約束をしていた。


「遅くなって申し訳ない。やることが山のようにあってね」

「何か進展はありましたか」とアルタフィは不安げに尋ねた。

「切傷を検視した結果、ナイフ状の鋭い物体で切られていることが分かった。何度も切りつけているようなので、どんな刃物なのか特定できないんだ。

「それから、ルイス ヘストソの自宅をより詳しく捜索してみた。地下室に、考古学関連と見られる破片をいくつか見つけた。後は、手作りのワインが入った樽がいくつかあったよ。探究心のある人物だったが、運が悪かったんだなあ」

「破片はどんなものでしたか?」

「研磨された石の斧と、石英の刃が二枚だ。バレンシナではよく見つかるものらしい。盗掘物の闇市場では比較的簡単に見つけられるそうだ」

 アルタフィは直感的に何か糸口になるものではないかと思った。

「その石を見ることはできますか?」

「無理だな」

「お宅を訪ねることは?」

「立入禁止になっとる。判事の許可がいるし、君には許可が降りんだろう。ところで君はどうだ? 問題ないかね?」

「私、南米での仕事があったんですけど、断ったんです」

「それは残念なことだ。もうすぐ普通の生活に戻れるはずだから」

「このまま待っているだけなんて嫌です。何か積極的に動かないと」

「君は心配しなくてもいい。動くなら警察が動く。それに我々はプロだ。信用して欲しい」

「それでは、ひとつだけお願いしていいですか? ルイス ヘストソの別れた奥様の連絡先を知りたいんです」

 マケダ警部は少し驚いたようにアルタフィをじっと見た。その目には疑惑も見て取れた。そして「わかった」と言うと、携帯を見ながら電話番号を書き留めた。

「彼女の名前はエリサ シフエンテスだ。ムルシアに住んでいる。警察から番号をもらったなんて言うなよ」

「約束します」

「何かわかったらすぐに教えてくれ。どんな些細なことでもいい。我々にとっては大切かもしれないんだ」


 マケダ警部が去った後、アルタフィはいちじくの木陰で木を見上げながら考えた。


(わたし、自分を被害者だと思っていた。そして殺人犯も私を怖がりな小娘だと思っているはずだわ。でも、ドルメンの暗がりからあいつらがチェスを仕掛けてくるなら、その挑戦を受けてやる。行動することで、奴らを出し抜いてやるわ)


 アルタフィはその場でヘストソの未亡人に電話をかけた。


「こんにちは。エリサ シフエンテスさんですか?」

「そうですが……。どなたですか?」

「わたくし、アルタフィ メンドーサといいます。ご主人のルイス ヘストソさんを存じ上げていました。ご主人が亡くなる前に、パストラのドルメンで一緒に発掘することになっていたんです」

「何の御用ですか?」

「お話があるんです」

「何のお話でしょう。知っていることはすべて警察にお話しました」

「警察とは関係ありません。個人的なことです」

「個人的? ……あの人が囲っていたかもしれない愛人とお話する気はありません。(注1)もう辛いことはこりごり。これで失礼します」


 耳元で電話を切られたアルタフィは呆気に取られた。どうしよう? もう諦める? 犯人たちと戦うことを決意していたアルタフィは、さっさと次の行動へ移った。家へ帰り、翌日のムルシア行きのバスのチケットを買った。翌朝に備えて早めに寝たかったが、夜にマルタと出かける約束をしていた。明日はバスの中で寝ればいいと自分を慰めた。


 *  *  *


(注1)カラスコの元妻からの視線……嫉妬と恐怖は恨みの処方箋だ。……愛人とお話する気はありません。

 作者のピメンテルさんは女性に夢を見過ぎてますね。アルタフィのお母さんといい、カラスコ教授やヘストソさんの元奥さんといい、別れた男性をいつまでも思ってる女性ばかり……。カラスコ教授の元奥さんは、「あなたがいたから彼が殺されたのよ!」とかは思うかもしれませんが、嫉妬……? うーん。なろう小説に出てくる、婚約破棄しておいて「まだ俺のこと好きなんだろ、ヨリ戻そうぜ」とか言う貴族令息とか、契約結婚で「あなたを愛するつもりはない」なんて言い放ちながら、相手は自分にゾッコンで結婚してきたと思ってる辺境伯みたいな感じです。



 *  *  *


 まあ、アルタフィは「個人的」って言葉がよくないですね。どっちにしても家族関係のことを聞くはずなので個人的ではありますが。

 次回は、再びジョン ボイルとキム フーディンが登場します。



(初掲: 2024 年 8 月 20 日)


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