ドルメン 第 28 話 ドルメンの黒い聖女


 フランシーノ警部はマケダ警部と一緒だった。良い警官と悪い警官。アルタフィは気を引き締めた。二人にはエヴォラで起こったことを洗いざらい――最初の晩のカラスコの行為を除いて――話した。二人の警部は警察が持つレパートリーをすべて網羅して、根掘り葉掘り質問をした。ポルトガルにアルタフィがいることを知っているのは誰か、夕食に出席していなかった人物はいるか、昨日の午後カラスコと話したのは誰か、なぜカラスコはアルタフィに同行を頼んだのか、カラスコは以前の殺人事件に関与していると思うか……。度重なる質問にアルタフィはめまいを感じ、暗闇に紛れ込んでいくように感じた。

 今回はフランシーノ警部が良い警官のようだ。

「アルタフィ、私たちはあなたを信じるわ。あなたのアリバイをもう一度調べてみたけれど、あなたは犯罪に関与していないという結論に達したわ」

「ありがとうございます……」

 アルタフィはほっとして感謝したく気を引き締めたんじゃないのかなった。

「本当に辛くて……。何が起きているのかわからなくて不安なんです」

 マケダ警部が答えた。

「この結論に至るために、君のことを調べさせてもらった。通話を調べた結果……」

「私の通話を調べたんですか?」

「判事が許可をくれたんだ。君のためでもある」

 アルタフィは、何か恥ずかしいことが無いかどうか、さっと過去の通信を考えた。思い当たるのはマルタとの他愛もないことだけだった。些細な無駄口を誰が気にするだろうプライバシーの侵害を軽く捉えてはいけませんよ

「メールも調べてみたけれど、怪しいものは無かった。携帯の位置情報も調べたが、君はいつも私たちに話した場所にいた」

「部屋に携帯を置きっぱなしにして出掛けたかもしれませんよ。そしてアルメンドレスに行ったかも」

 アルタフィは、わざと挑発するように言った。

「それはないだろう」

「まったく、警察は何でも調べられるくせに、殺人犯の一人も捕まえられないんですね」

「絶対に捕まえてみせる。ただ、それには君の助けが必要だ」

「私の?」

「四つの犯罪にすべて関係しているのは君だ」

「それはバレンシナの発掘隊のメンバー全員もそうだし、考古学学科の人たちもそうですよ」

「関わり方のレベルが違う。君はルイス ヘストソが殺された日、彼と食事をする約束をしていた。ロベルト サウサの死の前には、彼と口論した」

「口論じゃありません。彼が私を侮辱したんです」

「話の腰を折らないでくれたまえ。アントニオ パレデスがアンテケラで殺されたときも、君は彼に会う予定だった。そして最後に、マヌエル カラスコは、昨晩君をアルメンドレスの遺跡へ誘った」

「ええ、まったく偶然に」

「我々の仕事は偶然を信じない。誰かが君を疑われるようにしているんだ。死のルーレットの中心に君を据えようとしている」

 アルタフィは、心の奥底で冷たい恐怖が彼女の理性に歯をむき出していくのを感じた。マケダ警部は、裁判官が死刑判決を下すかのように言った。

「誰かが連続殺人という残酷なゲームをしている。そして、その最も重要なピースが君なんだ」

「重要なピース?」

「君は、殺される者を指し示す役割を持たされている」

「私が? なんですって?」

「落ち着いてくれ。君は無実だ。しかし、凶悪な頭脳犯が地獄のようなゲームを楽しんでいる。君はその中心にいるんだ」

「でも……どうして私が?」

「それはまだわからない。だから、それを解明しなくてはならない」

「敵はいないと思っていますが……」

「おかしな理論に従ってこの事件が起きている。先史時代の儀式、巨石遺跡、考古学者と君が犯罪の軸だ。荒唐無稽だと思うかもしれないが、これが一番有力な仮説なんだ。黒幕は誰か? サイコパスか、カルトか。わかっているのは、犯人は大変な知能犯ということだ。情報を持ち、先史時代に精通し、君の周りを動き回っている。奴らは君の動きと会話を完全に把握している」

 仮説は確かに突拍子もないものに思えたが、マケダ警部もフランシーノ警部も確信しているようだった。悪魔の知性がアルタフィを血の竜巻の中に置き、ドルメンと時間を目撃者に仕立て上げようとしている。彼らはアルタフィが知る以上に彼女のことを知っている。アルタフィは恐れに震えた。

「私……、スペインを出ます。考古学も巨石も置いて。これ以上誰も死に追いやりたくない」

 アルタフィは言った。

「それは我々も最初に考えた。しかし、こちらも頭を使った別のやり方をしたほうがいい」

「どんな?」

「君は国に残るんだ。セビーリャでこれまでどおりの生活を送る。以前と同じように仕事に打ち込むんだ。考古学が君のやりたいことなら、それを目指すんだ」

「でも、それは危険では? 仮説が正しければ、また殺人が起きるでしょう? 私に近い人に……」

「そうだ。しかし、それが殺人を止める唯一の方法なんだ。我々は君を常に監視する」

「つまり、私が囮になる……」

「そう思いたければそれでもいい。我々のしごとは殺人犯を捕まえることだ。罪を償わせる。君が協力してくれないなら、君の意気地がないために犯人たちはのうのうと逃げ延びることになる」

 アルタフィは、不吉な申し出にしばらく考えてから、返事をした。

「……脅しにも聞こえますが……わかりました。でも、犯人たちがそれほど頭脳犯なら、罠に気づくんじゃないですか? 囮には引っかからないかもしれません」

「それも考えたが、我々の経験から行くと、知能の高いサイコパスはゲームを好む。挑戦を受けたら、受けて立ちたいと思うはずだ。犯罪心理学の専門家にも尋ねたが、我々の考えに同意してくれた。犯人は必ず次の殺人を犯そうとする」

「そうなったらどうするんですか」

「我々がそれを止める」

「止められなかったら? また殺人が起きてしまったら?」

「それはさせない。安心してくれ」

 その後、アルタフィはポルトガル警察の事情聴取に答えるために二日ほど現地に留まった。アルフレドとレイエスが付いていてくれたことで安心できたが、フランシーノ警部とマケダ警部の作戦についてはアルタフィの心にだけ留めておいた。アルフレドとレイエスが次の標的になってしまったらどうしよう? それとも二人が殺人犯だったら? セビーリャでのこれまでどおりの生活になんて戻れそうもなかった。アルタフィの母は何度も電話をかけてきて、エヴォラまで迎えに行くと言ってくれた。マルタも同様だった。しかし、今やアルタフィの名前がインターネットに漏れ、「ドルメンの黒い聖女」と呼ばれてしまっている。二人が事件の矢面に立つようなことを避けたかった。アルタフィは申し出を断った。

 やっと、三人に帰国の許可が降りた。帰り道は誰も口を利かなかった。カラスコの家族の頼みで、彼の車で帰った。彼の遺体は今しばらく留め置かれた。この旅行に行くべきではなかった。アルタフィは国境を越えながら深い悲しみに打ちひしがれた。子供の頃、ポルトガル旅行の帰りには、車の後ろに毛布とコーヒーの入った水筒が積んであった。今は、新たな死者が背後にいた。


 *  *  *


 このラストがいいですね。ポルトガル旅行の始まりで語った思い出と対になっています。

 でも、車そんな早くに返してもらえるもんなんでしょうかね? 証拠品として取り置かれそうな感じがします。



(初掲: 2024 年 8 月 16 日)


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