ドルメン 第 27 話 カラスコの失踪(第四の事件)


 目を覚ましてホテルの部屋のカーテンが目に入った時、アルタフィはほっとした。ひと晩中何度も恐怖で覚醒していたからだ。シャワーを浴びて階下のダイニング ルームに行くと、ほかには誰もいなかった。一人でコーヒーを飲みながら、カラスコの外出はどうなったのだろうと考えた。わざわざ昨夜出掛けなくても、アルメンドレスのクロムレックへは発掘が終わった後に、出かける予定になっていた。アルタフィは、ホテルのレセプションからもらってきたアルメンドレスのクロムレックの冊子を読み始めた。ポルトガルの北部にはアルメンドレス以外にもドルメンが点在しており、アルタフィはそれらの遺跡についての記述を夢中になって読んでいた。

 そこへレイエスがやってきた。彼女は皿にフルーツを盛っただけで朝食を済ませていた。アルタフィはトーストを食べ終わっていたが、まだお腹が空いていて、そのほかにベーコンやスクランブル エッグも食べたかった。だから体型を維持するのも大変だった。ボーイ フレンドを繋ぎ止められないのも無理はないとアルタフィは思った。(注1)

 やがてアルフレドも朝食に加わったが、カラスコは来なかった。アルタフィは、時間に正確なカラスコを知っていたので不安になった。

「もう八時半だぜ。ほかの皆はもう作業部屋に行ってるはずだ」

 アルフレドが言った。

「まだ寝てるのかしら? 昨夜よく眠れなかったのかも」とレイエスが返した。

「そうかもね。部屋まで行ってみましょう」

 アルタフィは、何もないことを祈りながら提案した。

 カラスコの部屋へ行き、大きな声で呼んでみたが返事はなかった。

「なんかヤバいことになってるんじゃないか。頼んで部屋を開けてもらおう」

 フロントで説明をすると、ボーイの一人が一緒に来て、カラスコの部屋を開けた。しかし、部屋には誰もいなかった。ベッドが整えられたままだったので、昨夜からカラスコが戻ってきてないことがわかった。

「変だな……。カラスコはどこに行ったんだ?」

 アルタフィはパニックになって、すぐには言葉が出てこなかった。カラスコの安否を案じながら、やっと口にした。

「今すぐアルメンドレスのクロムレックに行かなくちゃ」

「は? 今なんつった?」

「カラスコ教授がそこへ行くって、昨晩言ってたの。私は行くの断ったから、一人で行ったんだと思う。そこで何かあったんだわ」

「アルメンドレスに? 夜だぞ? 酔っ払ってたのか?」

「ねえ、そんな深刻じゃないんじゃない? 車が故障しちゃったのかも」

 レイエスが不安を打ち消そうとした。

「ともかくすぐ行くぞ!」

 三人は各国の発掘隊が集まっている部屋に行き、状況を説明した。会議のリーダーであるジョアン ソラレスが、三人と一緒にアルメンドレスに行くことになった。

「警察に連絡した方がいいでしょうか?」

 アルタフィがソラレスに尋ねた。

「いや、待ちましょう。大事にはなっていないと思いますよ……。ポルトガルはスペインと違いますから」(注2)

 車中では誰も口を利かなかった。遺跡のあるグアダルーペまでの道のりは静かだったので、アルタフィは何も起きていないのだと信じ込もうとした。途中、コルク樫が生い茂る舗装されていない道に入り、やがてクロムレックへの道標が見えた。

「車があそこに停まっています!」とソラレスがなんとか通じるスペイン語で言った。(注3)それはカラスコの SUV だった。悪い予感が当たっていそうな気配がしてきた。ソラレスが車を停めると、サイレンが聞こえてきた。誰かが何かを見つけて通報したのだ。一行は警察が到着するまで待つことにした。公共治安警察からのパトカーが二台到着した。同乗していたメルトラ警視(注4)は、落ち着いた表情のすらっとした若い男性だった。ソラレスはメルトラ警視に自己紹介をし、停めてある車の持ち主が同僚のカラスコであると報告し始めたが、途中で警官の一人が近づいてきたので話が遮られてしまった。警官は明らかに何かを見つけて動揺していた。それが何かわかるまでに時間はかからなかった。

 カラスコの遺体は裸で血まみれのまま、巨石群の中でも最も大きな石の横に置かれていた。ソラレスは惨劇にショックを受け、レイエスは思わず泣き出した。アルフレドがレイエスをその場から連れて行った。空になった眼窩、胸の皮は剥ぎ取られ、心臓は抜かれていた。性器は切り取られ、かじられた内蔵が逆鐘形土器に入れられていた。土器の数は四つだった。鉢の周りを飛ぶ四匹の黄色の蝶。残るは三匹。その中に自分も入るのだろうかとアルタフィは戦慄した。

 メルトラ警視はあちこちに電話をかけていた。応援を呼んでいるのだろう。警官たちが互いに大声で話し合っていた。足跡を探しているようだが見つからないようだ。(注5)その光景を見ていたソラレスがつぶやいた。

「犯人たちは巨石群の中でも、最も特別な石のそばで殺人を犯したんだ。あの石には、羊飼いの杖が刻まれている。(注6)知識がある者に違いない」

「殺人犯は、巨石について知り尽くしています。考古学者よりも」

 アルタフィが答えた。

「犯人はいったい……?」

「スペインの警察は、見当も付けていません。ポルトガルの警察なら少しは事態も進展するのではないでしょうか」

「どうだろうか……」

 メルトラ警視は、アルタフィたちに現場から立ち退くように指示をした。現場の証拠が汚染されることを防ぐためだ。

「車の近くで待っていてください」

(私に近い人間がまた殺されてしまった。可哀相なカラスコ教授。彼は私に良くしてくれたのに。どうして彼を疑ったりしたのだろう? 誘惑されたのだって大したことはなかった。怒るより、喜ばしいと思うべきだった。(注7)彼は殺人犯ではなかった。殺されてしまったのが何よりのアリバイではないか。(注8)

(昨晩、彼と出掛けていたらどうなったのだろう? カラスコ教授は殺されずに済んだ? それとも二人共殺されてしまっただろうか? 犯人たちはカラスコ教授がここに来ることを知っていた。カラスコ教授も犯人たちと面識があったのだろうか? だから私を誘った? 二人だったら安全かもしれないと思って?)

 アルタフィたちに事情聴取をするためにメルトラ警視がやってきた。ソラレスやアルタフィは、自分たちの知っていることをすべて話した。スペインで起きている連続殺人のことも。ソラレス警視は、再び電話で連絡を取り始めた。

 アルタフィたちは現場検証を眺めていた。指紋採取の機器や薬品。しかし、そんな最新機器をもってしても犯人が誰かを突き止めることができない。やがてメルトラ警視が再びやってきて言った。

「事件が事件だけに、上部が直ちにインターポールに連絡を取りました。スペインの警察当局にも報告したところ、テレサ フランシーノ警部がこちら来ることになったそうです。今日の午後、着く予定だそうですので、ホテルで待っていてください。夕方五時頃ホテルに伺います。これが私の電話番号です。そちらの番号もいただけますか。何かあればすぐに連絡を取れるように」


 *  *  *


(注1)だから体型を維持するのも大変だった。ボーイ フレンドを繋ぎ止められないのも無理はないとアルタフィは思った。
 

 何なんでしょう、このルッキズムの権化みたいな記述は 😡 じゃあ、世の中の人はみんな恋人から「あなたが太ったので別れます」って言われたら、「そりゃあ仕方ないよなぁ」って思わなきゃいけなんですかね?


(注2)ポルトガルはスペインと違いますから

 こういうことポルトガルの人に言われたことあるんだろうか……。


(注3)「車があそこに停まっています!」とソラレスがなんとか通じるスペイン語で言った。

 原文は ¡Ahíァイ hayアィ unウン cocheコチェ aparcadoアパルカード! です。Ahíァイ が「あそこに」、hayアィ は「あります」、unウン は英語の a と同じ、cocheコチェ が車、aparcadoアパルカード が「停まっている」です。ポルトガル語にすると、Temテム aliアリ umウン carroカロ estacionadoエスタシヨナード! で、Temテム が「あります」、 aliアリ が「あそこに」umウン が a、carroカロ が「車」、estacionadoエスタシヨナード が「停まっている」で、あんまり変わりません。語順はほぼ同じだし、そもそも語学が不得意なアルタフィでも意思疎通ができる程度に似ている言語です。なぜわざわざ「なんとか通じる」とか言ったのかわかりません。

 ジョン ボイルが登場したときにも、「完璧なスペイン語で挨拶をした」とありましたが、そもそも Holaオラ, soyソイ Johnジョン Boyleボイル (こんにちは。ジョン ボイルです)って、スペイン語の部分は Holaオラsoyソイ しかないんで完璧も何もないんじゃないかと思うんですけど、まあ、作者の人はスペイン語の難しさに一家言あるのかもしれません。難しいですけどね。語尾変化が…… (- -;)


(注4)メルトラ警視

 警視の原文は superintendentスーパーインテンデント です。ポルトガルの公共治安警察では、superintendentスーパーインテンデント は「地区司令部の司令官、または大都市圏/地域司令部の副司令官」と説明されています。日本でいったら「県警の本部長(警視監)」に当たるんじゃないかなと思います。そんなクラスの人がわざわざ現場に出てくるかしら……とも思ったので、「警視」としてお茶を濁しています。


(注5)足跡を探しているようだが見つからないようだ。

 裸の男が何人もで被害者を取り囲んでるんですよ。足跡が見つからないなんてある? ああ、だから後でフーディンが出てきてトリックの種明かしをするんですかね……。それにしても今頃言う事なのかな? こういう情報は最初から出しとくものでは?


(注6)最も特別な石の側で殺人を犯したんだ。あの石には、羊飼いの杖が刻まれている。

 実際には、複数の石に羊飼いの杖の絵が彫られているそうです。羊飼いの杖というのは、土着の生活が始まったことを表すそうで、エジプトのオシリスもこの杖を手にしているそうです。

 リンク先の写真の下部に石が三つ並んでいますが、真ん中の石が羊飼いの杖が彫られているものです。写真の右下にはオシリスの杖の絵もあります。

 https://thumbs.web.sapo.io/?pic=http://mb.web.sapo.io/ea1dc43a054f5211a1eaec36980590eb4aa4e56d.jpg&W=2100&H=1424&delay_optim=1&tv=2&webp=1


(注7)誘惑されたのだって大したことはなかった。怒るより、喜ばしいと思うべきだった。

 同意を得ずに無理やり抱きついたり、キスしようとしたりするのは強制わいせつ罪です。犯罪を矮小化したり、喜ばしいと思うべきだなんていう記述をそのままにするなんて、出版社の意識が低すぎる! こんな古臭い考えが横行してるから、セクハラの被害者の方が責められちゃったりするんですよ。広きに情報を発信する側の企業責任として自覚していただきたい……。


(注8)殺されてしまったのが何よりのアリバイではないか。

 いや、仲違いで途中で殺されちゃったとかあるでしょう。


 *  *  *


 C.S.I. ドルメンの花形、SUV を乗り回すカラスコ教授が殺されてしまいました。

 一番怪しい素振りをしていたカラスコ教授がいなくなってしまったので、犯人の見当が付けにくくなりました。残るシスネロス教授が黒幕なんでしょうか。意外にアルタフィのお母さんが犯人で、お父さんはお母さんの犯罪を止めようと十年ぶりに現れたとか……。


 そういえば、レイエスを女性にしていますが、自信がありません。レイエスは男性の名前(王様の複数形。多王たおさん?)らしいのですが、文章の中で一箇所だけレイエスを la と女性代名詞で受けている箇所があるので女性にしました(その他の部分は性別がわからない)。ただ、この小説結構誤字があるのでちょっと疑いつつ、女性にしています。あとで突然男性になっていたりしたら、レイエスはある日目が覚めたら TS 転生してたんだなって思ってください。



(初掲: 2024 年 8 月 13 日)

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