ドルメン 第 26 話 楽しいポルトガル旅行〜カラスコ教授の隠された顔〜不穏な夜(後編)

 曲がり角で躓いたアルタフィの腕をカラスコが掴んだBLかな?。アルタフィは礼を言ったが、カラスコは腕を離さなかった。アルタフィは、ドルメンに二人きりで残ろうとしたカラスコを思い出した。アルタフィは、カラスコの目に欲望のぎらつきを見て取った。そして母の警告を思い出し今ごろ……?た。アルタフィは、カラスコを大学の上司として見ている。それ以上のことは、微塵も望んでいない。薄気味悪さを感じた。

「離してください」

 アルタフィはカラスコの腕を押しのけた。

 カラスコはショックを受けたようだったが、アルタフィの腕を撫でるように自身の手を下に降ろし、彼女から手を離した。それから二人は黙って歩いたが、カラスコはアルタフィに寄り添うかのように歩いた。

 ホテルのエレベーターに乗り込み、二人の部屋がある三階を押した。そのとき初めてアルタフィは、アルフレドとレイエスの部屋が二階に割り当てられていることに気が付い遅すぎた。偶然に過ぎないのだろうが、アルタフィは警戒心を高めた。

「ちょっと部屋で飲んでいかないか?」

 そう言ってカラスコは、アルタフィを気持ちの悪い目で見た。

「ありがとうございます。でも疲れているので」

「散歩はつまらなかった?」

「いえ、楽しかったです。神殿も素敵でしたし……」

 アルタフィが言い終わらないうちに、カラスコはアルタフィを抱き寄せキスをしようとした。カラスコのえた酒臭い息が鼻をついた。アルタフィは肘でカラスコを押しのけた。

「止めてください」

 カラスコは再びアルタフィを抱き寄せようとしたが、アルタフィが頑なに避けようとするので、やっと彼女の腰から手を離した。

「……。まあ、じゃあ、部屋に戻るか」

 正当化するようにカラスコは言った。

「それがいいと思います」

 アルタフィは、自分の部屋の鍵をかけてほっと息を吐いた。熱いシャワーを浴びると、けがれが洗い流されるようだった。何も考えたくなくてその晩は深く眠った。


 翌日は朝から全ての国の発掘隊がよく働いた。古代の人々は不死を望んでドルメンを作ったが、五千年も後の子孫たちが未だにドルメンの魅力に囚われているという意味では、彼らの魂は現代にも生きていると言えるだろう。

 カラスコは、恥じたり苛ついたりすることもなく、親切で礼儀正しくアルタフィに接した。アルタフィも何もなかったかのように振る舞った。すべて忘れてしまった方が良いと彼女は思った。

 ふと、英国チームの一人が、セビーリャのドルメンで起きた不可思議な殺人儀式についての説明をアルタフィたちに求めた。その瞬間、参加者全員の目がスペイン チームに注がれた。

「我々は何も知らないんです」

 カラスコは無表情に答えた。

「警察が捜査中なので狂った殺人犯たちはすぐに捕まるでしょう」

 しかし、空気の読めないイギリス人やっぱり英国人が嫌いらしいは「でも殺されたのはお宅のチームのメンバーでしょう。ここへ来たかもしれない人たちだ」と続けた。

 カラスコは立ち上がって言った。

「不用意なことは言わないでいただきたい。私たちにとっては大変辛い出来事なんです。このことについてはこれ以上話したくありません」

 カラスコの言い分はもっともだった。参加者の何人かは、不躾な質問で嗅ぎ回ろうとした男を睨みつけていた。作業は続いたが、スペイン チームは、集中力が削がれてしまった。せっかく重苦しい雰囲気から抜け出して、普段どおりに発掘に取り組めると思っていたのに、殺人の影が相変わらず自分たちを取り巻いているとわかったからだ。カラスコは特に顕著で、何度も電話をかけに座を外した。

 夕方の七時頃作業を終え、九時頃大聖堂の近くのレストランに皆で集合することになった。アルタフィは昨夜のカラスコとのやりとりがあったため、別の場所が良かったが、予約もメニューも既に決まっていた。

 作業場から帰る時、カラスコはアルタフィに近づいた。

「アルタフィ、昨晩の行いについて謝らせてほしい」

「気にしないでください。何も起きなかったことにしましょう」

「普段はあんなことはしないんだ。恥ずかしいことをした」

「大丈夫です。私はもう忘れました」

 カラスコは頷いて感謝の意を表した。二人はしばらく歩いたが、カラスコが突然予想外のことを言った。

「皆と一緒に夕食を取るのは楽しくない。酒を飲んで騒いだり、ウェールズの歌を歌ったり……。(注1)そこでプランがあるんださっきの反省はどこへ行ったが」

 アルタフィはとっさに身を硬くした。

「私……は、プランは要りません。今日も早く休みたいんです」

「楽しいプランだよキッも…… 😰

「本当に結構です……」

「アルメンドレスのクロムレック(注2)に行かないか。月の下で素晴らしく見えるはずだ」

 アルタフィの中で警報が鳴り響いた。夜に巨石遺跡に行くなんて。絶対に駄目だ。

「お一人で行く予定ですか?」

「君と行こうと思っていたんだが」

「私は行きません。皆と一緒に食事に行って、何か軽く食べて休みます」

「ぜひ君を誘わせてくれ。月の下、メンヒルの間を歩くなんて滅多にできないぞ。行き方は知っている。去年行ったから」

「ありがたいですが、またの日に」

「……好きにすればいい。でも残念に思うはずだ」

 カラスコは皆との夕食に現れ、人々と会話していたが、夕食の途中でアルタフィの横に移動してきた。

「今から行こうと思うんだが、君も来るかいしつけぇ!?」

「もうお断りしたはずです」

「そうか、わかった」

 カラスコは、誰にも声をかけずに出ていった。その姿が見えなくなって、やっとアルタフィは落ち着いて食事を始められた。カラスコの誘惑はアルタフィを当惑させ、気詰まりにさせた。怖くもあった。

(下心があったからこの旅行に誘ったんだにぶ過ぎ……わ。お母さんの心配は正しかったんだ。私を口説きたかったのね、残念な男。見込みなんてないのに。そもそもタイプじゃないしね。教授なんていない方がいいわ)

 アルタフィは夕食を終えて席を立った。アルフレドとレイエスも一緒にホテルに戻ることになった。レイエスが聞いた。

「カラスコ教授は? 誰にも声をかけないで出ていったよね? どこに行ったか知ってる?」

「具合でも悪くなったんじゃないか。午後中ずっと変だったよな。気もそぞろって感じでさ。今頃ベッドで巨石の天使重そうだなの夢でも見てんだろ」

 アルフレドが答えた。

(マヌエル カラスコ。夜の巨石遺跡への招待が、誘惑目的でなかったとしたら? 私を殺すためだったとしたら?)

 アルタフィは床について目を閉じた。まどろみの中で、黒くて臭う悪魔の羽がアルタフィに触れた。その晩アルタフィが見た夢は、逆鐘形の鉢の周りを飛ぶ、フーディンの描いた黄色の蝶だった。


 *  *  *


(注1) ウェールズの歌を歌ったり

 長くなるので理由は端折りますが、多分ウェールズ(galesaガレサ)じゃなくてアイルランド(gaélicoガエリコ)の歌を指しているんじゃないかなと思います。陽気でリズミカルな曲が多いです。


(注2) アルメンドレスのクロムレック

 アルタフィたちが今いるエヴォラから車で四十分ほど山中に行ったところにある、新石器時代から何千年にもわたって作られた巨石遺跡です。ドルメンは円墓ですが、クロムレックは、ストーン ヘンジのように巨石を規則的に並べて建てられた遺跡を指します。ここにある石はアーモンド状の形をしているので、アルメンドレス(アーモンドの)という名前が付けられたそうです。結構な山の中にあるみたいなので、月夜でも辿り着くのが大変そうです。


 *  *  *


 ぎゃー! カラスコ教授がキモチワルーイ! 😰

 以前にも言いましたが、ここの大学はコンプライアンス研修してないんでしょうか。そして、それに対するアルタフィのふわっふわっした感じが意図的に書かれたものなのかどうか気にかかります。「大丈夫です。私はもう忘れました」とか、主人公に言わせるには、そう言わざるを得ないような状況の作り込みがもうちょっとあって欲しいと個人的には思います。そのくせ、心のなかでは(私を口説きたかったのね、残念な男。見込みなんてないのに。そもそもタイプじゃないしね。教授なんていない方がいいわ)って、すごい上から目線……。恐ろしい子……。


 そして、一人どこかへ出掛けたカラスコ教授。次の犠牲者はカラスコ教授なのか……?



(初掲: 2024 年 8 月 9 日)


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