ドルメン 第 25 話 楽しいポルトガル旅行〜カラスコ教授の隠された顔〜不穏な夜(前篇)

「国境が無いってのはいいよな!」

 カラスコが SUV のハンドルを掴んだCSI カラスコに未だに慣れません……まま満足そうに声を上げた。

「もうポルトガルだ」

 数日前、カラスコはアルタフィに電話を掛け、ヨーロッパの調査グループの会議でアシスタントをしてくれないかと持ちかけた。アルタフィは母の警告を無視…… 😑して、その誘いに応じたのだ。あの腹立たしい手品師たちとの夜以降、アルタフィは脅迫観念に取り憑かれていた。ポルトガル行きは、気分転換のいい言い訳だった。バレンシナのチームのメンバーであるアルフレド グティエレスとレイエス クエンカが一緒なのも警戒を緩めた。

 会議の主催国であるポルトガルのほか、イギリス、フランス、そしてアイルランドから考古学チームが参加することになっていた。開催場所はポルトガルの巨石文化の首都であるエヴォラだ。二日間にわたってエヴォラの遺跡を発掘した後、進捗がブリュッセル宛てに報告されることになっていた。

 カラスコの誘いを受けた後、アルタフィはマケダ警部に連絡を取った。何日かポルトガルに行くこと、何かあれば携帯に連絡をくれれば居場所はわかると伝えた。

「何しに行くんだね?」

「ヨーロッパの調査グループが巨石文化について語り合うんです」

「ドルメンを見に行くかね?」

「まあ、プログラムの一部ですから」

「……十分に気をつけることだな」

 アルタフィはマケダ警部の物言いに恐怖を感じたが、国境を越えたらそんなことは気にならなくなった。

 バレンシナ チームの四人は、まずポルトガルの国境の町エルヴァスに向かった。エルヴァスに隣り合うスペインの町、バダホスまでセビーリャから三時間もかからない。

 セビーリャに住む者なら一度は辿ったことのある道のりだ。アルタフィは、アレンテージョ地方にあるエルヴァスや、アルガーブ地方のヴィラ レアル デ サント アントニオに、母とその友人と一緒に出掛けた日々をはっきりと覚えている。いつも幸せな気分で帰ってきて、物価が安い(はずの)ポルトガルで手に入れた掘り出し物を見せあっていた。車の後ろには、買い物と、毛布と、コーヒーの入った水筒がいつもあった。しかし、EU が国境を開き、税関を廃止して統一通貨を導入して以降、そんな昔ながらの買い物旅行は廃れてしまった。(注1)

 エルヴァスに一泊した後、目的地の世界遺産の都市、エヴォラに到着した。修道院を改装したホテルがアルタフィたちを迎えた。部屋は心地よく清潔だった。恐怖に脅かされていたセビーリャから逃れられてアルタフィの気分は良かった。

 夜にはエヴォラの中心にあるジラルド広場の近くのレストランで交歓会があった。アルタフィは英語が話せず、フランス語は片言、スペイン語に似たポルトガル語だけではなんとなく意思疎通が図れるという具合だった。夕食は楽しかったが、その日生理が始まってしまい、何度もトイレに行かなくてはならなかった。(注2)

 ヨーロッパの国々がサッカーや学術研究で一体感を作り出したのは素晴らしいことだ。アルタフィには、自分たちの世代がそれを成し遂げたのだと自負するものがあった。

 夜が更け、人々のワインの量がお楽しみ以上のものになってきた頃、アルタフィはホテルに引き上げることにした。カラスコ教授に声をかけた。

「私は先に失礼します。明日の朝八時半に朝食でお会いしましょう」

「もう行くのかい?」

 アルタフィはカラスコの目がギラついたのに気がついた。

「もう少しいればいいのに……」

「ありがとうございます。でも、これで失礼させていただきます」

 アルタフィは、お楽しみに水を指したくなくて、誰にも声をかけずにレストランを出た。皆はいい気分になっていたので、誰が出て行こうが戻って来ようがきにしていない様子だった。アルタフィが通りに出ると、夜の空気が心地よかった。ホテルまでのちょっとした道のりで酔いを冷まそうと思った。

「アルタフィ!」

 振り返るとカラスコが付いてきていた。そして、アルタフィに駆け寄って言った。

「待ってくれ、一緒に戻ろう!」

 アルタフィは一人で戻りたかったので、カラスコを厭わしく感じた。

「ローマ時代の神殿を見せようと思っていたんだ。ここではダイアナの神殿と呼ばれていて、夜にはライトアップされているんだ。すごくきれいだし、ここから五分くらいで行ける。大聖堂も見てみたいね」

「今日は疲れているので明日にします」

「いいじゃないか、すぐ近くだよ。ちょっと見たら一緒にホテルに戻ろう」

 アルタフィはなんと断ってよいかわからなかった。

「それじゃ、ちょっとだけならそういうところだぞ……」

 エヴォラは美しい都市で、アルタフィは疲れや警戒心を忘れてしまった。カラスコはエヴォラの土地や教会に詳しく、アルタフィは驚いた。

「エヴォラについて、よくご存知なんですね」

「ここには何回も来ているからね。近くの色々なドルメンについても知ってるよ。でも、今晩はドルメンの話は無しにしよう。ほら、見てごらん。あれがローマの神殿だ。すらっとしてバランスが良く、ライトアップも完璧だ」

「きれいだわ」

 その後もカラスコは、エヴォラでのローマ人の歴史についてアルタフィに説明し、そのままアルタフィを大聖堂にも連れて行った。アルタフィはそろそろ疲れてきて、カラスコの大聖堂の説明にもうまい返事ができなくなっていた。二人はホテルに向かって歩き始めたが、曲がり角でアルタフィは躓いてしまった。カラスコがアルタフィの腕を掴んだのであやうく転ばずに済んだ。

「ありがとうございます」


 *  *  *


(注1) EU が税関を廃止して統一通貨を導入して以降

 ポルトガルとスペインの間の国境が無くなったのは一九九六年、ユーロが導入されたのが二〇〇二年だそうです。この小説が出版されたのが二〇十七年で、この年にアルタフィが三十歳だったとしたら、アルタフィは一九八七年生まれになります。とすると、国境が無くなったのは、アルタフィが九歳のとき、ユーロの導入は十五歳のときになります。


(注2) 生理が始まってしまい、何度もトイレに行かなくてはならなかった

 なんか、この記述イヤなんですよね……。パーティーから早く帰りたい理由とか、カラスコの大聖堂の説明にうまい返事ができなくなったりした状態の理由に書かれたと思うんですけど、別に単に疲れてるだけでもいいような。



(初掲: 2024 年 8 月 6 日)



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