ドルメン 第 23 話 アルタフィの長い一日(3)― がやっと終わる…… ジョン ボイル登場!
…… 😑
皆さんに残念なお知らせがあります。
呪術師ジョン ボイルと聞いて、『呪術廻戦』の五条先生のような特級の無敵でカッコいいキャラを想像していた方、手を挙げてください。
(はーい!)
皆さんの期待を裏切ってすみません。
ジョン ボイルは……
「陰の薄いユリ ゲラー」でした……。
* * *
マルタとの待ち合わせに向かうアルタフィは、古代からローマ時代、そして大航海時代に港町として栄えたセビーリャの歴史に思いを馳せていた。しかし、その思考はやがて古代の儀式に囚われ、アルタフィは騒がしいバーに着いた後も、正気を保とうと必死だった。
「アルタフィ! こっち、こっち!」
マルタの声に振り返ったとき、彼女の横には風変わりな二人がいた。
「こんにちは。ジョン ボイルです」
男の一人が完璧なスペイン語で挨拶をした。
「想像どおりの人だ。あなたのエネルギー波はとても活発で、すごくはっきり振動しているのがわかる。僕には力があるんだ。マルタが話したかどうか知らないけど、君が今考えてる
痩せて背が高く、大げさなジェスチャーの頭のおかしい男は、イギリス人によくあるように、
「『こいつ相当イカれてるな』って思ってるはずだよ」と彼の友人が口を挟んだ。「あながち間違いじゃないだろ? 悪いね、こいつは女性への挨拶の仕方を知らないんだ。俺から学ぶべきなんだがね」
彼は、肌の浅黒い、中背で筋肉質の若い男だった。黒い半袖のシャツにパンツを合わせていた。彼が牧師なのか、エホバの証人なのか、ニューエイジのゴス
「アルタフィ、こちらに来て、一緒に座ってくれないか」
そう言って、彼女を立ち上がらせようと彼は手を伸ばした。彼のその指がアルタフィの指に触れようとした瞬間、突然彼の手のなかに花束が現れた。それは赤いカーネーションで、アルタフィの好きな花だった。
「どうぞ、お納めください」
彼は中世のようなポーズを取って、花を差し出した。
「美しいセビーリャの女性のために可憐な花をご用意しました」
アルタフィは驚いて、言葉を発することができなかった。マルタはどこからこんな種類の人たちを掘り出してきたんだろう? バーにいる半分くらいの人たちは、アルタフィと同じくらい驚いてこちらを向いていた。
「すっごーい!」どっと笑いが起こる中、マルタが拍手を始めた。「めっちゃビックリだよねっ?」
隣のテーブルにいた五人組も、手品を面白いと思ったのだろう、熱心に拍手を始めた。変わり者の二人も、大げさな謝意を示しながらステージ上のマナーで拍手に応えた。アルタフィにとっては、すべてが大仰過ぎた。
「こんにちは」なんとか好意的に見える笑顔で言った。「アルタフィです。あなた方はこのバーで興行している
二人は「ピエロ」という言葉にムッと来たのだろう、笑顔を凍らせた。アルタフィにとっても彼らの冗談は面白くなかった。自分がバカにされたように感じたし、それを笑顔でごまかさなくてはならなかった。
「アルタフィ、あのさ……」マルタが間に入った。「そんな突っかかんないでよ、楽しませようと思ってしたことじゃん」
「ええ、注目の的になって
「えーっと、じゃ、まずビール頼んで……。改めて、紹介するね。ジョン ボイルさんとキム フーディンさんです」
アルタフィたちは定型の挨拶を交わし、ビールを二杯ほど飲みながら無難な話をし、なんとか落ち着いた気持ちを取り戻した。
「マルタから聞いたんだけど」とアルタフィはジョン ボイルに言った。「オカルトな話題が好きなんですって?」
「そうだね。何年も勉強してるし、良い先生にも恵まれたよ」
「仕事は? 何をしてるの? あ、直球でごめんなさい。こういう状況に慣れてないもので」
「『博き者は知らず』で、専門はないんだ。タロットのアルカナは知ってるし、スピリチャルも、リーディングもそこそこするけど……」
「解呪もできるんだよね」とマルタが言った。「アルタフィ、今必要でしょ? 状況は悪くなる一方じゃん」
「本当にできるの? 呪いなんて存在するの?」
「『呪い』っていうのは、まあ、一般的な言い方で、いかにもアヤしいよね。でも、ある一定の人たちは負のエネルギーを持っていて、それを人に投射することができるんだ」
「よくわからないわ。迷信だと思う。私の祖母はそういうことをとても信じていたけど」
「君のおばあさんにはそういう能力があって、君はそれを引き継いでいるんじゃないかな。君は気が付いていないけど、そういう能力を秘めてるんじゃないだろうか」
アルタフィの中で何かがざわついた。アルタフィの祖母は優しかったが、風変わりで秘密めいていた。彼女の迷信は、アルタフィが知らない英知の反映だったのだろうか。アルタフィの母は、常にアルタフィを祖母の影響の及ばないところに置こうとしていた。祖母のことはほとんど知らないが、祖母とはなぜか繋がっている気がした。何度も祖母のことを思い出し、夢に見た。
「そうね、そういうこともあるかも。もしかしたら、私は魔女で今までは卵のままだったのかもしれないわ」アルタフィは笑って答えた。
マルタが言った。「アルタフィはいい子なんだけど、運が悪いんだよね。すごい悪運の持ち主。一つ問題が起きたかと思ったら、すぐ次に足突っ込んで……」
「何か助けられるかもしれない。
ジョン ボイルが言うと、それまで行儀よく大人しくしていたキム フーディンが突然会話に割り込んだ。
「
「そうじゃないことは知ってるだろう」とジョン ボイルははっきり答えた。「科学的に説明もつかない信じられないようなことを自分でも見てきただろう」
「科学的ね、へえ、科学的」
アルタフィは、呪術のあるなしに関する言い合いを驚きながら聞いていた。ジョン ボイルは、友達だと思っていた人物からの予想もしない反論に気分を害したようで、議論に決着を付けるべくある実演をすることにしたようだ。
「聖トマスのように、キリストの傷に指を入れないと信じられないようだな。アルタフィ、もしよければテレパシーの実験をさせてくれないか。簡単だが、十分なものだ。やってみるかい?」
「そうね、やってみるわ」アルタフィは興味をそそられると同時に楽し
「このナフキンを取って。俺ももう一枚取る。向こうを向いて。それから誰にも見られないように、ナフキンに言葉か絵を書いて。書いたものが見えないように、よく折ってから俺に渡して。いい?」
「簡単よ」
アルタフィはナフキンを取って裏返し、手で隠しながら何かを書き始めようとした。何を書こう? 何も思い浮かばなかったが、やがて自然にドルメンの形にペンを走らせ、垂直の石の基部と上を覆う平石を書いた。書き終わった途端に、書いた内容を後悔したが、取り消すには遅すぎた。諦めてナフキンを折り、透けて見えないことを確認してイギリス人に渡した。
ジョン ボイルは目を閉じて集中し、折られたナフキンを自分の前に持ち上げた。
「アルタフィ、君の指でナフキンを俺の額に押し当てて欲しい。心の目で
アルタフィは言われたとおりにした。そして皆しばらく静かににしていた。
「何か絵が見える」とジョン ボイルが囁いた。「何か遠い昔から旅してきたもののようだ。何かぼんやりしている。雲の中にあるみたいだ。待った! 頭の中の霧が晴れてきたようだ。男が見える。ほとんど裸だ。ものすごく苦労して何かを引っ張っている。何だろう? 石みたいだ、巨大な石……」
アルタフィは自分の耳が信じられなかった。どうやってわかったのだろう?
「呪術師が仕事を統率している。何か大きな建築物を作っているようだ。墓所か寺院か、そんなようなものだ。呪術が全体に行き渡っている……。イメージがはっきりしてきた……。見えた! ドルメンを描いたんだね!」
ジョン ボイルは、とても疲れた様子で目を開いた。
「そうだね、アルタフィ? ドルメンだね?」
「ええ、そう……。信じられないわ。すごい。本当に驚いたわ。どうやって分かったのか想像もつかない」
「精神の驚くべき力だよ。
「すごいじゃない!」アルタフィの驚きの表情を前にマルタが喜んで言った。
「
* * *
ジョン ボイルのあまりに昭和なベタ過ぎる超能力っぷりに泣きたくなりました。しかもこの後、このシーンで彼はまっっったく活躍しません。なんなんでしょうか、このキャラ……。
そして前フリもなく登場したキム フーディン。
フーディンとボイルは対照的な二人として描かれます。ボイルは(多分)ユリ ゲラーをモデルとした精神の不思議な力を信じるタイプ、フーディンは不思議な現象にはトリックがあるんだと主張する大槻義彦教授みたいなタイプです。
次のエピソードで、フーディン自身が「フーディニを敬愛している」と言うくだりが出てきますが、フーディンはアメリカの手品師であるハリー フーディニをモデルに書かれています。
フーディニは、二十世紀の始めに、拘束衣や密閉された箱の中から脱出する手品で活躍しました。時代が下ったところでいうとデビッド カッパーフィールド、日本なら引田天功(先代)さんみたいな感じですかね。フーディニは心霊術や霊媒師に大変懐疑的で、彼らのトリックを暴いていたようです。したがって、ボイルは怪しげな超能力者、フーディンは現実主義者として描かれていくと思われます。
どっちにしてもちょっと古くさいキャラです。なんでダレン ブラウンみたいなメンタリストにしなかったんでしょうか。作者の人はちょっと年が行った人なのかなと思っています。
それから、フーディンの名前は Houdín と表記し、フランス系の名前です。本来なら「ウダン」と記述する必要がありますが、フーディニ(Houdini)と音がまったく違ってしまうので、フーディンとしてあります。
(初掲: 2024 年 7 月 30 日)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます