ドルメン 第 22 話 アルタフィの長い一日(2)― パレデスの自宅を訪ねて警察に出頭する

 遊んでいたのではありません。やたら長い箇所で時間がかかっていたのです💦


 本文ではばっさり削除していますが、この章では、セビーリャにある数々の観光スポットが紹介されていました。アルタフィがあれこれ悩みながら何時間も自転車で街なかの観光スポットをぐるぐる回るという、よくわからない設定です。編集前は全文を訳しているので、これらの観光スポットを一件ずつ調べるのが大変だったのであります……。


 まだまだジョン ボイルは出てきませんっっ😞 それでは、アルタフィの長い午後をどうぞ。



 *  *  *



 シスネロス教授に事件を報告した後、アルタフィは去り際に教授の目に恐怖を見て取った。校舎を去るときに、窓の内に隠れた誰かの冷たく残忍な視線が背中に突き刺さるのを感じたが、気のせいだと自らをごまかした。


 アントニオは、アルタフィの家から自転車で行ける距離のアパートにルーム メイトと住んでいた。レイナ メルセデス通りは学生街で、コピー屋や学生向けの商店が並んでいた。アントニオのアパートの入口はその中にあった。アルタフィは A 号室に電話をかけた。

「はい?」

 男性の声で応答があった。

「こんにちは。私、アントニオの友人だったものですが、関係者の方とお話がしたいのです」

「アントニオは……もうここにはいません……」

「知っています。彼と最後に話したことでお願いがあるのです。そちらに行っても構いませんか?」

「いや、来てもらっては困ります。警察に人からの訪問は止められているのです」

「警察?」

「誰かがアパートに押し入って、アントニオの書類をすべて奪っていったのです。先程通報したばかりなので、今こちらに向かっているところだと思います。……そちらのお名前は?」

「私は……。あ、いえ、また今度にします。警察の邪魔をしたくはないので」

「ですが……」

 アルタフィは相手の言葉の途中で電話を切った。誰かに見つからないように俯いて、急いで自転車まで戻った。彼女が唯一避けたいことが、警察になぜこんなところをうろついているのか尋ねられることだった。彼女は電話に出たのが誰かさえ知らなかった。行先も決めずに自転車を漕ぎ出した。

 アルタフィは、セビーリャ中を自転車で乗り回したその時間でバイト探せばいいのに。動き回っていれば時間は早く過ぎるものだ。アインシュタインが同意してくれるかはわからないが逆なので同意してくれないと思います、アルタフィの場合はそうだった。力の果てるまで漕ぎ続けることで時間は早く過ぎた。相対性理論の細かいところはまあ置いておいてなんなんだろう このくだり……

 アルタフィは、最後にアンダルシア自治体の豪奢な庁舎ビルであるトレ トリアナに辿り着いた。マルタはそこで働いている。ちょうど彼女の仕事が終わる時間だ。アルタフィは彼女に電話をかけ、落ち合うことにした。

「アルタフィ! どうしたの、その格好!」

 汗だくでぼさぼさの髪の毛をしたアルタフィを見て、マルタは叫んだ。

「この間の愛されルックはどうなった? ディナーに行くんでしょ?」

「自転車で来たのよ。ガチ漕ぎして。大変なことになっちゃった。どうしたらいいかわかんないわ」

 アルタフィはその日に起こったことをマルタに話した。

「なんで警察が来るまで待たなかったの? 警察に知ってることとか、ロベルトの書類とか、全部話せばよかったじゃん」

「話すべきだったんだけど、しなかった。それが問題なのよ」

「電話すれば? 警部と知り合いなんでしょ?」

「マケダ警部は捜査の指揮から外れたの。セビーリャで捜査そのものは続けてるけど」

「話すべきは彼だね」

 アルタフィがマルタに同意して電話を取り出した時、ちょうどマケダ警部から電話がかかってきた。いつもより深刻な声が聞こえた。

「アルタフィ、今すぐブラス インファンテの警察署まで来てくれ。話がある」

 そう言っただけで電話は切られた。

「私がアントニオ パレデスの自宅に行ったことを知ってるんだわ」とアルタフィはマルタに言った。「アパートの近くの監視カメラに私が映っているのを見つけたんだと思う」

「知ってることを全部話しなよ。車で送るよ。さっさと終わらせな。今夜のディナーは楽しいはずなんだから……警察に呼ばれてもディナーに行くつもりなんだ

「もしかしたら拘置所にディナーを持ってきてもらわなきゃいけないかも」

「ろくでもないこと言わないでよ。あんたがいるから場が華やぐんだから」

 警察署に着くと、マケダ警部は、飾り気のない部屋にアルタフィを連れて行った。

「ここで待っていてくれ。すぐに戻る」

『すぐに』はメキシコ モードだった。(注 1)一時間半以上も待たされた。心理的に弱らせる警察の手口だ。その意図どおり、アルタフィは悪い方向へと考えを走らせた。ため息を吐き、逃げ出したい誘惑に何度も抗いながら、警察署に一晩中閉じ込められるかもしれないので、自分のことは待たないで欲しい、とマルタにメッセージを送った。そしてとうとう扉が開いた。

 マケダ警部の代わりに、きっちりと化粧をした、気持ちの読み取れない、あのテレサ フランシーノ警部が現れたいつテレサって紹介された?

「座って」

 彼女は挨拶もしなかった。

「少し話をしましょう。なぜアントニオ パレデスの家へ行ったの?」

 アルタフィはすべてを正直に話すことにした。隠してもためにならないからだ。彼が亡くなる前にロベルトの話をしたこと、そして、彼に書類を渡したこと。さらに、アントニオから書類を受け取ることになっていたことも。アルタフィは、彼の家に行って書類を読んだ後、フランシーノ警部に渡せばいいと思ったと伝えた。

「どうしてそれを以前に話さなかったの? マケダ警部も信頼していなかったの?」

「アンテケラの殺人の印象が強過ぎたし、色々ありすぎて思い浮かばなかったんです。でも、すぐに話そうと思っていました説得力ねぇ〜

「あなたは嘘を吐いていると思うわ。何か知っているでしょう。ロベルトもアントニオのように殺される前日にあなたと話をしている……。殺された人たちははあなたの周りで踊っているように思えるわ。あなたにはアリバイはあるけれど、今のところ、主要容疑者はあなたよ。(注 2)お遊びは止めて知っていることをすべて話してちょうだい」

「私、私は……」アルタフィは躊躇した。「お話しした以上に知っていることはありません」

「ねえ、私はもう何年もスペインの最も冷酷な殺人者や最高に頭の切れるサイコパスを逮捕してきてるの。あなたみたいな甘えた小娘が私をそう簡単に騙せるとは思わないでよ……コワイ……

 そのとき、フランシーノ警部の携帯が鳴り、彼女は応答するために部屋を出た。その隙にマケダ警部が代わりに入ってきた。

「彼女が一人で尋問したいというので外で待っていたんだよ。どうだった?」

「最悪です。犯人扱いされました」

 アルタフィは、泣き出さないように努力しながら答えた。

「彼女はやり手だからな。手厳しいことでも有名なんだ」

「牝山羊め……」(注 3)

 マケダ警部は悪い笑顔になって言った。

「まあ、確かに牝山羊のところはあるな。ただ、怖がることはない。君の無実を私は信じてるよ。私が君に望むのは、惜しみない協力だ」

 アルタフィはテレサに話したのと同じ言葉で、マケダ警部がまだ知らない事実について話した。マケダ警部は納得したように頷いた。

「アントニオ パレデスのアパートの入口で話をしたのは失敗だったな。我々がそこへ行くと知って逃げ出したのも悪手だった。頼むからもうしないでくれよ。次はフランシーノを説得できるかわからん。彼女はこうと決めたらやる性質たちだし、君を拘束することもできる。私は君が無実だと思うから、助けたいんだ。」

 マケダ警部の言葉はアルタフィの心に響いた。

「ありがとうございます。お話できないようなことは実行に移しません」

 二人の会話にフランシーノ警部が突然割って入った。

「ほかに話すことはないの?」と彼女はするどく言った。

「事件に関係あるかどうかはわかりませんが……。私の父は何年も前に蒸発しました。ルイス ヘストソ氏も同じように家族の前から姿を消したそうです。父は、ヘストソ氏と同じエンジニアで、同じく考古学に執心していました」

「今のところ、関係はなさそうね。ただ、私たちに話したのはいいことね。ほかに私たちが知っておくことはある?」

「これ以上はありません。私が知っていることはすべてお話しました」

「あなたの運命はあなた次第よ。まあ、もう行っていいわよ。これ以上あなたに割く時間はないの。もうすぐまた会うでしょうけどね」

 そう言ってフランシーノ警部は、ドアをバタンと閉めて出て行った。

「あまり気にしないほうがいい。行こう。出口まで送るよ」

 マケダ警部は、アルタフィを優しく送り出した。アルタフィは、警部の親切さと理解に感謝して、午後の暖かい空気の中に歩き出した。アルタフィは出口にマルタの車を見つけて驚いた。何時間も彼女を待っていてくれたのだ。マルタは車の窓越しに叫んだ。

「走れー! 駐車違反切られないように、もう何度もこの辺回ってきてんだよー」

 アルタフィは彼女の親切さにぐっと来た。アルタフィが感謝しても、マルタは寛大に、大したことは無いように返すのだった。アルタフィが、車内に腰を落ち着けるとマルタは尋ねた。

「どんな感じだった?」

 アルタフィは、フランシーノ警部の悪行とマケダ警部の親切さについてを混じえながら、起きたことすべてを簡単に話した。

「ああ、お決まりの『良い警官と悪い警官』だね。その手にハマったわけだ」

 アルタフィはすぐに答えられなかった。自分が滑稽で馬鹿のように感じた。アルタフィは嵌められたと思ったが、それでも自分の立場を守ったと考え直した。自分が、小魚のように相手の手に落ちたとは認めたくなかった。

「くだらないゲームと思いたいけど、フランシーノ警部は本気で私を追ってると思う」

「とりあえずは、自由の身になったんだし、お祝いしなきゃね。家まで送るからさ、着替えて、ディナーで会おう?(注 4)予約しとくからさ。親愛なるフランシーノは呼ばないでおくよ!」

「クソ喰らえ!(注 5)」

 アルタフィはその日最初の笑顔で答えた笑顔で言うか……



(注 1)『すぐに』はメキシコ モードだった。

 スペイン人は時間にルーズな印象がありますが、スペイン人からすると下には下がいるということでしょうか。ただし、実際のところ、スペインの人は大変勤勉です。時間に遅れることもあまりありません。十分前に来て、ぴったりの開始時間まで待っているという方のが多いです。来ると言って来ない、二時に来ると言って三時半に来るのはイギリス人の方が絶対に多いです。


(注 2)今のところ、主要容疑者はあなたよ。

 たぶん、「殺人教唆で」ということでしょう。殺人犯は複数人の裸の男性グループなので、現場検証からアルタフィが主要容疑者になる確率は低いです。心理的な揺さぶり攻撃?


(注 3)「牝山羊め……」

 原文は cabronaカブロナ です。第 8 話でロベルトに「クソ野郎!(カブロン)」と言っていたあの言葉の女性形です。カブロンをクソ野郎と訳したので、カブロナはクソ女にしたんですが、注 5 でも同じような言葉が出てくるので、牝山羊のままに変えました。相変わらず口の悪いアルタフィです。


(注 4)ディナーで会おう?

 セビーリャのお役所の勤務時間は、八時始まりで十五時終わりらしいです。十五時過ぎに役所の前でマルタに会って、十六時に警察に出頭したとしたら、一時間半待たされて十七時半、それから取り調べが二時間あったとして、この時点で十九時半くらいですかね。第 10 話でマルタと夜の二十一時半に待ち合わせしているので、ディナーの約束がそれ位の時間だとしたら、まだあと二時間あるから全然オッケー!って感じなんでしょうか。タフだな……。


(注 5)クソ喰らえ!

 原文は Veteヴェテ a la mierdaミエルダ です。mierdaミエルダは「糞」です。第 13 話で、久々に現れたお父さんが、アルタフィが元気かどうかを尋ねたりしなかったとお母さんから聞いて、アルタフィが思わず「クソッ!」と口走ったあの言葉です。 Veteヴェテ a は「〜に行け」という意味です。まんま訳すとしたら「クソに突っ込め」という感じでしょうか。ここでは一番近いと思う日本語で「クソ喰らえ!」としました。商業翻訳だったら「サイテー!」とか、可愛いめに訳すことでしょう。

 しかし、その日最初の笑顔で「クソ喰らえ!」とか、マンガのキャラみたい。


 *  *  *


 あー、長い……。

 やっと次回でジョン ボイル登場です。

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