ドルメン 第 20 話・カラスコ教授のドルメン入門と新警視長

今回はためになるお勉強回です。


*  *  *


「マドリッドのお偉方が着く前に頼みがある。アンテケラのドルメンについてちょっとした説明をしてくれないか。上司の前で学のない奴だと思われたくないんだ」

マケダ警部の頼みに応じて、カラスコが説明を始めた。

「メンガはヨーロッパでは最大のドルメンだ。およそ六百万年の歴史を持ち、とにかく巨大な立石と横石で構築されている。古くから知られていて、その年代によって様々な人々が利用してきた。少し前に玄室の中に円形の井戸が見つかったが、その用途についてはわかっていない。横石の多くは五百六十トン以上の重さがあり、新石器時代の技術での移送にどれほどの努力を要したかは想像に難くない。

「そしてメンガの横にはビエラのドルメンがある。メンガより少し小さいが同じように美しい。一九〇三年にビエラ兄弟が見つけたので、その名が付けられている。確か(羨道は)二十メートルほどあるはずだ。巨石で作られた方形の玄室は太陽の方向を向いている。つまり、夏至の日には玄室の内部に太陽の光が届くようになっている。作られたのは四千五百年ほど前で、銅石器時代にあたる」

「バレンシナと同じだな?」

「そのとおりだ」

「そして三番目のドルメン、ロメラルのドルメンがあります」とアルタフィは補足した。

カラスコが訂正する。

「実のところ、ロメラルはドルメンではない。円形構造物トロスだ」

「うーむ、簡単に頼むよ。ドルメンとトロスはどう違うんだ?(注 1)」

「ドルメンはもっと古いものだ。新石器の終わり頃から銅石器時代全体を通じて作られている。文字どおり巨大な石を使って作られているので巨石遺跡と呼ばれている。トロスはもっと最近のものだ。紀元前二千五百年から千八百年頃に作られている。壁が小型の石の層になっていて、通路に対して最後に至る石室がより大きい」

「パストラのドルメンのように?」

「そのとおりだ。ロメラルのトロスには二つの円形の石室がある(注 1)。どちらもドーム状に近く、上部を巨石で蓋をしたようになっている。埋葬に使われたらしく、遺体の一部や埋葬物が地表から見つかっている」

アルタフィたちの考古学の講義はここで打ち切りなった。ネクタイとジャケットをまとった真面目そうな男性と、きちんとした印象の女性がやや迷い気味にアルタフィたちに近づいてきた。いかにも「警察」という感じだった。

「やあ、マケダ」

「フェルナンデス。まず紹介させてくれ。こちらが考古学者のマヌエル カラスコとアルタフィ メンドーサだ。説明したように、一連の事件が始まったときにパストラのドルメンで発掘を開始するところだった」

「フェルナンデス警視長コミッショナー――」

そう言って彼は生ぬるい笑顔でアルタフィに手を差し出した。

「ハビエ フェルナンデスだ。はじめまして」

「よければ気軽な言葉で話して欲しい(注 2)」

カラスコは親しげな様子で応えた。

「これからお互いに顔を合わせる機会が増えると思うので」

「こちらはフランシーノ警部だ。この事件では私のコーディネーターとして働いてくれる。マケダ警部にはこれまでの事件の調査を続けてもらい、指示はマドリッドから出すことになる。知ってのとおり、ドルメンでの連続殺人事件は国中が注目してしまっているものでね。我々はどんなリスクでも取るつもりでいる。この事件を早急に解決して容疑者を捕まえなくてはならない。我々の手に負えなくなる前に」

「協力は惜しみません(注 2)」

「これまでの被害者はすべてあなた方に近い考古学関係のメンバーなので、あなた方とは常に連絡が取れるようにしておく必要があります。そして、手始めに古代史の学部の職員と、バレンシナの発掘に参加するはずだったメンバーのの簡単な経歴をまとめていただきたい」

「考古学関連の証拠品についての報告書はどうしましょうか?(注 2)」

「それもお願いします。しかし、職員のリストの方が急ぎです。全員を再び尋問しなくてはなりません。犯人も次の被害者も職員の中にいるかもしれませんので」

それからしばらくはそっけない雑談をして過ごした。今のところ、二人はアルタフィとカラスコを殺人者とも次の犠牲者とも決めかねているようだったが、アルタフィの勘では、自分たちは殺人者側に置かれるだろうと感じた。フェルナンデスはまったく好きになれなかった。フランシーノはそれ以下だ。


*  *  *


(注 1)ドルメンとトロスはどう違うんだ?

カラスコ教授が説明していますが、ドルメンでは巨大な石が使われていて、トロスは小さい石を積み上げて作られています。写真を見るとその差がわかると思います。


メンガのドルメン

https://es.m.wiktionary.org/wiki/Archivo:Dolmen_de_Menga_%2821377216358%29.jpg


パストラのドルメン(実はトロス。小さい石をドーム状に積み上げて巨石で蓋がしてある)

https://img.europapress.es/fotoweb/fotonoticia_20201122171722_1200.jpg


ロメラルのトロス(パストラと同様)

https://live.staticflickr.com/65535/48938776067_5abc7dafcd_b.jpg


あと、カラスコ教授が「ロメラルのトロスには二つの円形の石室がある」と言っていますが、こんな感じで二部屋あります。↓

https://archive.md/atq6G/96b69228b362105bf55dce7bbf40a45ef948a8bb.jpg



(注 2)よければ気軽な言葉で話して欲しい……報告書はどうしましょうか?

カラスコ教授が新たに登場したフェルナンデス警視長に「よければ気軽な言葉で話して欲しい」と言っています。原文では「nosノス tuteamosテュテアールモス」となっています。

スペイン語には丁寧な「あなた」である「ustedウステッ」(最後の d は無声音)と、カジュアルな「君」に該当する「tuテュ」があります。知り合ったばかりの人、目上の人、ホテルや高級レストランのお客様には基本的に usted を使います。

日本語でも知り合ったばかりの人に「堅苦しいことはなしで行きましょう」と言うことがありますが、スペイン語でも「usted でなく、tu を使って話しましょう」と言うための特別な動詞があります。その動詞が tutearテュテアール です。nosノス は「私たち」という意味なので、カラスコ教授は「自分たちをtuテュで呼びましょう」と言っているわけですね。

しかし、次の台詞の「協力は惜しみません」でも、もう少し先の「報告書はどうしましょうか?」というところでも、カラスコ教授は tu を使っていません。多分、フェルナンデス警視長が事務的な態度を崩さなかったので、カラスコ教授は空気を読んで丁寧なままで会話を続けたんだと思います。この辺は日本人でもよく分かる感覚だなあと思いました。

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