ドルメン 第 19 話 検出された毒とルイス ヘストソの過去


 今回本編よりコメントが長いです 😅 ごめんなさい 🙇‍♀️


 *  *  *


「彼らは、殺害に及ぶ前に被害者に薬物を盛っていた。ソムニフェルム種のケシの複合物と、マンドレイクかベラドンナから抽出した向精神性のアルカロイドだ。なんらかのキノコも入っているかもしれん。これらの薬物は意志の力を阻害するが、感覚器官は阻害しない(注 1)」

「被害者が苦しむように?」

「そのようだ。儀式には苦痛が必要らしい。とてつもない苦痛が(注 1)。鑑識から言われたが、これらの薬物は太古の昔から使われているんだそうだ。パストラのドルメンの周辺からは雄のマンドレイク(注 2)の痕跡が今日でも見つかるそうだ。デスペニャペロスより北ではなかなか見つからないそうだが。これらはすべて大昔からよく知られている薬物らしい」

「そのとおりだ」カラスコが支持した。「古い遺跡からはマンドレイク、ケシ、大麻などの幻覚剤が見つかっている」

「それにこれらの植物は田園地帯なら今でも比較的簡単に見つかる」とマケダ警部。

「そうだ。あとは先史時代からの強力なドラッグを作るための植物についてのちょっとした知識があればいい(注 1)」

「ところで、ルイス ヘストソの家族と連絡が取れたんだ。見つけるのは楽じゃなかった。ルイスとは完全に縁を切っていたんだ」

 マケダ警部は話題を変えた。

「細君によると、彼は突然蒸発してしまったらしい。当時二人はアルメリアに住んでいたそうだ。ルイスは毎月細君に送金していたらしいが、彼女には絶対に会おうとしなかったらしい。未だに蒸発した理由はわからないそうだ。細君は彼がトラブルに巻き込まれたり、誰かに殺されるようなことをしたとは思えないと言っている。彼女によれば、彼は働き者で勤勉な、良い旦那だったそうだよ。それがある日突然出ていって二度と戻らなかった」

 その言葉はアルタフィをひどく揺さぶった。

(父の話とまったく同じだ!)

 すべては平和で幸せな日々――何の理由もなく家族の前から忽然と消えてしまうまでは。二人ともエンジニアで、もしかしたら二人は知り合いだったのかもしれない。


 *  *  *


(注 1)はマケダ警部の薬物の説明にちょっと疑問を持ったので、追加しました。

 マケダ警部によると、「被害者には殺害前にソムニフェルム種のケシの複合物と、マンドレイクまたはベラドンナから抽出した向精神性のアルカロイドを投与していた。これらの薬物は意志の力を阻害するが、感覚器官は阻害しない」と説明しています。そして、その目的として「儀式には苦痛が必要らしい。とてつもない苦痛が」と言っています。

 しかし、ケシから取れる薬物も、マンドレイクから取れる薬物も痛み止めや麻酔薬として使われてきているので、この説明はちょっと変じゃないかなと思いました。


 ソムニフェルム種のケシというのは、いわゆるアヘン(オピオイド)が取れるケシです。オピオイドは、中枢神経系(脳と脊髄)に主に分布するオピオイド受容体に結合し、この受容体が活性化することで神経細胞の伝達活動が抑制されます。これによって鎮痛、抗不安、眠気などを引き起こし、多幸感に繋がります。典型的なオピオイドとして、強力な鎮痛剤のモルヒネがあります。

 一方のマンドレイクやベラドンナですが、これらの植物は、抗コリン作用を持つトロパン アルカロイドを含んでいます。コリンは神経伝達物質の一つです。アルカロイドはコリンの機能を妨げることで、神経痛の緩和や麻酔効果、幻覚などを発生させます。一世紀に活躍したギリシャの医者ディオスコリデスは、著作『薬物誌』でマンドレイクを痛みを無くす麻酔薬として紹介しています。また、華岡青洲が開発した麻酔薬にもトロパン アルカロイドが含まれています。

 したがって、二つの薬物によってマケダ警部の言う「意志の力」も「感覚器官」も阻害されてしまい、犯人グループの目的である「とてつもない苦痛」は与えられない気がしました。まあ、心臓を掴みだされたら、何を投与されてても苦痛でしょうけど……。

 もし、犯人グループが「体は動かせないが痛みは感じる」という状態を作り出したかったら、筋弛緩剤を使うべきだったのではないかと思います。でも、人口呼吸器が必要になるそうなのでどっちにしても現実的ではないかなと思います。

 ちなみにオピオイドと抗コリン薬を併用すると、精神錯乱や幻覚が現れるそうです。カラスコ教授が「植物についてのちょっとした知識があればいい」とか言ってますが、麻酔としてちょうど効く程度に調合するのはプロ並みの技術が要るんじゃないかなと思いました。


 関連して、麻酔中に意識があった患者の症例をまとめた論文があったのでリンクを貼っておきます。↓

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsca/35/1/35_001/_pdf/-char/ja


参考文献

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31643200/

https://www.britannica.com/science/opium)

https://www.jspm.ne.jp/files/guideline/pain_2014/02_04.pdf

https://www.sciencedirect.com/topics/nursing-and-health-professions/tropane-alkaloid

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC9478010/

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC10532452/

https://www.maruishi-pharm.co.jp/medical/knowledge/perioperativedrugs/muscle-relaxants/rocuronium/



(注 2)雄のマンドレイク

 原文は mandrágoraマンドラゴラ machoマッチョ となっています。

 雌雄別株なのかと思って調べたら、普通に雌雄同花だそうです。では、なぜ雄のマンドレイクと言っているのでしょう。

 マンドレイクには春咲き(mandragora officinarum)と秋咲き(mandragora autumnalis)の二種類があって、春咲きの方を雄のマンドレイク、秋咲きの方を雌のマンドレイクと、前述のギリシャ人医師ディオスコリデス、および同時代に生きたローマの博物学者プリニウス(父)が書いているそうです。なぜ、春咲きが雄で秋咲きが雌なのかというと、秋咲きの方が植物の高さや葉の大きさが小さいからだそうです。ただし、mandrágora machoという言い方は下記tの論文くらいでしか見つからなかったので、普通では使わないようです。

 マケダ警部は「ソムニフェルム種のケシ」では学術名の「Papaver Somniferum」を使っていたので、マンドレイクも「Mandragora Officinarum」と言えばよかったのに、なぜそうしなかったのでしょう。多分、中世ではマンドレイクの根の形状から雌雄の属性を与えていたから、それを引きずったのか、遊び心で表現したのかどちらかなんでしょう。


 参考文献

https://www.ucm.es/data/cont/docs/621-2017-06-23-El%20fruto%20del%20deseo.pdf


 *  *  *


 ルイス ヘストソとアルタフィ父の意外な接点が仄めかされていますが、ここであっさり終わってました。また突然後で出てくるのかもしれません。


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