ドルメン 第 13 話 父帰る(そしてすぐまた出て行く)
夜遊びから帰ってきたアルタフィは、居間でぼうっとしているお母さんを見つけます。何かあったようです。
* * *
明け方にアルタフィが家に戻ると、母が居間のソファで、ぼんやりした様子で座っていた。
「お母さん、どうしたの?」
アルタフィは母の目が潤んでいるのを見てはっとした。そしてバッグを床に置いた。母に見せようと思っていた買い物だった。
「お父さんが夕方ここに来たの。居たのは数分でまた出ていったわ」
「お父さんが? ここに?」
「そう」
「なんで私に何も言ってくれなかったの? すぐに帰ってきて一緒にいてあげたのに!」
「突然来たのよ。前触れもなしに」
アルタフィはドアを開ける父を想像して、気が遠くなりそうだった。
「なんで電話してくれなかったの? お父さんと話したかったのに……」
「お父さんってわからないくらいだったの。とても痩せて、しわが深くて、ヒゲも何日も剃ってないみたいだった。恥じているように下を向いていたわ。それから私の手を握って、どうしてるか聞いたの。まだ私のことを思っていてくれているのか聞いたら、いつかまた私に会いたいと思いながらずっと暮らしていたって。安全じゃないから、ここにあまり長くはいられないって、また出ていったの。希望も、今いるところの電話番号もくれなかった。キスもしてくれなかったわ」
「私には?」
「何もなかったわ……」
そういって母はアルタフィの手を優しく握った。
「クソッ!(注 1)」
アルタフィは思わず叫んだ。
「どうして私のことを嫌うの? 私が何をしたって言うの?」
「私も同じ質問を自分に何回もしたわ。でも答えを見つけることはできなかった。突然、理由もなく起こったただけ。突然いなくなって、何年も経った後に突然顔だけ出すためにここに来て……。何分も居なかったわ。頭の中はめちゃくちゃよ。
「意味なんかないの。いなくなったことに意味なんてないんだわ。私を愛してるってことはわかってるの。彼に何か起きたの?」
そして何度も持ち上がる疑問――他に女の人が?
「何度もこれしか考えられないってあなたと話したけど、今は信じてないの。多分、あの人は私たちの前から、そして世間から消えて、隠れてしまいたかったのね。もし、ほかに女の人がいたり、家族が居たりしたら、今頃は私たちにも知られてると思うの。こういうことって隠しておけないでしょう?」
「お母さんの気持はわかる。お父さんに何が起きたかはわからないけど、でも、もう私たちを愛してないってことだと思う。少なくとも私のことは」
「そうかもしれないわね(注 2)。でも、私たちに近づいてはいけないっていう理由が何かあるんだと思うわ」
「お父さんのこと、まだ愛してるのね」
「これまでに起きたことを入れても、そうね。辛いけど、幸せな気分にしてくれるの。あの人が出ていってから、彼のことを考えない日はなかったわ。あの人の代わりに私の心を占める男の人はいないの。私ったらこんな道理に合わない方法で捨てられた痛みと共に死ぬんだわ(注 3)。今日の出来事で余計辛くなっちゃったわ。もう訳が分からない。何のために帰ってきたのかしら?」
「恥ずかしくなったのかも。出ていったのは間違いだと気が付いたのかも。でも、それは最初の一歩よね(注 4)少なくとも、お母さんには会いたいと思っているのよね。でも私にはそうじゃない」
「そんなことを言うもんじゃないわ」
それから二人は長いこと、静かに泣いた。自分たちは放り出されて、不幸だと感じた(注 5)。しばらく泣いて気持ちが軽くなった後、ふたたび会話に戻った。
「あのね……。お父さん、すごく、すごく怖がってるように見えたの」
「怖がってる?」
「そう。そしてぼんやりしてるようだった」
「ぼんやりって……」
「心ここにあらずって、感情とか魂が抜けてしまったような感じ。生きたまま死んでしまっているようだったの」
「やめて、お母さん。これ以上、状況を悪化させないで」
アルタフィは立ち上がり、黙って寝室へ向かおうとした。
「アルタフィ」
「何?」
「その髪型とても素敵よ。お休みなさい」
アルタフィは買い物の話をしようかどうしようか迷った。それは場違いで些細なことのように思えた。いつか機会があるだろう。今は話さないことにした(注 6)。アルタフィがおしゃれに関心を持ったことを母はとても喜ぶだろう。アルタフィ自身よりもそれを望んでいたから。
「ありがとう」
そう言って笑顔で母にキスをした。
「寝なさい。明日はまた別の日だから。また違う目でいろんなことを見られるわ」
アルタフィが居間から出ていくとき、母はソファに座ったまま、またぼんやりした様子で天井を見上げていた(注 7)。何度も繰り返した、答えのない疑問を自分の中で尋ね続けながら。
* *
(注 1)クソッ!
原文は
(注 2)もう私たちを愛してないってことだと思う。少なくとも私のことは」「そうかもしれないわね
お母さん、なんつう切り返し……。
(注 3)捨てられた痛みと共に死ぬんだわ
昭和四十年代の小説みたい。
(注 4)でも、それは最初の一歩よね
この文どういうことだろう……。意味不明です。
(注 5)それから二人は長いこと、静かに泣いた。自分たちは放り出されて、不幸だと感じた
中世の小説かと思いました。源氏物語だとこんな行がありそうです。
(注 6)いつか機会があるだろう。今は話さないことにした
なんかのフラグですかね……。
(注 7)アルタフィが居間から出ていくとき、母はソファに座ったまま、またぼんやりした様子で天井を見上げていた
アルタフィ、自分がお母さんを寝室に送ってあげなさいよ……。
* * *
お母さんとアルタフィの会話って、だいたいいつも同じこと言ってるんですけど、今回は殊更カオスでした。お母さんの独白が長過ぎる! どこで切っていいのかわからなくなりながら訳してました。でも、このカオスっぷりがスペインっぽいなあと思ったので、敢えて整えずにダラダラ喋ってもらってます。
旦那に突然出ていかれて、アルタフィの大学の学費はどうしたんだろうとか、お母さんは働いてたのかとか、いろいろ謎はあるんですが、十年も音信不通だった旦那が帰ってきたら「すべて吐くまではどこにも行かさん!」と私だったらまずドアに鍵をかけます。作者の人は、こういう儚くて一途な女性が理想なのかも知れません。
初掲 2024 年 5 月 31 日
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