ドルメン 第 11 話 アルタフィの女子会
アルタフィは夜の七時過ぎから予約無しでカットをしてくれるヘア サロンを見つけたようです。
* * *
マルタとの待ち合わせ場所に、アルタフィは短くなった髪で現れた。子供の頃からいつも同じロングヘアばかりだったアルタフィにマルタは驚いた。アルタフィは得意げにくるりと回って髪をふわりとなびかせた(注 1)。
「髪の毛を切って、買い物に行こうだなんて、何かあったんでしょ。あたしは騙せないよ」
「後で話すわ。今は買い物に行きましょう」
そうして幸せな気分で(注 2)買い物を終えたアルタフィとマルタは、サルバドール広場(注 3)のバルに落ち着いた。
「さあ、アルタフィ、話してよ。何があったの?」
「いい話じゃないの……。バレンシナであった殺人事件のことは知ってる?」
「ドルメンだのなんだの言ってるアレ?」
「そう」
「当然よ、ここんところニュースで持ちきりだもん。犯罪小説みたいだよね(注 4)。それにさ、バレンシナにドルメンがあるなんて知らなかった。ああいうバカでかい石のヤツなんて英国とか、ケルトとか、ヘンな所のもんだと思ってた(注 5)」
「私、犠牲になった人たちを知ってるの。一緒に発掘することになっていて……。殺される前日に一緒にいたのね。だから怖くって……」
「え、待って、待って。殺された人たちと知り合いだったの?」
「そうなの。最初から話すね……」
アルタフィは事件について順を追って話した。マルタとはしばらく会っていなかったので、彼女はアルタフィの状況については何も知らなかった。話を聞いたマルタは言った。
「じゃあ、あんた危ないじゃん! どこか別なところに行ったほうがいいんじゃないの?」
「でも、誰が犯人かわからないから、どこに行っても同じだと思う。それに、急にいなくなったら警察は私が犯人だと思うかも」
「いや、でもそんなことがあったのに、ヘアサロン行くって……(注 6)」
「うん、自分でも極端だと思うんだけど」
「あんたって変わってるねえ。じゃあ、もう一杯行こうか!(注 7) 『
「私もそう思ってたの。楽しめるうちに楽しまないとね(注 10)」
二人はアレナル界隈(注 11)に着くと、木のカウンター、聖母マリア像、闘牛のポスターなどが飾ってある昔ながらの食堂に入った。
「で、明日っからどうするの?」
「わかんない。ともかく警察からの連絡を待たないと」
「そうだよね。黒魔術だのカルトだのの可能性は考えてみた?」
「それが一番最初に頭に浮かんだけど」
「後は魔女的な何か……。ドルメンは原始的な礼拝を捧げるところだから、魔術的なものを惹きつけるんじゃない?」
「結論を急いじゃダメよ、マルタ。ドルメンの正確な用途はまだわかってないんだから(注 12)。幾つかは葬儀のためのものだけれど、そのほかは何のためのものかわからないの」
「歴史的にはどうかわからんけどさ、魔術、呪術、ケルトのドルイドとか、目的は明らかじゃん。そういうのからはさっさと逃げたほうがいいよ」
「できるかどうか……」
「アルタフィ、あんたすごい運が悪いって知ってる?」
「知ってるわよ」
「最初はマヤとユカタンのひどい所に行かされちゃってさ、それからサハラとティンブクトゥ。それで今が生贄事件。どういうこと?」
「そう。今が巨石文化の生贄。私って疫病神に呪われてるっぽいのよね。やっと落ち着いた仕事に就けたと思ったら、またどん底よ。いつもそう」
「大丈夫、いつか風向きは変わるよ。それはあたしが保証する。まあ、あんたの人生、冒険には溢れてるけどねえ」
「冒険なんて要らない。静かに暮らしたい。そして今はただ『生きたい』の」
* * *
(注 1)髪をふわりとなびかせた
髪の毛って着てるものの雰囲気で切る方もそれに合ったようにするから、洋服買いに行くほうが先な気もするんだけど……。多分四着あるうちの一つのオーバーオールで行ったんですよね。
(注 2)幸せな気分で
昨日ロベルトに散々言われて夜も眠れなかったのに……。マケダ警部といい、みんな短期記憶がうまく機能してない。
(注 3)サルバドール広場
前回出てきたキノコの広場から歩いて五分ほどのところにある、赤い壁のサルバトール教会の前にある広場です。スペインでは町のあちこちにナントカ広場があって、大概周りをバルだのレストランが囲んでいます。二人は結局キノコの広場では飲まなかったんですね。にしても九時半に待ち合わせて開いてる洋服屋ってあるのかな……。
(注 4)犯罪小説みたいだよね
メタ発言とか笑
(注 5)英国とか、ケルトとか、ヘンな所のもんだと思ってた
おい! 英国に謝れw
(注 6)そんなことがあったのに、ヘアサロン行くって……
マルタ、よく言った。
(注 7)あんたって変わってるねえ。じゃあ、もう一杯行こうか!
お前もな。
(注 8)カルペ ディエム
英語だと Seize the day (今日を捉えろ)と言うので「早起きは三文の得」とか、「時間を無駄にせずに働こう」みたいな意味だと思ってました。原意はもっとお気楽な感じなんですね。
(注 9)コンチキショー!
テッド ラッソ並みに卑語が多いな、この小説……。原文は
(注 10)楽しめるうちに楽しまないとね
ロベルト サウサに対する嫌味か。
(注 11)アレナル界隈
エル アレナルは(注 3)のサルバドール広場から徒歩で十分ほどの川沿いにある歴史ある地域です。一八八一年に竣工した(建設開始は一七四九年)マエストランサ闘牛場や劇場などがあります。二人が行った食堂もこの場所ならではの長い歴史があって、古い闘牛のポスターなんかが飾られてるんでしょう。
キノコ広場からサルバドール広場、エル アレナルで締めって、いい観光コースになりそうです。
(注 12)ドルメンの正確な用途はまだわかってないんだから
散々原始的で血生臭い儀式が云々言って怖がってたくせに、この言いよう。
そういえば、セビーリャとずっと記述していましたが、日本語だとセビリアですよね……。「セビーリャの理髪師」とか言いませんもんね。まあ、いいや、ちょっと本格的な発音を採用したってことで。
初掲 2024 年 5 月 20 日
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます