ドルメン 第 10 話 アルタフィの気分転換
フラグどおりに惨殺されてしまったロベルト サウサ(泣)。その殺人現場を目撃して帰ってきたアルタフィに、幼馴染みのマルタ アルベロ(初登場)から電話がかかってきます(そう言えばマリアも幼馴染みだったな)。マルタからの誘いにアルタフィが取った行動は……。
* * *
自宅近くに車を停めると、友人のマルタ アルベロが「今晩、ちょっと出かけない?」と電話をしてきた。アルタフィは、しばらく出かけていなかったし(注 1)、冷たいビールにはとても惹かれた。が、血塗られた惨殺事件と先史時代のオカルトにさらされていたので、冷たいビールや出かけるということに実感がわかなくてすぐには返答できなかった。
アルタフィはそれでも誘いを受けることにした。出かけることで暗い考えをスッキリさせようと思ったのだ。
「いいわ、待ち合わせはどうする?(注 2) どこでも行くわ」
「オッケー、じゃエンカルナシオンの
アルタフィは言い淀んだ。そのことを持ち出すのが恥ずかしかったのだ(注 5)。
「マルタ……、お願いがあるんだけど……」
アルタフィは自分でも言い出した内容に戸惑ったが、熱心にマルタに頼んだ。自分はもうずっと買い物に行っていないので、服は四着しかなくて、出かけるための服がないのだと。
「一緒に買い物に行ってくれない? 色々アドバイスして欲しいの」
「いいけど……。アルタフィ、恋でもしたの?(注 6) 買い物に付き合って欲しいとか。今晩もオーバーオールで来るんだと思ってた。
「まあ、あんたがお姫様に変身するのに付き合わない手はないよ。行く行く」
アルタフィは大きく笑ってマルタに感謝した。
アルタフィは買い物に行くのが嫌いだった。たまに行くと店で最初に手にした服を買った。いつも自信が無くて、いわゆる「自分のスタイル」というものがなかった。友達の上手にコーディネートされたおしゃれを羨ましがりながら、自分はTシャツとジーンズで過ごしていた。ダメダメな格好で待ち合わせ場所に現れたアルタフィにマルタは言ったものだ。
「アルタフィ……。あたしたちこれから男を引っ掛けに行くんだよ。ゴミ回収に行くんじゃないの」
だからこそ驚いたマルタだったが、それ以上にアルタフィ自身が驚いていた。
自分を恐れさせる血まみれの惨劇と死者たち、古代の儀式などに囲まれていながら、買い物に行こうなどとなぜ思ったのだろう? それは疑いもなく、人類の営みの不思議さだろう(注 7)。
「大きな災害や戦争の後では、生き延びた人々は生への渇望を経験し、はしゃいだり、恋をしたくなったりするという」
アルタフィはどこかでそんなことを読んだのを思い出していた。生と死は隣り合わせなのだ。
(アルタフィ、人生は短いの。楽しまなくっちゃ)
アルタフィは家に入ったが、母は留守だった。彼女の買い物のプランを聞いたら喜んだだろうに。母はアルタフィにもっとおしゃれをするように言っていた。
マルタに会うまでには、まだ二時間ほどあった。アルタフィはソファに寝そべって、つらい現実に向き合おうとした。
(一時的とはいえ、仕事がなくなってしまった。シスネロス教授を訪ねて今の状況を説明しなくてはならないだろう。発掘が再開されない限り、ただ警察の尋問を待つだけになってしまう……。私の同僚が二人も殺されている。私も危険かもしれない。まさか私が三番目になるのでは? 私が知っている人が殺人犯だったら? もしかしてカラスコ教授が……?)
それからアルタフィは、自分と二人だけでドルメンに残ろうとしたカラスコを思い出した。あの行動はいかにも怪しい。カラスコはいい人のように見えるが、彼の目はいつも何か懇願しているように見える。
カラスコは最近離婚して、孤独に苛まれているらしい(注 8)。彼が夜遅くまで働いているのは、一人暮らしを慰めてくれる女性を探しているからだという悪い噂もある。そんな生活は、失望と退屈しかもたらさない。欲求不満と溜まりに溜まった怒りがカラスコを殺人に向かわせているのかも……。
アルタフィは、自分の考えに呆れてソファから起き上がった。
(殺人事件のことばかり考えてちゃダメだわ)
待ち合わせにはまだ二時間ある。突然、不条理な考えが頭に浮かんだ。
(ヘア サロンに行こう。行って髪を切ろう)(注 9)
* * *
(注 1)アルタフィは、しばらく出かけていなかった
マリアのところに泊まったり、カラスコやマケダ警部とお昼ご飯食べに行ってるのはカウントされないようです。
(注 2)いいわ、待ち合わせはどうする?
行くんだ……。鋼のメンタル、アルタフィ。
(注 3)エンカルナシオンの
セビーリャの中心にエンカルナシオン広場というところがありまして、ここに建ってる組み木構造のモニュメント(?)のことです。本当の名前は「メトロポール パラソル」というらしいですが、その形から通称で「キノコ」と呼ばれているようです。
https://es.wikipedia.org/wiki/Setas_de_Sevilla
一階部分にバルやカフェ、レストラン、食料品店があって、そこで飲んだり食べたりできるようになっています。広場周辺にも食べるところはたくさんあります。マルタはその辺りのお店で飲もうと言ってるんですね。
アルタフィの家がどこにあるかはわからないのですが、パストラのドルメンからセビーリャまでは車で二十分くらいらしいので、アルタフィの家はセビーリャ圏内なのかなと想像します。
(注 4)九時半
ええ、夜の九時半です。「そんな遅いの?」って思いますけど、スペインはこれが通常運転です。レストランは九時頃から混んできます。それで朝は八時半から働くんだから、スペイン人は体力ありますよね……。
(注 5)アルタフィは言い淀んだ。
殺人事件の話をするんだと思うでしょ? それが「飲みに行く服がない」ってなんだ! しかも持ってる服がこんまりも驚きの四着だけ笑 まずは服を買いに行く服を買わなきゃです。
(注 6)アルタフィ、恋でもしたの?
ううん、昼間惨殺された同僚を見ただけー☆
(注 7)それは疑いもなく、人類の営みの不思議さだろう
えー……。
(注 8)カラスコは最近離婚して、孤独に苛まれているらしい
おお、新情報。カラスコ教授、突然怪しい人扱いになっています。これはフラグなのか、怪しいと見せかけておいて、やっぱりいい人でした展開なのか……。
(注 9)ヘア サロンに行こう。行って髪を切ろう
そうだ京都、行こう。
アルタフィ、切り替え早いなぁ……。まあ、あるとは思うんですよ。あまりに非現実的な状況に遭遇して、感情がシャットダウンして突飛な行動を取ってしまうとか、ハイになってしまうとか。でも、目とか心臓とかくり抜かれた死体を見たその日に飲みに行く気分になるかなー……。
それにお母さんがお家にいないことで最初に考えるのは、自分のショッピングのプランについて話すことじゃなくて、同僚がまた殺されちゃってどうしようって方じゃないですか? お母さんと話をしてちょっと落ち着いてくるとか、一人だと怖いからお母さんに電話するとか、の方が自然じゃないですかねえ。
小説だから少しぐらい突飛にしないと面白くない!というのがスペイン小説の意気込みなのか、思いつくままに書く作者さんなのかちょっとよくわかりません。それにしても殺されてしまったサウサ君の報われないこと。「いつ死ぬかわからないから今を楽しまなきゃ!」とか、反面教師ぶりが過ぎます。
次回、「アルタフィは予約なしで髪の毛を切ってくれる美容院を見つけられるのか?」の巻です!
初掲 2024 年 5 月 14 日
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