ドルメン 第 9 話 第二の事件

皆さんゴールデンウィークはいかがお過ごしですか。

先週からのロベルト サウサの運命が気になる皆さんのために(?)、遅ればせながらドルメン 第 9 話を更新しました。ちょっと長いんですけど、お楽しみください。


* * *


その晩アルタフィは眠れなかった。ロベルト サウサに投げつけられた言葉に苛ついていたからだ。明け方には起き出して、テレビを見たり、本を読もうとしたりしたが、集中できなかった。日が昇ると、心に復讐の火が点いた。発掘の監督の前でサウサを糾弾してやるのだ(注 1)。彼の誹謗、言葉による暴力、その行いによって彼自身が排除されるのだ。多くの絶望を経験してきた自分がどうにか守ってきたわずかばかりの自尊心を傷つけたあの男。彼が罰も受けずにぬけぬけと過ごしていくなんて許せない。

アルタフィは早くに家を出た。渋滞にも捕まらずに二十分もしないうちに発掘場所の駐車場に着いた(注 2)。まだ誰も来ていないようで、ドルメンの入口に立つ警備員のシルエットだけが見えた。その入口は、昨日内部で感じた居心地の悪さを思い出させた。あそこからは膨大なエネルギーが発せられているに違いない。

ほかのメンバーが来るまで、少し歩いて頭をスッキリさせようとアルタフィは思った。それでもドルメンからは悪意のある古代の何かが付いてまわってくるようだった。何分もしないうちに自動車が横滑りする音がして、アルタフィは振り返った。それはカラスコの四駆で、アルタフィの車のすぐ横に停まった。

「行くぞ」

カラスコは、緊張をはらんだ声でアルタフィに言った。

警備員が声をかけてきた。ドルメンの入口にかかっている南京錠が壊されている(注 3)のを見つけたという。

「見てください。あれです。自分は敢えて入りませんでした」

ルイス ヘストソの事件後、皆は疑心暗鬼になっていた。

三人はドルメンの方へ駆け寄った。入口の扉が少し開いていて、壊された南京錠が地面に転がっていた。警備員はビクビクした様子でアルタフィとカラスコを見た。

「中に入ったかい?(注 4)」とカラスコ。

「いいえ、中に何かあるかもしれないので、できれば教授に行ってもらえると。朝一番で錠前が壊れているのを見つけてからは、ここを動いていません」警備員が答える。

「行こう。中で何が起こったか調べなくては」(注 5)

明かりを点けて、羨道を進む。同時に緊張も高まっていく。再び悪い予感がする。悪意のある薄暗いものがこの中には住んでいる。嗅いだことのある少し甘い刺激臭が遺跡の内部を満たしていた。人の血の匂いだ。

恐ろしさで呆然としながら、羨道の最後にある玄室まで近づく。カラスコの早足につられて、アルタフィは半ば機械的に歩を進める。四十メートル以上の道のりが永遠のようだった。途中にある枠石を通り抜けるたびに、アルタフィたちは恐怖へと近づいていった。恐怖を払いのけるために、どこかの不良が南京錠を壊したのだと思い込もうとしたが無理だった。玄室で待ち構えているものが、損壊された死体だということはわかっていた。そして、突然それが目に入った。玄室から数メートルというところで、地面に横たわる死体が見えたのだ。

パニックになるのを抑えるために、カラスコの背によりかかってアルタフィは叫んだ(注 6)。

(今度はいったい誰なんだろう?)

円形の玄室の地面の上には、胸部を開かれた全裸のロベルト サウサ(注 7)が全身血まみれになって横たわっていた。

手足を伸ばした状態の死体は、直径二メートルほどの玄室の壁から壁に広がっていた。かつて心臓が鼓動していた場所には暗い空っぽの穴が開いていた。

目、舌、性器、肌……(注 8)。発掘メンバーのもう一人が切り刻まれ、憎むべき悪魔の仕業が繰り返されていた。

ロベルト……。昨日の午後から積もり積もっていた怒りが、アルタフィの中で混乱と哀しみに変わっていた。叫ぶこともできないほど身体が麻痺し、苦痛のために歪んだロベルトの顔に残るがらんどうの眼窩から目を離すことができなかった。

「ここから出よう」

カラスコの呟きを、アルタフィはようやっと聞き取った。

「何にも触らないように……」

答えることもできずに、アルタフィはカラスコと羨道を戻った。出口に向かうにつれ、二人の歩は早まった。悪の寺院から逃げ出して、早く日の当たるところに出なくては。外に出た途端、アルタフィは大きく息を吸い込み、地面に倒れ込んだ。

「アルタフィ、アルタフィ、聞こえるかい? 大丈夫か?」

ぼんやりと聞こえる声に震えながら答える。「はい……」

服やズボンについた土を払いながら、なんとか起き上がる。

「なんて恐ろしい!」

カラスコが叫んだ。

「これまでに起きたことが信じられないよ。さあ! マケダにすぐに電話しなくては!」

二十分後、国家警察と地方警察、そして救急車がサイレンを鳴り響かせてひしめくようにやって来た。新たな事件の噂があっという間に広がり、血なまぐさい話に飢えている新聞記者がやって来るに違いない。

警察は、ドルメン内部を検証し、何枚もの写真を撮り、隅々まで指紋を取ったりした。その間、アルタフィとカラスコは何も言わずただ行ったり来たりして緊張と戦った。ようやっと現地調査が終わった頃、マケダ警部が二人に近づいてきた。

「判事が死体を引き取りにこちらに向かっている。君たちには、私と一緒にドルメンの中に戻ってほしい。何か考古学的に見落としたことがあるかも知れないから。死体はもう梱包されているから心配しないでくれ。

「被害者を動けないようにするために事前に薬を盛ったかもしれんな」

マケダ警部はそう言ったが、アルタフィは狂信者たちはそんなことを許さないだろうと思った。彼らは、生贄が意識を保ち、十分に苦しむのを見たかったはずだ。

「何か気づくことはあるか?」

マケダ警部の質問に、カラスコは「いや……」と答える。

目前にはヘストソ事件のときと同様に、倒鐘形土器が死体を囲むように均等に対称形に置かれていた。

「土器は本物っぽいな」

「そうですな。そして以前と同じように遺体の一部が入れられていて、齧られている」

マケダ警部が答えた。

「以前の事件とまったく同じです」

「――まったく同じではないわ」

アルタフィが遮った。

「何が違うと言うんです?」

「前回は土器の数が七つでした」

「そうですな」

「一つ足りないわ」(注 9)

「何か意味があると思うかね?」

「わかりません。でも、今回は殺害現場がとても小さくなっているから、殺人グループの人数も減ったのではないかしら」

「ふむ、確かに……。可能性はなくはないですな」

アルタフィたちは更に状況を調べたが、血生臭さで窒息しそうだった。アルタフィは何千年もの間ドルメンは似たような儀式を見守ったのだろうかと思った。自分たちはドルメンの構造には詳しくても、そこで行われた儀式については知らない。

判事が来たので、玄室から出ることになった。アルタフィの脳裏には犯罪現場の光景が鮮明に焼き付いていた。

「可哀想なロベルト、可哀想なルイス……」

「あなたたちのプロジェクト メンバーが二人も殺されている」とマケダ警部が言った。「何らかの関連があることは明確です。発掘は延期せねばならんでしょう」

「しかし……」とカラスコが言葉を継いだ。「理由がわからない事件だな。考古学の学者や生徒を殺して何の役に立つ?」

「その謎を解くのが我々の仕事です。これまでにわかっているのは、事件がこの発掘プロジェクトに関係していることと、先史時代の儀式に則った殺人であることだけです」

「確かにそうだが、しかし……」

「したがって、発掘プロジェクトの全メンバーが被害者になる可能性もあるし、逆に加害者であるかも知れないのです。殺人者たちはあなたたちのすぐ近くにいるのです」

アルタフィはそのとき初めて自分たちのいる状況に気が付いた。既に二人殺されている。いつ三人目のバラバラ殺人の被害者が出るかわからないのだ。アルタフィは悪魔のような展開に震えた。マケダ警部は正しい。私たちが良く知っている誰かがこの殺人に加担しているのだ。誰もが容疑者、犠牲者、または処刑者になる可能性があるのだ。

「全員に事情聴取をしなくてはなりませんな」

「私たちもですか?」

「あなたたちもです」


* * *


(注 1) 発掘の監督の前でサウサを糾弾してやるのだ

発掘の監督はカラスコ教授です。それは火に油を注ぐことになるのでは……。


(注 2) 二十分もしないうちに発掘場所の駐車場に着いた

アルタフィは近くのマリアの家に泊まりたいとか言っていた割りに、自分の家も結構近いです。


(注 3) ドルメンの入口にかかっている南京錠が壊されている

入口がやっぱり cancelaキャンセラ (鉄格子)って書いてあるんですよ。鉄格子だったら南京錠で納得なんですけど、ドアで南京錠ってなんかちょっと変だなあ、と。まあ、ありえなくはないですけどねえ。


(注 4) 中に入ったかい?

その前の警備員の台詞で「自分は敢えて入りませんでした」って言ってるやん……。こういうのってスペイン風なんでしょうか。相手がそうだと言っていても、とりあえず聞く、みたいな。あるいは全然聞いてないところが。


(注 5) 行こう。中で何が起こったか調べなくては

当然のようにアルタフィを連れて行くカラスコ教授。そしてアヒルの子のように付いていくアルタフィ。


(注 6) パニックになるのを抑えるために、アルタフィは叫んだ

叫んだほうが怖くない?


(注 7) ロベルト サウサ

ロベルトォォオオッ!! 。゚(゚´Д`゚)゚。 やっぱりお前だったかぁぁっ!


(注 8) 目、舌、性器、肌……

ヘストソさんのときも同じだったんですけど、ちょっと血生臭過ぎて訳には入れてませんでした。


(注 9) 「一つ足りないわ」

マケダ警部……。素人に指摘されるとか笑 「杯(土器)の数が七つだったことに何か意味はあると思うか?」」と昨日聞いてたばっかなのに。



マケダ警部のボケ具合が「火曜サスペンス劇場」を超えて「BD7」の中村警部並みになってきました。

な、なにィ、例が古過ぎてわからんだと!? おまいら全員昭和からやり直してこい……!



初掲 2024 年 5 月 3 日

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