2024 年 4 月 16 日 帰ってきたドルメン(ドルメン 第 7 話)

 というわけで、ドルメンの本編再開です。

 前回ドルメンを「スペイン版前方後円墳」と書いたのですが、写真をちゃんと見てみると前方がありませんでした。単なる円墳です。涙型のやつもあります。前回の文は修正しました。

 今回はアルタフィたちが発掘を始めたところです。


 * * *


 ドルメンについてはよく知られていない。これまでに発掘されたドルメンは四つだけである。多くは関心が持たれないために朽ち果てていっている。中でも最大のドルメンはパストラのドルメンで、四十メートル以上にわたる羨道せんどう(入口から玄室に至る通路)と直径二・五メートルの玄室げんしつ(遺体安置室)を持つ。パストラのドルメンの建設場所には採石できる所はなく、近隣の山から運ばれた石で構成されている。そして他のドルメンと異なり、パストラのドルメンの入口は西に向かっている――ルイス ヘストソの遺体と同じように。

 ドルメンの発掘が始まり、アルタフィは博士課程に在籍する別のチーム リーダーのロベルト サウサと作業を始めた。サウサは発掘箇所の土をブラシで取り除き始めたが、なぜかイライラしているように見えた。

「なぜ発掘を?」

 ふいにサウサがアルタフィに訪ねた。

「考古学が好きだからよ」

 アルタフィは答えたが、これは表向きの言いわけだ。実際はほかに仕事がないからである。大学の友人たちは、ぱっとはしないものの何らかの仕事を見つけた。自分は大学を卒業してから、進学するでも論文を発表するでもなく、からっぽな人生を過ごしている。定職もなく、かといって社会保険に頼るでもない。こんな炎天下で食事だけが支給されるような仕事は、本来なら博士課程に進みたい学生がするようなことだ。アルタフィは、シスネロス教授に勧められたというだけで、自分の虚しさを埋めるためにこの仕事を受けたのだ。

 アルタフィはもうすぐ三十代になる(注 1)。彼女を思いやるのは母親とシスネロス教授だけだ。こんなときに父親がそばにいたら、何か違っていたのだろうか?(注 2)

「アルタフィ!」

 現場監督のカラスコが呼んだ。

「どうした、ぼうっとして」

「なんでもないわ。濠を作った技術について考えていたの」

 アルタフィは取り繕って答えた。カラスコは続ける。

「マケダ警部が電話してきた。検死結果が出て何か聞きたいらしい。昼めしを食う約束をしたが、一緒に来るかい?」

 それを聞いたロベルト サウサがアルタフィを振り返った。彼のその目がアルタフィをなぜか不安にさせた。

 二時間後、アルタフィとカラスコは地元の食堂に車で向かっていた。アルタフィは午前中に着ていた作業着のまま、汗だくだった。「こんな格好でつまみ出されないかしら?」と聞くアルタフィにカラスコは「地元の労働者ばかりが来るようなところだから気にすることはないよ」と取り合わなかった。実際に食堂に着くと、マケダ警部はグレーのスーツにネクタイ姿だった。アルタフィは恥ずかしくなって、マケダ警部に挨拶だけを済ませると洗面所に向かい、身なりを整えた(注 3)。

 マケダ警部から聞く検死結果には特に新しい情報はなかった。ただし、殺人の武器となったのは、ギザギザの歯と並行な溝が付いた短めのナイフ類ということがわかった。そして、ヘストソの死体の一部が入れられていた杯は五千年前に作られた土器だということもわかった。

「この杯の入手ルートについて何かわかることはあるかい?」とマケダ警部はアルタフィに訪ねた(注 4)。

 ア「わからないわ。でも入手するのは難しいと思う。釣鐘型の杯はよく知られているけれど、壊れた破片だけが見つかるだけで、完全なものが見つかったことはないの。どこかで盗掘したか、盗掘者から買ったか。アンダルシアには盗掘品の巨大な闇市場があるけれど、そこでも見つけるのは無理だと思う。どちらにしても犯人は考古学や遺跡に詳しい人物ね」

 マ「その時代の宗教的な儀式については?」

 ア「宗教的というか、葬儀はとても重要だったの。生きてる人たちは粗末な小屋に住んで、死後の世界のために巨大な墳墓を作った」

 マ「その葬儀とヘストソの死に関連性は?」

 ア「それもわからない。でも、以前にこの地区で発見された頭蓋骨からは刃物の跡が見つかっていて、皮を剥いだんじゃないかと考えられているの。儀式のために捧げられた人たちではないかと見られているわ」

 マ「人肉食の痕跡か?(注 5)この事件のアイデアの元になったかもしれんな。それから杯の数が七つだったことに何か意味はあると思うか?」

 ア「さあ……。私にも質問があります。こんな事件がこれまでに起きたことがありますか?」

 マ「悪魔的な儀式とか、黒魔術とかはときどきあって被害者も出たりするが、今回のような先史時代の儀式を模した残忍な事件は初めてだよ」


 * * *


(注 1)もうすぐ三十代になる

 原文は Ya ibaイバ paraパラ losロス treintaトレインタ です。Ya というのは「既に」とか「すぐに」という意味です。iba は、英語の go と同じです。iba は線過去といって、一定期間継続していた過去形になります。para は「〜に向かって」、los treinta が「三十代」です。全体を訳すと「既に三十代に向かっていた」となります。

 しかし、アルタフィは今の話をしています。なぜ「既に三十代に向かって『いる』」と言わなかったのでしょう? 機械翻訳は先を読んで、過去の時点で「向かっていた」のなら、今は既に三十代になっているはずだと理解し、「私は既に三十代だ」と訳していました。

 第五話で「私の父が母を捨てたのは十年以上前のことだ。私はその頃十八歳だった」という記述があります。なのでアルタフィが三十歳前後だというのはわかるのですが、実際に三十なっているのか、その手前なのかは私の読解力ではわかりませんでした。でも「に向かって」という言葉があるので、ギリギリまだなんじゃないかな〜と想像しました。


(注 2)彼女を思いやるのは母親とシスネロス教授だけだ。こんなときに父親がそばにいたら、何か違っていたのだろうか?

 自分のことを思ってくれる大人が二人もいたら幸せだと思いませんか? 自分が定職についてないのを父親のせいにするのはどうなんでしょう。前述のようにお父さんが出ていってから十年以上経っています。大学卒業してからだって八年くらいは経ってるはずです。第二話でシスネロス教授はアルタフィにインドやアフリカでの発掘の仕事を紹介したとあります。そんなに長いこと目をかけてもらってるんだったら、そのコネに食らいついて教授の研究室に入ってこつこつ論文書けばいいんです。そこまでの気概が無いんだったら、スーパーの店員にでもウェイトレスにでもなって趣味として考古学を続けたらいいでしょう。アラサーにもなって「お父さんがいたら……」なんて甘えてるんじゃねえです。


(注 3)マケダ警部に挨拶だけを済ませると洗面所に向かい、身なりを整えた。

 なんだかね〜、ここのくだりがイヤなんですよ〜。いかにも「女はこういうの気にするんだろ?」みたいな感じで書いてある気がします……。炎天下で地面掘り返すのが楽しい女子はそんなの気にしないかも知れないし、気にするんだったら車に乗る前にカラスコに「五分だけ待ってください!」とか言ってトイレで汗だけ拭いてくるとかするんじゃないかな〜、と……。

 そして、実際に食堂のトイレに行って何をしたかっていう具体的な記述がないんですよ。「少し見栄えが良くなったので戻ることにした」ってそれだけ。例えば、炎天下で作業するとわかっていたらタオルとか持っていってるかもしれないので、「リュックからタオルを出して水道水に浸して身体を拭いた」とか、「ブラシは無かったので手ぐしで髪を整えた」とかあれば、なんでこの記述があるのか、ちょっとは説得力がある気はするんですけどね。


(注 4)マケダ警部とアルタフィの会話

 マケダ警部はカラスコに電話をして話を聞きたいと言ったくせに、実際に質問に答えてるのはすべてアルタフィです。カラスコは毎回「来るかい?」と聞くだけの役回り。ちょっとかわいそうです。


(注 5)人肉食の痕跡か?

 アルタフィは「頭蓋骨からは刃物の跡が見つかっていて、皮を剥いだんじゃないかと考えられてるの」と言っているだけです。肉を食べたとは言っていません。マケダ警部のフライングです。



 今回から突然ロベルト サウサが不審な様子を見せています。単なるモブと思っていたサウサ君のあまりに思わせぶりな不審さにこれは何かのフラグなのでは? と思うくらいです。次回のサウサ君の動向に乞うご期待です。


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