2023 年 10 月 5 日 ドルメン 第 5 話

 近況ノートでも書いたとおり、今週は嗣法の準備をしていたので翻訳がいつもの半分くらいしか進みませんでした。なので、いつもは端折っている分を丁寧めに書いてお茶を濁すことにします。



 * * *


 翌朝、アルタフィは母親とランチに行くことにした。行き先は、安くて美味しいタパスが食べられる近所のバーだ。母はアルタフィの顔を見ると言った。

「ラフィ……。大変な一日だった割りに顔色が良くって安心したわ」

 母はアルタフィを「ラフィ」と呼ぶ。アルタフィの本当の名前は、彼女の祖母と母と同じラファエラというのだ(注 1)。しかし、アルタフィはこの名前が嫌で、父親の名前であるアルチューロと、母親の愛称のラフィを組み合わせて、アルタフィという名前を作り、名乗ることにした(注 2)。ラフィという呼び名は母にしか許していない。

「新聞やテレビは昨日の事件でいっぱいよ」

 アルタフィは事件の渦中に居たので、世間に知れ渡っていることには気が付かなかった。

「でも、今は忘れておしゃべりを楽しみましょ」

 他愛のないことを話しながら、ビールを飲んで、よく冷えたマンサニーリャ シェリー(注 3)を次に頼んだ。

「アルタフィ、お父さんから連絡があったの」

 母が突然切り出した。アルタフィの父は、十年ほど前、アルタフィが十八歳のときに突然母とアルタフィを置いて出て行った。それから裁判所で離婚届に署名する父を見て以来、どこで何をしているのかも知らなかった。アルタフィが幼かった頃、父はアルタフィに優しく、自然の中に連れ出してくれたり、読書に興味を持たせたりしてくれた。父を敬愛していたし、父の下で工学を勉強したかった。考古学でさえも、父が最初に教えてくれたものだった。母は続ける。

「携帯にメッセージが来て、顔を見に家に寄るつもりだって。『会えなくて寂しい』って(注 4)」

「会えなくて寂しい? だったらどうしてお母さんに電話しないの? 私にも一度だって電話はなかったよ? 私たちが何をしたって言うの?」

「お母さんにもわからない。何度自問したか。でも答えは出なかった。喧嘩もしなかったし、何かを非難されたりもしなかった。ただ、ある日突然出て行ってそれっきり」

「それで突然『寂しい』って何よ」

「メッセージが来た電話番号は非表示だったの。だから、電話も掛けられなかった」

「ほかに女の人がいるとかは?」

「わからない。遊び人ではなかったけれど、いなくなった理由はそれくらいしか考えられなかった。でも、そういうのって遅かれ早かれわかるものでしょう。どこに住んでいるとか。でも、そんな話も聞かなかった」

「全部が変なのよね……」

「そう。でも、お父さんはいつか帰ってくるって思ってた」

「ちょっと、変な夢見ないようにしてよね。何を考えて連絡してきたかわかんないんだから」

「夢見るわけじゃないわよ。お母さんだってバカじゃありません」

「まあ、ともかく進展があったら教えてよ。私は会いたいとは思えないけど」

 アルタフィの言い草に母は一言言うが、どうするかはまかせると答える。アルタフィは話題を変えて、「黄色い蝶について祖母から何か聞いているか」と母に尋ねる。母は知らないと答え、「前から言っているように、あの人の言うことを信じてはいけない」とアルタフィに忠告した。


 * * *


(注 1)親子三代同じ名前

 欧米だとありがちですね。だから、ジョージ ブッシュ ジュニアとか呼ばれるわけですね。日本だと一文字は同じにしても、まるっきり同じ名前とかちょっと居心地悪い感じがするので、アルタフィが嫌だと思う気持ちもわかります。欧米はなんで平気なんだろう。名前のバリエーションも少ないですよね。イギリスとかだと、男性の三分の一はデイビッド、次の三分の一がスティーブ、残りの三分の一がその他の名前って感じです(個人の感想です)。まあ、最近はアップルだのキウイ(?)だのキラキラ ネームも増えてきましたけど。


(注 2)アルタフィという名前を作った

 私が唱えたアラブ系の名前説が見事覆されてしまいました……😢 好美ちゃんじゃなかったのか……。


(注 3)よく冷えたマンサニーリャ シェリー

 原文は manzanillaマンサニーリャ bienビエン fríaフリア となっています。オリーブの実でも出てきたマンサニーリャ(小さいりんご)です。これまた一筋縄ではいかないのですが、スペイン語でマンサニーリャというと、カモミールを差します。香りがりんごっぽいからですね。

 最初は冷たいカモミールのお茶を飲んだのかと思っていました。でも、ビールの後にカモミールのお茶って変だよな、それにスペインで冷たいお茶って出さないよな、と思って辞書を調べたら、マンサニーリャはシェリーの名前だとわかりました。カディス地方にあるサンルーカル デ バラメダという町で作られる辛口のシェリーだそうです。


(注 4)会えなくて寂しい

 原文は me echaエチャ de menosメノス で、英語にすると He misses me です。この miss って訳しにくい言葉ですよね。英語の映画を見ていると、遠くに離れている家族や恋人に電話や手紙で “I miss you” とか言ったりしていますが、そもそも日本語であんまり「あなたがいないので寂しい」とか「あなたが恋しい」とか言わないので、なんて言うかなあ、と考えました。するっと言えたら良さそうな言葉だと思います。



 来週も引き続き、嗣法の準備があるので少なめだと思います。

 みんチャレを始めてから一月が経って、ちょっとダレてきたのもあります。もう今週はやりたくないなー、サボっちゃおうかなー、と思っていたのですが、己に鞭打って少なくともいつもの半分はやることにしました。


 まあ、ダレることは誰にでもありますよね(おやじギャグか)。思い切ってお休みして仕切り直すことも大切です(来週出来なかったときのための予防線)。皆さんも無理せず、ぼちぼち続けましょー♪


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