2023 年 9 月 13 日 ドルメン 第 3 話


 今週は忙しかったので、翻訳ができないかと思っていましたが、結構大丈夫でした。

 台詞が多い箇所だったのと、スペイン語アプリに慣れてきて操作が早くなったのが幸いしたようです。


 ところで、主人公の名前は「アタルフィ」だと思っていたのですが、間違いでした。正しくは「アルタフィ」です。既出の箇所は修正しました。「アルタフィ」とは「お気に入り」という意味だそうです。日本語だったら「好美」(このみ・よしみ)ちゃんですかね。


 それでは、ドルメン第 3 話です。




*    *    *


 ルイス ヘストソの死を知ったアルタフィは、電話口で泣き出してしまう。(注 1)

「嘘だと言って」思わずつぶやく。「何かの間違いだと。これから彼の家に食事に行くはずだったのに」

 自分もショックだとアルタフィに告げるカラスコ。そして、友人の警部に現場に来るように言われていることを話し、アルタフィに一緒に来るかと尋ねる。アルタフィは反射的に「行く」と言い、二人は殺人現場に向かう。(注 2)

 なぜ考古学者を殺人現場に呼ぶのかと尋ねるアルタフィに、カラスコは「どうやら考古学に関連した事件らしく、意見を求められたのだ」と説明する。

 車で十五分もしないうちに到着したヘストソの家の周りには、まだ温かい死体が見つかったというニュースを聞いて、不安そうな野次馬が既に集まっている。門の前で警備に当たっている警官に、「フリアン マケダ警部に呼ばれている」と説明してカラスコとアルタフィは中に入れてもらう。家は、話に聞いていたよりずっと大きなオリーブ農場だった。オリーブの茂る小高い丘の上に立つ農家は、かつてはオリーブ油を作っていたそうだ。極端に刈り込まれた幾本ものマンサニーリョ オリーブのねじ曲がった枝は、恐怖に慄いて青空に爪を立てる指先のように見えた。(注 3)

 現場に向かう途中で、救急車の横に置かれたストレッチャーと、その上の保存袋に包まれた遺体にアルタフィは気がつく。

「可哀想なルイス」アルタフィは十字を切った。「彼の魂が安らかな眠りにつきますように」(注 4)

 儀礼的な挨拶を済ませた後、マケダ警部はアルタフィとカラスコを農家の裏にある庭へと連れて行く。プールを取り囲むように芝が植えられていて、そこには古い石臼が庭の装飾として置かれていた。マケダ警部は言う。「被害者はルイス ヘストソ。離婚して今は一人暮らしのエンジニアです。以前に警告があったらしいのです。しかし、今朝、庭師が凄惨な現場を見つけました。不審な音や人物に気がついた人はいませんでした」(注 5)

 そう説明して警部は二人に血塗られた石臼(注 6)を見せた。そこには、七つの杯が石臼を取り囲むように置かれていた。アルタフィは、それらの杯がパストラのドルメンの近くで発掘されるものに酷似していることに気が付いた。それは、釣り鐘を上向きにしたような形で、幾何学模様が刻印されていた(注 7)。アルタフィは更に、それらの杯には血まみれの何かが入っていることに気が付く。そしてマケダ警部は、行われた陰惨な儀式の手順を説明し始めた。

「犯人たちは、被害者を石臼に縛り付けると(中略)(注 8)丁寧に胸をナイフで切り開き心臓がよく見えるようにした後、まだ動いている心臓を手づかみで引きちぎって取り出したのです」(注 9)

「鬼畜共め!」(注 10)アルタフィは叫んだ。

「私もこれほどに陰惨な現場は初めてです。凶行時、被害者はまだ意識があったと思われます。(注 11)そして、殺人者たちは取り出した心臓を七つの杯に分け入れ、それぞれがかじったのです」

「それで? 私を呼んだのはどうしてだ?」カラスコがマケダ警部に尋ねる。

「この殺人は何かの儀式だと思われる。古代の土器の配置や、儀式的な手順を踏んでいること。考古学の専門知識が必要だと思うんだ」

 カラスコは、石臼の周りを歩き始めた。杯は正確な円を成すように配置されている。石臼は生贄を捧げる祭壇として使われたようだ。カラスコはしゃがんで杯を見つめた。

「模造品じゃなくて、二千五百年前の本物みたいだな……。こんな完成したままで見つかることは珍しいが」

 杯に触れようとしたカラスコにマケダ警部は声をかける。

「触らないでくれ。指紋が残っているかもしれないから」

 驚いたマヌエル ベンチュラは慌てて手を引っ込めた。(注 12)

「死体はどの方向を向いていましたか?」アルタフィが尋ねた。

「頭部はこちらを向いていました」とマケダ警部。

「うん……南西の方向かな?」カラスコが続ける。

「多分。今、コンパスを持っていないので」マケダ警部は答える。(注 13)

「もし、儀式だったとしたら、遺体の方向が重要になると思うんです。昨夜は新月だったのも儀式の規則に従ったという仮説に説得力が出てきます」アルタフィは説明する。

「でも、遺体の方向で何がわかるんです?」

「もしかしたら関連は無いのかもしれませんが、パストラのドルメンの方向と同じなんです。イベリア半島の南部にあるドルメンは、多くの場合、日が昇る方向に向いています」

「今はどんな知識もありがたいです。検死報告書が上がってきたら、正確な遺体の方向や現場の詳細な図をお知らせします」

 アルタフィは、石臼から少し離れて現場を見回した。儀式の手順を頭で追う。すると、あることに気が付いた。

「ナイフは? 胸を切り開くのにナイフが必要だったでしょう?」

「見つかりませんでした。これもまた検死の結果、どんな刃物を使ったかお知らせしますよ」

 カラスコはまだ現場を見て回っていたが、アルタフィは先に帰ることにした。

 マリアの家に戻ると、憔悴したアルタフィの様子を見てマリアは何が起きたのかを察した。そして、アルタフィが泣いている間ずっと、彼女を抱いて慰めていた。

 アルタフィは実家に帰ることにした。自分の部屋に戻ると、疲れを感じて早くに床に着いた。今日起きた出来事を忘れたかったが、眠りに落ちても原始的で嫌悪な儀式の様子が頭を離れることはなかった。



*    *    *



(注 1)泣き出すアルタフィ

 原文は Rompí a llorar で、英語で言うと She broke into tears です。「思わずぶわっと泣き出してしまった」とかそういう感じだと思います。でも、知り合ったばっかりの人が亡くなったと聞いて「ええっ?」とは思っても、号泣したりはしないんじゃないかな……、と思うのは私だけでしょうか。


(注 2)殺人現場に誘うカラスコ

 聞きますかね? 殺人現場に一緒に来るかなんて? そもそも入れてもらえるなんて思わないですよね? そして行く方も行く方。


(注 3)マンサニーリョ オリーブが青空に爪を立てる

 マンサニーリョというのは、オリーブの品種です。りんごのことをマンサナと言い、この品種のオリーブから取れる油がフルーティで青りんごを思わせる香りがすることから、マンサニーリョ(ミニりんご)と呼ばれるようになったそうです。

 スペイン産のオリーブ油の瓶をよく見てみると、オリーブの種類が書いてあることがあって、マンサニーリョはまろやかであまり癖のない味がします。ただ、瓶の表記には「マンサニーリャ」とあって「マンサニーリョ」ではありません。オリーブの実も「オリーバ」で「オリーボ」ではありません。なんでかなと思って調べてみたら、オリーブの実は女性名詞で「オリーバ」となり、オリーブの木は男性名詞で「オリーボ」となるんだそうです。そして、形容詞も名詞の女性型、男性型に合わせて「マンサニーリャ」(女性)、「マンサニーリョ」(男性)になるんだそうです。

 したがって、オリーボ マンサニーリョと言ったら(スペイン語は形容詞が名詞の後に来る)マンサニーリョ オリーブの木、オリーバ マンサニーリャと言ったらオリーブの実を指しているんですね。

 小説で青空に爪を立ててるのは、マンサニーリョなので木の方です。なんだか、いかにもホラーなのでこんな景色を入れてみました!って感じですが……。


(注 4)十字を切って魂の安寧を願う

 またまた七十年代風。まあ、でもスペインはカトリックの国なので、十字を切ったりするかもしれないですね。


(注 5)不審な物音に気付かない近隣の人々

 まあね、広いんだと思うんですよ。ヘストソさんのお家は。でも、殺されるとき、ヘストソさん、猿ぐつわされてないんですよ。うわーとか、きゃーとか、助けを求めて叫ぶでしょう。スペインのオリーブ畑って本当にオリーブしかなくって、あとは荒野。音が結構響くはずです。野次馬が来てるということは、徒歩圏内に複数の隣家があるってことですよね。なんか聞こえてると思うんだけどなあ。


(注 6)石臼

 日本の三十センチくらいの可愛い石臼を思い浮かべてはいけません。直径二メートル、厚さ五十センチくらいの真ん中に穴が空いたバカでかい円形の岩です。ヨーロッパでは、なぜこんなところに? って場所にときどき転がっています。


(注 7)古代の杯

 原文は vaso(カップ)となっていたので、杯としました。でも、ここでドルメンの近くから出土する古代の土器と説明があったので調べてみたら、日本の弥生式土器のかめによく似たものでした。


(注 8)儀式の様子

 原文だと、心臓を取り出す以外にも恐ろしい描写があるんですが、怖くて書けないのでパスしています。


(注 9)心臓を取り出す

 これも気持ち悪いんですが、あらすじに関係してそうなので訳しました。でも、心臓手術の手順を調べると、心臓に触れるには、胸骨を切開して万力みたいので開かなきゃいけないんですよ。鶏肉の処理とかするとわかると思いますが、骨なんか普通の包丁で切ろうとしたら包丁が欠けるし、内臓なんて簡単に取り出せませんよ……。


(注 10)「鬼畜共め!」

 原文は Hijos de puta となっています。hijo は「息子」、puta は「売女」という意味です。さしずめ英語の「サノバビッチ」に当たる言葉でしょう。雌犬とか売女とか、悪いのは息子自身であって母親は関係ないだろうと思うんですが、こういうのは男性優位主義的な背景の下に出来上がった言葉なんでしょうね。だって、「オス犬の息子!」とか言いませんよね。そういう面も含めて、若い娘が言うかな……と思います。日本語も敢えて、若い娘が言わなさそうな言葉を選びました。


(注 11)被害者の意識

 ないと思います。ここでは省いてますが、その他の凶行でヘストソさんは既に窒息している可能性が高いです。


(注 12) マヌエル ベンチュラ

 ……誰? 原文にある誤植です。カラスコさんのことです。Manuel Ventura となっています。執筆の途中で名前を変えたんでしょうかね。


(注 13)コンパス

 ケータイにコンパス アプリが入ってるんじゃないかと。



 いやあ、なんて血なまぐさい小説でしょう…… 😰 もう外に亡くなる方がいないといいのですが。小説が終わる頃には、「凄惨な」とか「虐殺」とか、胡散臭い語彙ばかりが増えそうな感じです。みんチャレの意図とは関係なく R15 指定する必要が出てきちゃいましたよ……。


 来週は、忙しいのでお休みです。でも、モニョモニョ何か独り言を書くと思います。


 今週も頑張った皆さんに応援を送ります。フレー、フレー! 🚩


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る