2023 年 9 月 6 日 ドルメン 第 2 話
スペイン語では、日本語と同様に主語を入れなくても良い。というより、通常文では主語が入らない。主に「誰がそれをしたのか」ということを強調したいときに、主語が入るようになっている。
通常文で主語が入らない代わり、動詞の語尾が主語によって変化することで、主語が「わたし」なのか、「わたしたち」なのか、などがわかるようになっている。
これで少し困るのは、「彼」と「彼女」の場合、動詞の語尾変化が同じなので、主語が無いとその動作をしている人の性別がわからないことである。
前回のドルメンで、庭の巨石に縛り付けられてしまった可哀想な人物は、段落の中頃まで性別がわからなかった。この人は散々これから起きることへの恐怖に心を曇らせていたのだが、途中でやっと「なぜ彼なのか?」という文が出てきて、「ああ、男の人だったんだ……」とわかった次第である。
まあ、日本語は主語が誰でも動詞は同じなので、スペイン語に文句を言えた義理ではないのだが、訳文を作っているときに、ときどき「困るなあ」と思う。
さて、今週のドルメンです。
お話は主人公の女性、アルタフィが友人のマリア バルブエナの家に滞在しているところから始まります。
* *
季節は夏、アルタフィはバレンシナ コンセプシオンという小さな町にある友人マリアの家に滞在していた。ここから近い場所にあるパストラのドルメンと呼ばれる遺跡で発掘調査を行うことになったときに、マリアが真っ先に彼女の家に滞在するように言ってくれたからである。
マリアとアルタフィは幼馴染みだ。可愛らしくてお人形遊びの好きだったマリアに対し、アルタフィは活発で木に登ったり、自転車を乗り回したりしていた。成長するにつれ、マリアは男性が放っておかない女性になり、早々に結婚した。今、彼女のお腹には男の子がいる。一方、アルタフィは遅ればせながらやっとできた彼氏といくらも続かないうちに別れてしまった。大きなお腹の幸せそうなマリアを見ながら、アルタフィは独り身であることへの自己憐憫と開放感の間で揺れ動いている。
アルタフィは気を取り直して、発掘作業のレポートを見始める。
彼女を今回の発掘プロジェクトに誘ったのは、シスネロ教授だ。プロジェクトそのものはマヌエル カラスコが監督する。パストラのドルメンの周辺部で古代人の生活の様子を知るのが目的だ。
シスネロ教授とは、アルタフィの父を通して知り合った。シスネロ教授は、亡き父に代わって実の娘のようにアルタフィのことを助けている。工業と考古学の両方を取って大学を卒業したアルタフィにインドやアフリカでの発掘の仕事を紹介した。そしてアフリカから帰ってきたアルタフィをパストラのドルメンでの仕事に誘ったのだ。
アンダルシア地方には、大規模な巨石遺跡が残っている。巨石文化は紀元前五世紀頃の新石器時代からから紀元前二世紀頃の青銅器時代の初めまで続いた文化である。巨石遺跡には三種類ある。一つはメンヒル。ブルターニュ語でメンは石、ヒルは長いという意味で、文字通り巨大な長い岩が立てられているものである。直立巨石は多く並べられているものもあり、フランスのブルターニュ地方にあるカルナックの巨石群が有名である。次の種類はクロムレックと呼ばれる円形石柱群である。クロムは円、レックは場所を意味する。この石柱郡は多くの場合、濠によって囲まれている。この濠をヘンジという。最も有名なクロムレックはイギリスのストーンヘンジだ。最後の種類がドルメンで、ドルがテーブル、メンが石を意味する。セビーリャの周辺には、ドルメンが多く残っており、アンテケラのドルメンが有名である。
巨石遺跡に関するレポートを読んでいたアルタフィの耳に、パトカーの音が聞こえてきた。その音が遠ざかるのを聞きながら、アルタフィは前日に見た黄色い蝶を思い出した。祖母の言葉を思い出すアルタフィ。……誰か死んだのだろうか?
アルタフィが滞在しているアルハラフェの住宅街は、とても静かでセビーリャの別荘地として利用されている。別荘地には、今回発掘調査に参加するルイス ヘストソの家もある。ルイス ヘストソは六十代のエンジニアで、博士論文を書くために仕事を辞めて大学へ戻ってきた。先日紹介されたばかりのヘストソは人の良さそうな人物で、以前から知っているかのようにアルタフィに接した。今日はそのヘストソに誘われて、カラスコと三人で親交のための食事をすることになっていた。
しばらくしてアルタフィの携帯が鳴る。電話の主は、現場監督のマヌエル カラスコだった。
「アルタフィ、恐ろしい事が起きた。警察にいる友人が電話してきた。なんて言ったらいいか。人間の仕業とは思えない。それだけじゃない、君がいるすぐ近くで起きたんだ!」
「誰か死んだのね! ……誰だったの? 知っている人?」
「ああ、そうだ……。そして君も知っている人物だ」
「誰なの? 教えてちょうだい!」
「ルイス……、ルイス ヘストソだ」
* *
今回のあらすじは、巨石遺跡の説明が興味深かったので詳しめに書いてみました。
小説に出てきたストーンヘンジ、カルナックの巨石群、アンテケラのドルメンは見に行ったことがあります。カルナックの巨石群は 1 km 近くにわたって伸びる巨大遺跡で、何がそれほど人を巨石を立てることに駆り立てたのかと思わされます。アンテケラのドルメンは二基のドルメンがあって、中に入ることもできます。日本の前方後円墳みたいな感じです。
カルナックにしても、アンテケラにしても、これだけの巨大な建造物を作るには、農業や狩りなどを行わずに、建造プロジェクトにだけ従事した人たちがいたはずですよね。そして、そのプロジェクトを計画して施行する組織力があり、そういった労働者を養うだけの食物が入手できていたはずです。まあ、同じ時期に方程式を操っていた中国には及びませんが、春分の日には、ドルメンの入り口から奥まで光が届くなど、暦も発達していたはずなのでかなり文化は進んでいたんだろうなと思います。
小説の舞台となっているバレンシナ コンセプシオンと、パストラのドルメンは実在する場所です。パストラのドルメンは、バレンシナ コンセプシオンの市役所で予約すると、無料で見せてくれるそうです。内部はかなり深い通路になっていて、入り口はなんと教会のようになっています。中世にドルメンを教会化するということがかなり行われていたようです。いつか行ってみたいと思います。
主人公の名前、アルタフィはちょっと変わってるなと思って調べてみたら、ムスリム系の名前だそうです。アンダルシア地方は、アラブ系の影響が大きいのでムスリムの人も多そうです。アンダルシアにはアルハンブラとかアルマリアとか、「アル」が付く地名が多いですが、これもアラブ系の影響です。
それから、最後のカラスコとアルタフィの会話ですが、なんかちょっと昔のお芝居っぽいなって思いながら読みました。
カラスコが言っている「人間の仕業とは思えない」の原文は、“es monstruoso” (
「君がいるすぐ近くで起きたんだ!」とか、「誰か死んだのね! ……誰だったの? 知っている人?」とか、「ああ、そうだ……。そして君も知っている人物だ」とか、七十年代のドラマっぽいです。
ヘストソさんがいい人で、昔から知っているかのようにアルタフィに接するってだけで、既にフラグが立ってますよね。多分、知ってたんですよ、小さい頃のアルタフィを。マリアもお腹に男の子がいるというフラグが立ってるので、そのうち誘拐されてアルタフィが探しに行くとかそんな展開になるんじゃないかと思います。
さて、皆さんの習慣化は続いていますか? コメントでの進捗報告を楽しみにしています! 今週もがんばろー!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます