夢うつつ
嘘でしょ・・・
私は何かの聞き間違いと思った。
杏奈と・・・朝尾先生が。そんな馬鹿な。
私が呆然としているのを誤解したのか、杏奈はクスクス笑いながら言った。
「そんな驚かなくてもいいじゃない。愛生院を出てからもちょくちょくボランティアでお手伝いさせてもらってたけど、ある時朝尾先生が付き合ってた彼女と別れた、って話しをしてくれて。それを慰めたり励ましてる内に二人で出かけるようになって・・・」
もういい。
もう止めて。
その場で耳を塞いで走り去りたい気分だった。
とても現実とは思えない。
何か変な夢の中にいるような。
嘘に決まってる。
そうだ、今夜先生に確かめてみよう。
それでその場で告白するんだ。
私が杏奈に・・・負けるはずが無い。
予定より早くなったけど、もうそんなのどうでもいい。
愛生院に戻ってから、消灯の時間になるまで私はずっと部屋に籠もって膝を抱えていた。
脳内には色々な考えがまとまり無く次々とあふれ出している。
だが、そのほとんどは恐れと怒りだった。
何かの間違いに決まっている。
杏奈・・・
愛生院に居るときはいつも私の後ろをくっついていた。
同じ容姿に恵まれず、およそ恋愛に縁の無い物どうしでいつも憧れの恋愛を話していた。
そこでは彼女はいつも(恥ずかしくて絶対告白なんて出来ない。カンナみたいに頭が良かったら勇気も出るけど・・・)とはにかみながら言ってた。
そんな杏奈を励ましながらも心の奥では優越感を感じていた。
醜い物だ。
でも、それが隠しようのない本心だった。
杏奈は親友だ。
でも、全てを清らかな目で捉えられるわけが無い。
親友であると共に、私たちはそれぞれ女だ。
でも、杏奈は朝尾先生と・・・
それを思うと、知らず知らずに身体が震えてくるのが分かった。
私は怯えていた。
愛生院に居たときから、唯一の信頼できる大人だと思っていた。
世界の誰に嫌われても、あの人は一番の理解者。
そして、ずっと好きだった人。
なのに。
あの人も私から離れていってしまう。
そんなの嫌だ!!
絶対に朝尾先生は渡さない。
大丈夫、私は美空なんだから。
そんじょそこらの女の子に負けないくらい可愛い。
私は、昔朝尾先生からもらったお守りを持つと、大きく息を吐いた。
もう時間だ。
意を決して立ち上がると、部屋を出た。
朝尾先生の部屋の前に来ると心臓がやかましいくらいに鳴っているのが分かる。
血の気が引いているのか、頭がクラクラする。
緊張で倒れた人の話を聞いたけど、まさか自分がそんな事になりそうになるなんて。
だが、先生と話がしたい。
今夜は杏奈も明日の並松年始への準備の手伝いのため、施設に泊まっている。
それもあって今夜にしたかった。
部屋で一人で居ると、今頃杏奈と朝尾先生は一緒の部屋にいるんだろうか、と言う妄想が湧き上がり心が焼け付きそうになるのだ。
その邪魔をしたいのもあった。
私は操り人形のように無心になってドアを叩いた。
すると少しの間を置いて中から「どうぞ」と言う声が聞こえた。
私はゆっくりとドアを開けた。
中には朝尾先生が机に向かって何か書き物をしていたが、私の顔を見ると優しく微笑んだ。
「山浅さん、どうしたの?こんな時間に」
先生の笑顔を見て、自分の緊張がフッとほぐれるのを感じる。
いつもそうだ。あの笑顔は私の中のこわばった何かをとろかす。
でも、杏奈にはどんな笑顔を見せるんだろう。
そう思うと、また心臓がうるさい音を立て始めた。
ああ、うるさい。
「あの・・・ごめんなさい。こんな時間に」
「いいや、大丈夫だよ。何かあった?」
「あ、あの・・・」
「・・・もしかしてお母さんになにかあった?」
「ち、違います!あの、その・・・」
ああ、言葉が出てこない。どうしよう。また脳内が真っ白になってしまう。
だが、今を逃すときっと私はこの人を取り戻すことが出来ない。
そんな不安に駆られた時、脳内で何かの声が聞こえた。
(さあ、早く言って。気持ちを。あの人を奪い取って)
私は愕然とした。
この声は・・・
(やっと気付いた。そう。私は美空。あなたの中に残った美空。あの時、私の中にあなたが割り込んできて、追い出されちゃった。でもこうしてちょっとだけ残ったの)
美空・・・生きてたのか。
(「生きてる」って言うのは正しくない。意識の欠片が残ってる。私はずっとお兄ちゃんに縛られてた。身も心も。でもようやくあなたを借りて愛する人を、安らぎを手に入れられるの。なのに・・・あんな冴えない女に盗られるなんて理不尽でしょ。あの人は山浅美空にこそふさわしいの)
そうか、おかしいと思った。
私の口とは思えないくらいの言葉を発したり、一樹さんと合う前に毎回ボイスレコーダーをセットするようになったり。
(あれは・・・あなただったの)
(ストーカーをしてたあなたにそんな風に思われるのも微妙だけどね。でもお陰であの人を遠ざけられたでしょ?いつまで続くか分からないけど)
私は頭が酷く混乱していた。
今の気持ちは美空の意識に突き動かされているのか、自分の気持ちなのか。
いや、自分は一樹さんと美空に会うずっと前から朝尾先生のことが・・・
そう思ったとき、私はついに言った。
「先生。好きです。ずっと好きでした」
酷く喉が渇く、口の中もパサパサだ。
先生の顔は見ることを出来ず、私はずっと俯いていた。
そんな私をあざ笑うかのように沈黙が流れている。
私はお守り袋を出した。
あの日、先生からもらったお守り。
その中から紙を取り出す。
そう、先生のくれた券。
「これ・・・先生の利用券。使わせてください。先生、杏奈じゃ無く・・・私の物になってください」
そう言って顔を上げると、先生は酷く悲しそうな顔をしていた。
それを見た途端、私は全てを察した。
自分が完全に終わったことも。
案の定、先生はそのまま深く頭を下げた。
「ゴメン。僕は・・・彼女と・・・」
「もういいです!」
私は半ば叫ぶように言葉を吐き出した。
「なんで・・・杏奈なんですか?なんでカンナじゃ無くあの子だったんです?私がずっと施設に顔を出さなかったから?だから盗られたんですか?」
自分で言っていることが信じられない。
あなた、何を言ってるか分かってるの?
分かってる。でももうどうでもいい。
先生は呆然としていた。
出会ってから初めて見る顔だった。いつでも落ち着いていて冷静な先生が・・・
「ゴメン・・・ちょっと良く分からなくて。山浅さん?」
「私、山浅美空じゃありません。進藤カンナなんです」
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