夢の終り
言ってしまった。
私は妙な開放感を感じていた。
これでいい。中途半端に続けるより、ハッキリさせた方が。
自分でも支離滅裂な事を考えてる自覚はあったが、所謂自暴自棄という奴だった。
「このお守り、私が施設を出る日にくれましたね。入り口の桜の木の下で。私、嬉しくて大泣きしました。先生の前で泣いたのは二度目でした。1回目は『鬼ヶ島の物語』をみんなに褒めてもらえたとき。あのときも先生がその機会をくれた。いつでも先生は私を助けてくれましたね」
先生は呆然としていた。
それはそうだろう。
今話したことは、どちらも当事者しか知らない。
山浅美空がどう頑張っても決して知ることは出来ないのだ。
「君・・・カンナ?でも・・・どうして・・・」
「また、助けてください。私と付き合ってください。私・・・先生となら、やっと幸せになれる」
先生は私の顔を見たまま、目をあちこちに泳がせていたが数分ほどの時間の後、ポツリとつぶやいた。
「君が・・・どうしてその姿になっているのか分からない。神様は本当にいるんだろうか。でも、間違いなくカンナなんだと思う。どうりで、君を初めて見たとき他人に見えないと思った。君の仕草や話し方。姿が変わってもカンナだった。今もそう。泣いている君は紛れもなくカンナだ」
先生の言葉を聞きながら、私はたまらなく嬉しかった。
私をやっぱりこの人は受け入れてくれている。
だが、先生はその後何かに耐えているような表情で絞り出すように言った。
「ゴメン。・・・僕は杏奈を愛している。カンナの気持ちは嬉しいけど、答えることは出来ない」
ああ・・・やっぱり。
いつもこうだ。
望む物はいつも手に入らない。
いつも身近な誰かの物になる。
美空の身体でもダメなのか。
私は身体を震わせながらシャツのボタンを外し始めた。
「え・・・ちょっと!カンナ、何を!」
「私を見て、先生。杏奈よりもずっと可愛い!スタイルは負けてるかもだけど、今の私は可愛いです。カンナじゃ恥ずかしかったかもだけど、今の私なら一緒に居ても楽しいですよ。一緒に歩いてても、みんなに羨ましがられる。どんな髪型や服が好みですか?そういう風にしますから!メイクも頑張ります。杏奈に先越されちゃったけど。他だって絶対に後悔させません。アッチの方だって頑張ります。今からだっていいですから・・・」
「もういい!」
初めて聞く先生の大声に私は手が止まった。
身体がサッと冷えるのが分かる。ああ、また血の気が引いたんだ。わたし。
「カンナ。それ以上自分を傷つけないで欲しい。僕は・・・僕は君を外見で見てた事なんて一度も無い。君は一見周囲を寄せ付けず、全てに皮肉な視線を向けていたようだけど、本当はとても優しくてさみしがり屋で、感受性の鋭い子だった。それが君の魅力だった。外見ばかりに囚われちゃいけない」
「じゃあ私の人生は何なんですか?今までカンナの外見のせいでずっと辛い思いをしてました。みんな私の事を馬鹿にした。恋なんて遠い世界のおとぎ話だった。職場でも、街中を歩いてても石ころみたいだった。でも、この身体になって私は石ころじゃ無くなった。みんなが注目してくれた。でも・・・そこは地獄だった。あなたに見捨てられたら・・・どうすればいいんですか!」
ああ、言葉が止まらない。
私はずっと押さえていた気持ちが文字通り溢れるように口から出てきていた。
「杏奈はあなたが居なくてもきっと幸せです。仕事だって上手くいってる。垢抜けて魅力的になった。でも、私にはあなたしか居ないんです!この身体になってこれからどうやって生きていけば良いんです?もう辛いのは嫌!」
そこまで話したとき、部屋のドアをノックする音が聞こえ、その後小さな声が聞こえた。
「良樹さん、大丈夫?誰か居るの?」
杏奈の声。
私は恥ずかしさと後ろめたさで悪事が見つかった子供のような気持ちになった。
そのすぐ後で、ドアが静かに開いた。
やはり杏奈だった。
彼女は薄い黄色のパジャマに着替えていたが、その色はよく似合っておりまるで少女のように見えた。
だが、中に私が居たこと。
そして、室内のただならない様子にポカンとして突っ立っていた。
「美空ちゃん・・・どうしたの?良樹さんも。何かあった?」
それは明らかに否定を期待しての言葉だったのだろう。
(大丈夫。何でも無いよ)と。
だけど、私はそれに応えることは出来ない。
代わりに私は杏奈の方を向くと、絞り出すように言った。
「どうして、あなたなの?」
「え?」
「どうして私じゃ無くてあなたなの?私の方がこの人を先にずっと見ていた。私の方が彼を必要としている。でも、私が施設を出て一人で居る間あなたはいつの間にか朝尾先生に・・・」
「ご、ごめん、何のこと?私よく分からない・・・美空ちゃん、施設って何のこと?」
「私は美空じゃ無い」
「え?」
「鬼ヶ島の物語、最初に見せたのはあなた。杏奈が夢中になってくれたのが切っ掛けだった。とても嬉しかった。高校卒業の日。二人で不安で一杯だったときに、朝尾先生と施設の正門の桜の木の下で色々話をした。私たちが初めて会ったとき、あなたは『杏奈とカンナってよく似てるね』って言って話しかけてくれた」
朝尾先生同様、杏奈も私の言葉が進むにつれて呆然としていた。
「私はカンナなの。身体はこんなだけど、紛れもなく進藤カンナ」
「え?・・・嘘。だってカンナは・・・」
「『そんなに可愛いわけが無い』って言いたいの?」
「そ、そんな訳じゃ・・・ない」
「あなたは朝尾先生がいなくても充分幸せじゃ無い。友達だっているし、仕事だって上手くいってる。でも私はずっと独りぼっち。これからだってどうなるか分からない。ねえ、私にこの人をちょうだい。最後のお願い」
「私、馬鹿だから・・・まだ良く分からない。でも・・・あなたがカンナだったなら、信じられないくらい嬉しい。ずっと、会いたかったから。神様はやっぱりいたんだって。でも、ごめんなさい。良樹さんだけは・・・」
そして、少しの沈黙を経てお腹を撫でながら小さく、だがハッキリと言った。
「私、良樹さんの赤ちゃんがいるの。ここに」
私は呆然としながら杏奈の言葉を聞いていた。
何、それ。
私は結局・・・何も変わっていない。
親兄弟のように思ってきて、思ってくれて居るであろう人。こんな私を親友と思い、心から案じてくれる人。
そんな人たちに、私は・・・激しく憎しみを感じていた。
私はいたたまれなくて、部屋を飛び出した。
後ろで「カンナ!」と言う杏奈の声が聞こえたが、どうでも良い。
この場から消え去りたかった。
どこに行こうかは分からなかったけど、そのままサンダルを突っかけて施設を飛び出した。
だが、どこに行くかはやはり分からない。
私は、門を出たところで立ち止まった。
酷く寒い。
私は馬鹿か。財布も何も持ってきていない。
途方に暮れながらも歩き出そうとしたその時。
曲がり角から聞き慣れた声が聞こえた。
「美空」
ハッと我に返って顔を上げたその時。
背後から抱きしめられた。
「一樹さん・・・」
「久しぶりだね。会いたかったよ」
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