ママ

ふすまで閉じられていた左側の部屋。

そこには・・・何も無かった。

いや、正確には中心にテーブルが1台あり、その上には・・・

「これ・・・私の」

子供の頃、母に笑って欲しくて書いていたテレビアニメのキャラクターやスーパーのマスコットキャラの絵。

それらがラミネートされ、テーブル上に置かれているパーテーションに貼られていた。

そして、その前にはコロッケとご飯が置かれていた。

「どうして・・・」

私は呆然としており、言葉が出なかった。

間違いない。

あの絵は昔、私が書いた絵だ。

渡した後の事は覚えていなかったがてっきり捨てられていると思っていた。

 正義のキャラクターはいつも悪者を倒して、みんなを笑顔にしていた。

そんなキャラクターならママもきっとニコニコにしてくれる。

そんな事を信じて、ただクレヨンを動かすことに没頭していた。

それが・・・こんな所に。

「なんで・・・こんな」

「あなたが書いてくれた絵だから。カンナ・・・産まれたときからずっと宝物。でも・・・馬鹿な私は、目先のイライラばかりに囚われていた。お金のこと。生活のこと。将来のこと。仕事のこと。自分が悪いのに全部あなたのせいにしていた。そうすれば、自分の過ちに気付かないで済むから。私は全部逃げてたの。自分からもあなたからも・・・」

宝物・・・ああ、頭が痛い。

この人は、誰?

「あなたを捨てた後、一月もしないうちにあの人とは別れた。暴力が酷かったから。それから、ずっと一人だった。独りぼっちになってようやくあなたの暖かさに気付いた。あなたはいつでもそばに寄り添って私に何かしようとしてくれた。あなたは優しい子だった。いつでも私の味方だった。なのにそれに気付かなかった。アパートに急いで戻ったけど、当然あなたは居なかった。必死になって役所に聞いたら愛生院と言う施設に入っていたことを知った。早速行ってみたけど、怖くて足が向かなかった。あなたはきっと私を許さない。そう思えて・・・また私は逃げたの」

母は、一旦口を止めて深くため息をついたそれからまた話し出した。

「それからは必死に働いた。生まれ変わった自分になれたらあなたに会えるかも・・・そんな根拠の無い気持ちがあったから。もしあなたに会えたら、今度こそはいいママとして会おう。それだけが支えだった。辛いときはあなたの書いてくれた絵を見た。そして、ご飯を置いて居るはずの無いあなたに話しかけた。そんな日々が続いて、半年前に仕事で知り合った人からコロッケ屋の話を頂いた時は、何かの導きを感じた。あなたの住んでいた施設の近所だったから。あなたはとっくに居ないことは知ってたけど、二つ返事で引き受けた。人生をやり直したかったし、一時期とはいえあなたが生活していた街で暮らせる。それはとても・・・幸せだったから」

母の話しを聞きながら私は、やり場の無い怒りで目の前が真っ赤になっていた。

なぜ・・・なぜこの人は屑じゃ無かったんだ。

屑だったら・・・この部屋を、この人を滅茶苦茶にして私は・・・救われていた。

過去の汚れた記憶を完全に拭い去ることが出来た。

でも・・・この人は屑じゃなかった。

ずっと・・・愛してくれていた。

じゃあ、私の今まではなんだったの?

他の家族をうらやみ、妬み、周囲に心を閉ざしていた今までは。

全く意味の無い事だった。

嫌われていると思い込み、その風船のように中身の無い憎悪を糧として生きていたというのか?

許せない・・・許せない!

私はキッと母の方を向くと、テーブルの上の包丁を取った。

そして母の近くに歩み寄った。

だが、母は・・・逃げようともせず静かに包丁を見ていた。

「もっと早くそれを取ると思ってた。後ろを向いてたら刺しやすいかな、と思って。でも・・・ゴメンねカンナ、考えてみたらそれはあなたが持つものじゃないよね」

そう言うと母は驚くような早さで私の手に噛みついた。

「痛っ!」

思わず落とした包丁を母は素早く奪い取った。

呆然としている私に向かって、母は・・・

包丁を自分の首に向けた。

(えっ・・・)

「あなたは何も悪くない。大好き、カンナ」

そして、私の目の前で首に包丁を突き立てた。

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