12月24日
翌日、朝尾先生に午後から施設の手伝いをお休みさせてもらった私は、商店街の中のカフェにこもって、考え事をしていた。
母と話す時にあれもこれも言いたい。
だが、今の私は彼女と面識の無い山浅美空だ。
どうやって私の事を伝えようか。
それを考えていたのだ。
だが、数時間考えても結局動揺し怖じけつきそうになるので、考えるのを止めた。
コロッケ屋の閉店時間が近いことを確認すると、カフェを出た。
出たとこ勝負だ。
自分が行おうとしていることのリスクは百も承知だ。
下手したら、せっかく掴んだ平穏が。
朝尾先生や杏奈との暖かい生活が消えて無くなってしまう。
それでもこのまま済ませられなかった。
だが、最初は怒りにまかせて向かっていたが、コロッケ屋が近づくと段々足が重くなってきた。
何を怯えてるんだ。ずっと・・・ずっと思ってきたことをぶつけるんだ。
逃がすもんか!
そう思い無理に足を動かしてコロッケ屋の前まで来た。
母はすぐに私に気づき嬉しそうな顔になった。
「あら、あなた昨日の子じゃ無い?今日も来てくれたんだ。嬉しいな」
私は無言で頭を下げた。
「あの・・・お店終わった後、お時間ありますか?」
「え・・・どうしたの?」
「お話ししたいことがあって」
心臓が破裂しそうだ。脳みそもか。
まるでプーッと音を立てて膨らんでいるのでは、と思うほど頭にも血液が集まっているのが分かる。
でも、私はこの期に及んでまだ躊躇していた。
万が一母じゃ無かったら?
仮に母だったとしても、知らないふりしてれば今のままのコロッケ屋の女性とお客として暖かい関係を築けるのではないのか?
引き返すなら今なのでは?
その方が・・・
だが、彼女はこう続けた。
「ゴメンね。家に帰って娘にご飯を用意しないと行けないから・・・」
その言葉を聞いて、私の中の何かが切れた。
娘にご飯を?
じゃあ、私には?
私には・・・なぜ。
「あんたの不細工な顔を見てるとあの男を思い出す」
私がそうつぶやいた途端、目の前の女の顔から笑顔が消えた。
「あんな不細工、私以外に相手にされないくせに」
私の口から言葉が零れるのに合わせて、彼女の顔から血の気が引いてくるのが分かった。
それは目の前の女性が確実に私の母だったんだと確信をもたらすと共に、歪んだ高揚感も与えた。
笑顔を浮かべようとしたが、驚くほど引きつってしまう。
「コロッケ、上手になりましたね。まぁ、あの頃はカップ麺ばかりで、気が向いたときに作ってたから下手だったのも無理ないか。19年前の12月24日・・・あなたが男と出て行った時、このコロッケの一つもあれば、アパートの壁なんか食べずに済んだ」
目の前の「進藤優子」と言う女は今や小さく身体を震わせていた。
だが、私も全身が冷や汗で冷たくなり、そのせいもあるのか同じく震えていた。もちろんそれだけじゃ無いんだろうけど。
でも、私はあの日以来ずっと言いたかったこの言葉を言った。
「ただいま、ママ。お久しぶり。進藤カンナです」
「な、なんで・・・どうして。あなた・・・顔・・・別人」
「それは話す必要ありません。それよりお時間、頂けますよね?」
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