第12話 終わりを見届ける猫
◆◆◆
あの事件から二日後、伸太郎はいつも通りに朝起きていつも通りに、学校へ行く準備をしてリビングに行く。
テレビのニュースでは隣町から映された光の柱の映像や、光の雪の話で話題が持ちきりだった。
灰色の猫の話によると、この街の記憶は魔法で操作したが、隣町までは影響が無かったらしく、たまたまスマホやドライブレコーダーに映ったものが流れていた。灰色の猫が「この世界はすごいのねぇ……」と素でつぶやいていたのが印象的だった。
「……流星だったの? なんか違う気がするんだけど……」
リビングでは部屋着姿の珠稀の姿があった。昨日は家に帰ってからも普段の快活さがなりをひそめ、一日中通してかなりしんどそうな感じだった。
「あ、今日は遅番? 珍しいね」
「シンちゃんおはよう。なんだか疲れが取れなくてね……ちょっと有給取ろうかと……」
珠稀は伸太朗を見てなにかしらの違和感を感じたのか、しばらく考え込む。
「……シンちゃん遅いんじゃないの? ……あれ? ん? なにかあったような?」
「ん? どうしたの?」
珠稀はしばらく考え込むが、何を思い出そうとしているのかを思い出せなかったようだった。
「おかしいのよね……何か引っ掛かってるんだけど……あれ? ツムちゃん……まだ起きてない? ちょっと待って……もう時間が……ちょっと、ツムちゃん! 起きなさい!!今日学校よ!」
珠稀が時計を見た後、慌てて紡希の部屋へと紡希を起こそうと階段を駆け上がる。その後ろ姿を伸太朗が心配そうに見つめる。
(みんな疲れがたまってるのかな……)
(そうだと思うニャ。体力もそうだけれど記憶も抜けて変わっているニャ。心身ともに負担が多いはずニャ)
(そういうもんなのか……)
伸太郎はいつも通りにスポーツバッグを抱えて靴を履いて玄関に出て扉を開ける。
事件があったとは思えない、いつも通りの街の光景が広がっていた。
いつも通りに人が行き交い、自転車が通り過ぎ、遠くからは自動車の行き交う音などが聞こえる。
だが、そこにはいつもいるはずの元気な聖の姿は無かった。
◆◆◆
伸太郎が一般生徒に紛れて普通に登校をする。
彼の体には呪いなどの影響も無く、特におかしなことなどは感じられなかった。
伸太朗が教室に到着をすると先日の噂話で持ち切りだった。
「なんか流星が飛散して落ちてきたんだろ? そこらじゅうで爆発してたもんな」
「おれの叔父さん、隕石で空いた地面に車突っ込んでダメになったってさ……保険も下りないとかで嘆いてたよ」
「中央公園でボヤ騒ぎがあったんだろ?」
「流星が燃えたのか?」
「すごいサイレンだっただろ? テロでも起きたかと思っちゃったよね」
「公園周りパトカーだらけだったもんなぁ……」
伸太郎が聞き耳を立てる限りでは、だれも黒い蛇や黒い触手、妖の話、かなり派手に上がっていた魔法の光の柱、幻想的な魔法の光の粒子などの話を誰もしていなかった。灰色の猫の魔法で、謎の爆発と流星群の隕石が飛来した事件に書き換わっていた様だった。
幸い、黒蛇がらみでの死者はなかったが、それなりの被害とかなりのけが人が出ていたらしい。
(あんなに派手だったのに……魔法って凄いな……誰も覚えてないんだ……)
伸太朗が自分だけが覚えている状況に若干の恐怖を感じながら自分の席に行くと、机の周りで話していた友人が伸太郎に話しかけてくる。
「あ、伸太朗。おはよう。それでさ……今度ランド1に女子たちと行くんだけど……あれ? なんで伸太郎誘ってなかったんだ?」
「なんでだっけ? いた方が面白いだろ?」
「謎だな……なんか理由があった気がしたけど……」
「……?」
「なんかあったような?」
級友が何かを思い出せなくて不思議がっていたが、伸太郎は会話の流れで、不幸体質がらみと……聖がいたから気を使われて誘われなかった……と実感していた。
伸太郎は昨日の夜に灰色の猫に言われたことを思い出していたが、実際に体験をすると想像より遥かに心が辛かった。
◇◇◇
昨日の夜に灰色の猫が伸太郎の窓から部屋へと戻ってくる。
丸一日かけて何やらやっていたようでふらふらした感じだった。
「おかえり」
「ただいまニャ……すべて終えてきたニャ……つかれたニャ……」
「ありがとう……」
「なんとも言えない気分だニャ……お主様の願いを完璧にかなえるはずだったが、こんな形になってしまうなんて、思ってもみなかったニャ……」
それから伸太朗は灰色の猫から今後の説明を受けた。
聖に関わることをやめて出来るだけ近づかない事、聖の話題を伸太郎から出さない事を伝えられた。
なにかしらのふれあい、きっかけがあると記憶の封印が破られる可能性があることを伝えられる。
蛇の封印なども元の千年前の封印をするだけでなく、灰色の猫が厳重に封印のほころびを修正したり、追加で色々とやってくれたらしい。白と黒の蛇の守護霊自体にも何やら魔法をかけて、今回の様に願いが違う形で達せられる様な事を行わないように制約をかけたとのことだった。
伸太朗は今後、あのような災害のような事が起こらなくなった事に安堵したが、それよりも気になることがあった。
「それで……その、聖の様子はどうだった?」
「元気そうだったニャ。しっかりとお主様の隠し撮り写真やスマホの写真や文を全部消すように暗示をかけておいたニャ。操作などは私には良くわからなかったけど、聖が何やら消したり、隠していた写真などをゴミ箱に入れて収集場所に運んだりしていたニャ。写真をきっかけに思い出すこともないはずニャ」
「……」
おそらく灰色の猫はまた黒い蛇が出るような大惨事にならないように念には念を入れてやってくれた善意だとは理解していたが、想像以上に伸太郎の心をえぐり取って、心の底から悲しみに落とされていた。
灰色の猫はみるみると元気がなくなった上に、泣きそうになっていく伸太朗を見てさすがに慌て始める。
「……あ、ね、願うニャ。平静を、リラックスしたいと……ハッピーな気分になりたいと」
「……願わしてもらうよ……頼む、アシュレイ……寂しく……なくなる魔法を」
「ごめんニャ……この世界で魔法が上手く行く様になったから調子に乗ってしまったニャ……」
灰色の猫が魔法をかけると、伸太朗はリラックスして……眠くなっていった……
ベッドに崩れ落ちるように倒れて眠る伸太朗を見ていた灰色の猫はそっとため息をつくのだった。
◆◆◆
伸太朗は授業の合間にトイレに行こうと席を立ち、廊下を歩いていた。
「あ……」
聖が前方から階段を曲がってきた。移動教室で友人たちと楽しそうに話しながら一緒に歩いてくる。それに気が付いた伸太郎が平常心を装って無言ですれ違う。
特に何事もなくすれ違う二人……聖は伸太郎のことを全く意に介していないようだった。
すれ違った後、伸太郎は思わずたちどまってしまう。
伸太朗は以前だったら過剰に反応してくれていた聖を思い出してしまい、悲しさがこみあげてくる。
(本当に……覚えてないんだな……)
(お主様……魔法が必要かニャ?)
(いらない。ただ……物凄く……悲しいな……思ったよりも)
(……気分転換のためには身体を動かす事ニャ)
伸太朗が振り返ると、すでに聖の姿は無かった。
伸太郎は、休み時間に、昼ごはんで、昼休憩で、いつもは上がる聖の話題や、何かと理由をつけて会いにきてくれた聖を思い出していた。
伸太郎の心の中で悲しさが増していく中、下校の時間になり、いつもの様に下駄箱へと重い足取りで向かう伸太郎。
丁度、伸太郎を追い抜く様にスポーツバッグを抱えて聖が追い抜いて行く。
思わず声を掛けたくなるが伸太郎は思い止まる。
「あっ!」
聖が何もないところで荷物と自分の足がもつれて掃除用具が入ったロッカーに転んで激突しそうになる。
思わず伸太郎は身体に魔力を巡らせて尋常でない速度で移動した後に聖を後ろから引き寄せて、転ばない様に聖の身体をうまく拾う。
「び、びっくりした……ありがとうございます!」
「……どういたしまして……怪我がなくて良かった」
「えっと……あれ、はじめまして?」
「……そうだね……はじめまして……」
「えっと、だれさん?」
「火野……」
「ヒノくん。ありがとう」
「うん……」
伸太郎はいつもと全く違う聖の他人行儀な態度にショックを受け、聖の顔を凝視できずにすぐに顔を背けて自分のロッカーの方に向かう。
振り返って移動する伸太朗の眼には涙がたまっていたが、顔に力を入れ声を出すのを堪えていた。口を結び、涙がこぼれない内に急いで靴を取り出して、乱暴に靴を履きながら移動を始めて足早にその場を去っていった。
聖は立ち止まって、慌てるように足早に去っていく伸太朗の後ろ姿を見ていた。
聖はしばらく時が止まった様に動けないでいた。
灰色の猫は陰からこっそりと、姿を消して伸太朗と聖の様子をずっと見ていた。
その時、灰色の猫は目撃してしまった。
おそらく灰色の猫の長い人生でも見る機会が無かったものだった。
人が恋に落ちる瞬間を……
◆◆◆
後日談
街に平穏が戻りいつもと変わらない日常になっていた。
伸太朗はあれからしばらくふさぎ込んでいたが、灰色の猫のアドバイスで体を動かして強制的に起きた失恋を埋めるべく、仲間の誘いがあったサッカーの練習に行くことにしていた。
伸太郎は部屋で準備をしながら、伸太郎の置いてあるスマホを器用にいじっている灰色の猫に質問をする。
「なぁ、そう言えば使命果たしたんだよな? なんでまだ居てくれるんだ?」
「足りなかったみたいニャ」
「足りないとは? どういう事?」
「もっとお主様の願いをたくさん叶えないとダメみたいだニャ」
「……でも、俺、もう願い事なんて無いよ? 居てくれるならありがたいけどさ……」
伸太郎は聖の件で願い事を叶えてもらうと、とんでも無い事になる事を学んでいた。これからは些細な事ではもう願うまいと心に決めていた。
「あ、スマホ返して……」
「私専用のが欲しいニャ」
「猫専用のスマホ……考えておくよ……バイトもそろそろしたいしね」
伸太郎はジャージを着て準備を終えると、スポーツバッグを抱えて階段を降りて行く。玄関に並んでいる家族の靴に泥汚れがついたままだった。
家族の記憶はどうやら灰色の猫と出会った直後くらいまで巻き戻っている感じで、伸太郎に隠れて妖退治などを続けているようだった。伸太郎に隠している事を知っていたが、何かしらの理由がある事を察していたので、向こうから話があるまでは知らないフリをする事にしていた。
灰色の猫は妖退治を手伝わせたがっていたが、灰色の猫に願い事をかなえてもらう事になり、大変な事が巻き起こると思ったのでやめておいた。
伸太朗はスポーツバッグを地面に置いて靴ひもを結びながら一息入れる。そしてしばらく間をあけて自分にはっぱをかけるように大声であいさつをする。
「よし! いってきます!!」
「え? いってらっしゃい? 大丈夫なの?」
「ちょっと、兄ぃ大丈夫?」
珠稀と紡希が座っていたソファから飛び起きて玄関の方へと向かうが、伸太朗はすでに家の外へと出ていた。彼女たちから見たら、まだ伸太郎は呪われている状態のままだった。二人は心配そうな表情でお互いを見合う。その下で灰色の猫がゆっくりと歩いてきて玄関に寝転ぶ。
伸太朗が玄関から出て順調に歩いていた。
しばらくすると、突然、伸太朗の進行方向右からキックボードが突っ込んでくる。
が、ひらりと伸太朗は見事なフットワークでかわす。
伸太朗が驚いていると、なぜか突然彼の顔面に公園からサッカーボールが飛んでくる。
伸太朗は素早く手でキャッチして投げ返す。
その瞬間、何故か足元をネズミの軍団が突然横切るのでよけようとすると、その後ろから走ってきたバイクがよろけながら突っ込んでくる。
伸太朗が体に魔力を纏いバイクの体制を立て直す手伝いをすると、バイクがまっすぐ進みブレーキをかけて止まる。会釈をして逃げるようにバイクが走り去って行く。
「ちょ、ちょっとこれは……」
伸太朗はそれからも迫りくるトラブルを回避しながら慌てて自宅へと駆け戻る。
まるでアシュレイと出会う前に戻ったかのようだった。
「アシュレイ! どうなってるのこれ!? 蛇の封印とけたんじゃないの? また呪いが降りかかってるんだけど?」
伸太郎が家の扉を開けて玄関に駆け込むと、灰色の猫は玄関の入り口で寝転んであくびをしながら伸太朗を待っていた。
「お主の願いの力が切れたニャ、賞味期限切れだニャ。新たに願うかニャ?」
灰色の猫の返答に伸太朗は怪訝な顔をする。
「ちょっと待ってくれ、聖の、蛇の呪いは終わったんだろ? それなら、もう大丈夫なんじゃないの?」
灰色の猫は呆れた感じで伸太朗に、ゆっくりと説明をする。
「だから最初に「たくさん憑かれてる」と言ったはずだニャ?」
「え? 言ってたっけ? つかれている……憑かれている……ダジャレかよ!」
伸太朗は灰色の猫をきっと睨むが、灰色の猫はどこ吹く風だった。
「さて、お主様、叶えたい願いを言うニャ?」
◆◆◆
魔法の猫と封印の石 終わり
願いを叶えてくれる魔法の猫 藤 明 @hujiakira
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