24 スヴェトラーナの告白②

「そりゃ、どういうことなんだい?」


 沈黙を破るようにようやく絞り出されたリュドミラの声も若干、掠れていた。

 少々のことでは動じない熊夫人もさすがに動揺の色を隠せない。


「ええ。簡単なことです。母はのですわ」

「毒……かい?」

「はい。ナーシャアナスタシアが生まれ、産褥で死んだとされていますが……」

「そうではなかったってことかい。なんてこったい。世も末だね」


 スヴェトラーナはアナスタシアの頭を慰めるように優しく撫でた。


 アナスタシアはヴェロニカをと謂れなき迫害を受けたことがある。

 彼女はまだ幼かったので記憶していないのも無理はない。

 直接酷いことをされたり、心無い言葉を投げかけられた訳ではないのも大きかった。


 守ろうとする者一人いない中、スヴェトラーナただ一人だけがアナスタシアを守った。

 彼女とてまだ、幼き身だったが我が身を犠牲にして、守ったのだ。


「証拠はあんのかい?」


 スヴェトラーナは僅かに目を伏せると軽く、首肯した。

 それを見たリュドミラは全てを悟った。

 リューリクの民は三位一体を信仰する者が圧倒的多数を占めている。

 公王の一族も同様である以上、遺体は火葬ではなく、土葬である。

 神の御許に行く権利を失うとして、肉体を失う火葬はありえないことだとされるのだ。

 土壌にもよるが科学捜査の技術は進んでおり、十数年程度であれば、確実に異常が確認されるだろう。


は土葬ではなく、火葬を主張しましたわ」


 呆れているどころか、何の感情の色も浮かべずにそう言ってのけるスヴェトラーナの姿にリュドミラは疑うべくもない真実があると確信した。


「じゃあ、あんたの言うとやらはひょっとして……」

「そのひょっとしてですわ、リュドミラ。は母が生きていた頃から……裏切っていたのですわ」


 リュドミラはさもありなんと予想していたのだろう。

 さして、驚いた素振りは見せなかったが、アナスタシアは大きく、目を見開いたまま、口をあんぐりと開けていた。

 その姿を見れば、百年の恋も冷めかねない美少女をどこかに置いてきた残念な様相である。


「これだから、顔だけの男は嫌だねえ」


 リュドミラも何か、思うところがあるのか、大きく息を吐くと辛辣な言葉を口にする。

 スヴェトラーナはこれにも軽く、首肯した。

 その素っ気ない素振りでリュドミラは気付いた。

 王配プラトンが単に女癖の悪いクズで済ませられる代物ではないことに……。


「そうですわ、リュドミラ。貴女が考えておられる通りのことをはしでかしましたのよ?」

「ありえないねえ。人の皮を被った悪魔かい、は!」


 淡々とした口調でどこか、他人事のように語るスヴェトラーナとは対照的に話を聞いているリュドミラの方が怒りを露わにしていた。

 スヴェトラーナはこの時、リュドミラが激しい怒りを見せたことで溜飲を下げていた。

 自分の代わりに怒ってくれる者がいる。

 それだけで彼女の心は少しばかりとはいえ、救われていたのだ。

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