20 魔王令嬢の悪役令嬢講義③

「原子に分解するのが駄目なんて、ナーシャアナスタシアは我儘な子ね」

「それ、わがままじゃないですよね? あたし、まともなことを言ってると思うんです!」


 スヴェトラーナは目を三角にして、ぷんすこ言い出したアナスタシアを見ても黒猫が毛を逆立ていて可愛いくらいの認識しか持っていない。

 刃物を持ち出し、振りかざしても「あらあら、まぁまぁ。何て可愛いんでしょう」と動じない恐ろしい相手とは露知らず。

 アナスタシアは濡れ羽色の髪を少しばかり、逆立てながらおかんむりである。


「それならば、どうすると言うの? 力はパワー! 論理学にもあるでしょう? 分からない相手には力を持って、知らしめよ。分からせよ、それが汝の道であると!」

「ええ!? そうなんです? じゃあ、パワーなんです?」


 「この子、こんなにチョロくて大丈夫かしら?」と妹が心配になったスヴェトラーナの心にむくむくと湧き上がって来たものがあった。

 少し、揶揄ってみようという悪戯心である。


「そうね。パワーよ。物理よ。、大概の者は静かになるわ」


 スヴェトラーナは『魔王』フォルカスだった頃に思いを馳せる。


 『魔王』にも色々な者がいた。

 フォルカスのようにの迷宮管理・運営法を取らない者がいた。

 エンターテインメントを追求したと主張する『魔王』は誰だったのか。

 妖艶な美しさを持つ女性だった記憶しか思い出せず、スヴェトラーナはそれ以上の追及を避けることにした。

 ただ、彼女が一般的な迷宮ではなく、テーマパークにおけるパビリオンのような代物だったことは確かだった。


(違う。そうじゃない。パワー……)


 『魔王』は時に異なる世界へ召喚ばれることがあった。

 異なる場所へ瞬時に移動を可能とする転移の魔法を応用し、異なる世界を繋げる呪法だった。

 次元に干渉する以上、大きな危険が伴う技であり、鏡合わせの世界でも禁呪とされていた。


(こちらの世界では黒魔法なんて、呼ばれ方をしているようだけど)


 黒魔法の中に『魔王』を召喚する魔法陣と呪文が記載されていることを知らないスヴェトラーナではなかった。

 そして、そのほとんどが誤ったものであり、まともに機能しないことも知っていた。

 だが稀に現れるのだ。

 規格外のことをしでかす化け物というモノは……。


 偶然にも世界と世界のゲートを開いてしまった者は幸いであり、不幸であると言える。

 この世で知りようのない存在と意思を疎通させ、知識を得ることは必ずしも幸福をもたらすとは限らないのだ。

 フォルカスが知る限り、一時的な幸福を得られたとしても悲惨な末路を辿った者しかいなかった。


(だから、パワーなのよ)


 論理と倫理の権化。

 マニュアルに憑りつかれた悪魔。

 そのような『魔王』を召喚した者はこんこんと道について、説かれることになり、夜が明ける頃には魂が抜けたように真っ白に燃え尽きる。

 それがフォルカスの愛である。

 力任せに頭から、全てを否定し説教することでさらなる不幸に陥らないようにする。

 これ以上の愛はないとさえ、考えていた。


 それでも分からない輩には文字通り、パワーでねじ伏せた。

 原子レベルに分解しないよう手加減したうえで思い切り、ロンゴミアントを脳天から叩きつける。

 これで大概の者はおとなしくなる。


「姉様! やっぱり、物理的に黙らせるのは問題ありですよぉ! 暴力反対!」

「ちっ」

「舌打ちはいけないと思いますよ」

「あぁ。はいはい」

「はいも一回ですって!」

「あぁ。はい。じゃあ、どうするの?」

「それを姉様が考えてくれるんですよね!?」

「そうだったかしら? おっーほほほほ」

「笑ってごまかさないでくださいっ」


 実に分かりやすい妹を揶揄いながら、スヴェトラーナは次なるプランを頭に描いていた。


 手に職を持たない。

 これといって、お金に結び付く技もない。

 アナスタシアの『先読み』も限定的にしか、適用出来ない。


 ないない尽くしで手の打ちようがないと思える状況だった。

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