18 魔王令嬢の悪役令嬢講義①

 競馬で大穴が出るレースなどそうそう、あるものではなかったがスヴェトラーナ姉妹の財産は着実に増えていた。

 いくらオッズが低いとはいえ、アナスタシアの『先読み』は百発百中で当たりを引けるのが強みである。

 毎回、全財産をBETしているのだから、言わずもがなである。


 『カサンドラの呪い』は強力な予知能力ではあったが、予知したことを誰にも信じてもらえないことから、呪いと呼ばれる使えない力と判断されたに過ぎない。

 馬鹿と鋏は使いようと言わんばかりに悪用したスヴェトラーナが上手だったのだ。

 確かにレースでどの馬に賭けるのかを決める際、無駄なやり取りをしなければいけない苦痛は存在していた。


「姉様。次のレースは四枠です」

「そんな訳ないでしょう?」

「いいえ、着ます!」

「好きなようになさい」


 この無駄なやり取りを毎回、しなければならない。

 スヴェトラーナがいくら『魔王』の前世を持っていても強力な呪いの前に不可抗力とやらが存在しているらしい。




 公国のプリンセスたる公女とは考えられない場所で信じられない稼ぎ方をしてみせた二人は、既にメドヴェージェフ夫人の下宿に優に三年以上、間借り出来るほどの財産を築いた。

 しかし、スヴェトラーナはこれで満足するような器ではなかった。


ナーシャアナスタシア。そろそろ、次のステップに移る時だわ」

「どぅええ? このまま、稼いでいるだけでよくありません?」


 きらきらと黄金色の眩い煌きを見せる金貨に目を輝かせながら、札束を数えていたアナスタシアは椅子に腰掛けもせず、腕を組んだまま静かに佇む姉の突然の宣言に鳩が豆鉄砲を食ったような顔になった。


「ナーシャ。よぉく考えなさい。どこの小説に競馬場へ通い詰める悪役令嬢がいるの? え?」

「あ……ええ、いませんね。でも、いいじゃないですか、楽に稼げるんですよ」

「駄目よ、駄目駄目。ナーシャはもう一度学園に入り直した方がいいわ」

「それは言い過ぎでは! あたし、成績優秀なんですよ」

「それを自分で言っている時点で貴女、駄目でしょう?」

「ぐぬぬぬ」


 仲が良いのか、悪いのかよく分からない姉妹である。

 このやり取りも似たような言葉のキャッチボールがほぼ日課のように繰り返されているが、それでも互いのことを気遣う程度には仲が良いのだ。


「ナーシャ。悪役令嬢はどうするべきか、言ってみなさい」

「えっと……隣の国に逃げる?」

「逃げてどうするのよ? 隣の国が分かっているのかしら?」

「逃げた先で溺愛されることになるんですよ。王子様とかいるんじゃないですか?」


 スヴェトラーナはアナスタシアの言葉に頭痛を覚えた。

 この愛すべきお花畑の思考をする妹は隣の国のことを全く、知りもしないのかと……。


 リューリク公国に隣国となれば、一つしかない。

 ユーラシア連邦Eurasian Federal――旧ロシアと旧中国地域の合併した政治共同体である。

 それぞれの旧地域を代表する人物二人が国家主席として、その頂点に君臨していることで知られていた。

 そして、世界でも有数のお世辞にもお近づきになりたくない国として、悪名の方が知れ渡っている。

 秘密主義でも知られていた。

 神秘のベールに包まれていると言えば聞こえはいいが、入国した人間をその後、二度と見ることがなかったと言われても不思議ではない。


 ユーラシア連邦以外の政治共同体も何を考え、どう動くのかが読み取れない混沌とした世界情勢ではあったが、そんな世界で一番、信用の出来ない国。

 それがユーラシア連邦なのである。

 アナスタシアが言うところの王子様なんて、絵空事の夢物語にも程があった。


 強いて言うのであれば、旧ロシア地域を統括する東王父ことイワンは該当する可能性がないとも言い難いところだ。

 年齢は二十八歳で独身でもある。

 元首たる国家主席なので権力を持った者に該当する。

 やや鷲鼻だが顔立ちが悪い訳ではない。

 それよりも切れ長の目と言うよりは目つきの悪さと捉えられかねない目力の強さとどうしても厳つく見える面持ちが問題だろう。

 結局、アナスタシアが思うような王子様など、そうそう現実にいるものではないのだ。

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