17 悪役公女は競馬場で嗤う

 翌日、スヴェトラーナとアナスタシアの姿は競馬場にあった。

 リューリク公国の競馬は少しばかり、特殊なレース『繋駕速歩競争けいがそくほきょうそう』が行われている。

 騎手が乗馬し、既定のコースを疾走する日本でお馴染みの競馬とは趣が違う。

 騎手は馬に牽引される一人乗りの二輪戦車に乗っている。

 見た目だけで言えば、古代の戦場で見かけられた馬に引かれる小型の戦車に近い。


 しかし、競馬は競馬である。

 運営・管理を行っているのは王室であり、公共の賭博でもある。

 ユーラシア連邦Eurasian Federalからの締め付けという名の無言の威圧プレッシャーで誰しもが言い知れぬ抑圧感を抱いていた。

 さらには黒い災厄チェルノボグの矛先がいつ自分達に向けられるのか、分からない漠然とした死の恐怖も伴っている。

 人々は知らず知らずのうちに退廃的なものを求めていた。

 その先の一つが競馬を始めとした脳に快楽を与える娯楽だった。


 スヴェトラーナは手っ取り早く、手元に大きなお金を得る手をあれこれと考えたが、最終的に行き着いたのがアナスタシアの力を有効に活用する手段である。

 アナスタシアに全財産を預け、『先読み』の力を発動させるべく、これ以上ない危機感を抱かせる。


ナーシャアナスタシア。あなたが失敗してもどうということはないわ。明日から、姉妹揃って路頭に迷うだけのことでしょう? ねぇ、大したことないわ」

「…………」


 眩いばかりの笑顔を向けられながら、耳元でそのような言葉を囁かれたアナスタシアにとっては堪ったものではない。

 これまであざとく、生き抜いてきたのはそうなりたくない一心によるものだった。

 そうなって堪るものかとアナスタシアのスイッチが入ると知らないスヴェトラーナではなかった。


 『先読み』のスイッチが入ったアナスタシアは一種の放心状態に陥る。

 目の焦点が合っていない状態になり、虚空を睨み、ぶつぶつと呟く姿はまるで異界と交信しているかのようで不気味の一言である。


「姉様、見えました。第一レースの結果は……」


 スヴェトラーナは配当金を見て、僅かに口角を上げほくそ笑んだ。

 第一レースの結果は特に波乱の無いレース展開が続き、オッズ通りのつまらないものだった。

 着順は一番人気から三番人気までがそのまま入る形となった。

 全く、面白みのないレースだったと言っても過言ではない。


 アナスタシアは見事に着順を全て、言い当てた。

 百パーセントの的中率にスヴェトラーナは満足している。

 穴馬が勝った訳ではないので断トツの一番人気はオッズが二倍もない。

 配当金としてはそれほど、美味しくもなかったがデモンストレーション及びウォーミングアップには丁度良かったと彼女は考えている。


 当初、十分間の猶予があり、お世辞にも使い勝手がいいとは言えない『カサンドラの呪い』だった。

 スヴェトラーナは歌姫の唄を利用し、その力を徐々に開花させたのだ。

 それによって、彼女は『先読み』をもっと自在に使いこなせるようになった。

 競馬のレースで稼ぐのにはまさにもってこいだったのである。

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