16 魔王令嬢の謀②

「その為に貴女の力を伸ばしたよ」


 歌姫の唄で覚醒したのはアナスタシアだけではない。

 眠っていた前世の記憶を再生し、その力を行使出来るようになったのはスヴェトラーナも同じである。

 前世の記憶に確かに歌姫と同様の力を持つ存在が記録されていた。


 それに従えば、覚醒した『力』は成長させることが可能である。

 スヴェトラーナがそう考えるのも当然のことだった。


 アナスタシアの先読みは単なる先読みではない。

 『カサンドラの呪い』と呼ばれるかなり強力な予知能力だが、癖が強いものだ。

 さらに目覚めたばかりで不安定なこともあり、アナスタシアの予知はほぼ使い物にならないと言っても過言ではなかった。

 たかだか十分先の悲惨な未来を見られるだけでは生かしようがない。


 だがスヴェトラーナはそう見ていなかった。

 それは力を正しく理解しておらず、間違った運用方法をしているだけだと考えた。


ナーシャアナスタシア。貴女の力は限定された特殊な条件でなければ、発動しないのよ。つまり……」


 ごくりとアナスタシアは生唾を飲み込む。

 そのことに薄っすらと気付いてはいたのだ。


 己に関わる危機が迫った時のみ、その未来を予知出来るのがアナスタシアに備わった力だった。

 スヴェトラーナが池に沈むのが見えたのも彼女の存在がなければ、アナスタシア自身も危うくなることから、力が無自覚で発動されたのに過ぎない。

 この力の難点は見えた未来が確定しているのに決して、周囲の者が信じてくれないところにある。


「これを逆に利用するのよ」

「はい? どういうことです?」


 作為的に危機に陥った状況を作り、力を発動させる。

 これがスヴェトラーナの考えた金策において、必須となる前提条件だった。


「貴女に全財産をBETするわ」

「は、はいいい!?」


 スヴェトラーナの策は至って、単純な物である。

 全財産をアナスタシアに任せることで敢えて死地に追い込むが如く、疑似的な危機感を彼女に抱かせる。

 力の発動条件が整ったところで全財産を文字通り、賭ける。

 それこそが彼女の考えたとっておきの金策だった。

 ギャンブラー思考の強い何とも危険な賭けである。


「明日は忙しくなるわよ」

「本気ですかね、姉様」

「わたくしはいつも本気だけど?」

「そうでしたね。はいはい、そうでした」


 既に匙を投げたのか、どこか諦めたような暗い表情でアナスタシアは力なく、答えた。

 目は死んだ魚の目の如く、何かの悟りを得ているかのようだ。

 それから間もなく、夕食の席に呼ばれた二人は再びリュドミラの長く、終わりのない世間話という名の雑談に付き合わされることとなる。


 ルスランが大伯母の話を振られてもお茶を濁したのはこれゆえである。

 有り余る母性を可愛がるという名の自己満足で紛らわせる女。

 それがリュドミラ・メドヴェージェフなのだから。

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