6 魔王の帰還
深く、昏い水の底に沈み、浮かぶべくもない者。
じっと閉じられていた目をゆっくりと開く。
かつて聞いたことのある澄んだ歌声が、その者の意識を俄かに覚醒させる。
声が全身に染みわたる錯覚と共にその者は
己がかつてフォルカスと呼ばれていたことを思い出した。
昏い水の底では満足に体を動かすことも出来なければ、認識も困難だった。
それでも違和感を感じざるを得ない状況だった。
あの時、確かに己が切り裂かれる激しい痛みを覚えている。
己の果たす役目が終わったことをしっかりと覚えている。
それなのに己という存在が今、ここにある。
はっきりと認識が出来る。
だが、この違和感は何か?
そして、気が付いた。
己の腕はこんなにも細く、頼りないものだっただろうか?
己の声はこんなにもか細く、小鳥の囀りのようなものだっただろうか?
昏い水の底から、ふと見上げると水面が鏡面と化し、フォルカスだった者の姿をそこに映し出した。
美しい少女。
生きた人形。
壊れかけた人形。
様々な単語が羅列されていく。
否。
断じて否。
これは我ではないと断じてみせるが、その声を発しているのが己だった。
フォルカスもかつては魔王と呼ばれた存在である。
事ここに至ると悟りを得るのにさして時を要さなかった。
「そうか。我は転生したのか。そうか、そうか。我が転生か。笑わせてくれる。くっくっくっ」
『魔王』フォルカスであった時の記憶と『令嬢』スヴェトラーナとして生きてきた十六年の記憶が混ざり合う。
片方が片方を飲み込むのではなく、ただ混ざり合う。
腕組みをしながら、昏い水の底を揺蕩う元『魔王』はそのまま、暫し思案に耽る。
「この娘の記憶……あまり頼りにならぬな」
水面を見上げる瞳は曇りのない純粋な黒曜石の色をしていない。
澱みを伴った朱の混ざった何とも不気味な色に変わっていた。
「お主が歌うのであれば、我も答えようではないか」
ゆっくりと浮上していく。
確かな意思と明確な意志を胸に光射す水面へと……。
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