5 ヒキガエル公女の真実

 ルスランは緊急搬送された少女が第一公女スヴェトラーナであると聞き、何とも言えない複雑な感情を抱いた。


「正直、気が進まないね」

「先生。そういうのは口にしちゃいけないと思います」


 看護師のカリーナは窘めるような言い方をするが彼女もまた、第一公女に良い印象を抱いていないのが明らかな態度だった。

 現場でもっとも若い看護師であるカリーナはまだ、少女といっても通るような容姿をしている。

 カリーナも隠すのが苦手な質なのか、どことなく苛ついているようにさえ見えた。


 第一公女の行状は噂好きな人間でなくても耳にするほどの有名なものだったからだ。

 彼女の奢侈にして、乱れた生活は特に有名で一度、袖を通したドレスは二度と着ないと報じられていた。

 豪華な食事が用意されても一口も口を付けずに捨てたことさえ、あるのだとも……。


 リューリクの民はあまり豊かとは言えない生活を強いられている。

 それは食生活も同様であり、食べ物を粗末にするような輩は必然と嫌われていた。

 醜く、太りかえったヒキガエル公女。

 そんな悪口雑言が平然と飛び交うほどである。


「これは……」


 しかし、搬送されたスヴェトラーナを見たルスランは言葉を失い、カリーナに至っては目を見開いたまま、暫し固まっていたほどである。

 枯れ枝のような手足の細さは異常ですらあった。

 頬もこけており、身に着けている衣服は庶民ですら、着ないだろうつぎはぎだらけの無惨なドレスである。


「酷い」


 カリーナは口を押え、絶句した。

 スヴェトラーナのドレスを脱がせると服で隠れた部分のあちこちに痣があった。

 実に巧妙な手口である。

 虐められていると名乗り出にくいような個所を狙って、痛めつけている。


 搬送されてきたスヴェトラーナを診た縁とでも言うのだろうか。

 あまりの惨状に主治医となることを具申したルスランが驚いたのはあっさりとそれが通っただけではなく、口止め料と言わんばかりに匿名の付け届けがあったからだ。

 スヴェトラーナの真実の姿が白日の下に晒されると余程、困る人間がいるらしいと察したルスランは苦笑する他ない。


「するとこの状態は今に始まったことではないということですか」

「ええ」


 さらにルスランを愕然とさせたのはスヴェトラーナの実妹であるアナスタシアから、話を聞いたせいだ。

 十年以上に渡って、彼女が虐待されてきた事実を知り、報道が如何にあてにならないことを報じているのかとルスランは憤った。

 己の目で見たこと、体験したこと以外は信じてはいけない。

 ルスランとカリーナはそう思わざるを得ない体験を今まさにしていた訳である。




 ルスランは初め、アナスタシアが何を喋っているのかが全く、理解出来ずにいた。

 この時、ルスランは三十二歳でアナスタシアは十四歳。

 世代間の差を感じるのに十分な年の開きではあるが、理解に苦しむほどの差ではない。

 そう考えていたのはルスランだけだったのかもしれない。


 実際、アナスタシアが話す内容は同年代の子女には問題なく、通じるのだ。

 その証拠に同席していたカリーナはアナスタシアと軽やかな会話のキャッチボールをしている。

 完全に置いてきぼりにされたルスランは、機転を利かせてくれたカリーナのお陰でスヴェトラーナの病室にネットワーク対応の小型テレビを置くことをのである。

 させられたという表現に語弊はない。

 文字通り、そうさせられたのだ。


 ルスランは負けず嫌いな性格である。

 後程、調べた結果、実際に効能があった症例の報告を知ると率先して、導入する手はずを整えた。

 まさか、その効能がすぐに出るとは思っていなかったルスランは再び、驚かされることになる。


「信じられん」

「でも、事実ですよ、先生」

「そ、そうだな。事実だ。実に驚くべき事実だ」


 一ヶ月半の意識不明から、意識を取り戻したスヴェトラーナを前にルスランは己の敗北を認めざるを得ない。

 出来うる限りの医療処置は取った。

 付け届けは最低限の処置を行うことを望んでいたが、医は仁術であると信じて疑わない良識ある医師たるルスランはそうしなかった。

 スヴェトラーナを現実の世界に戻すべく、努力を続けていたがどれも大した効果が出ない。


 アナスタシアの不思議な話が絵空事ではなかったと分かった。

 SNSで『歌姫』のライブを見れば、アナスタシアと同じように現代科学では説明不可能な不可思議な力を得られる。

 不治の病が改善したといった不思議な症例さえ、報告されていた。

 何より、ルスラン自身が体験することになろうとは彼は思ってもいなかったのである。

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