本当の世界

陸月 瑛永

Dream Dive

2030年、AI(人工知能)の発達にともない、VR(仮想現実)技術もさらなる成長を遂げた。

今やVR上に自分の好きな世界を形成し、自由に人や設定を加えることで現実と区別がつかなくなるほどのリアリティを誰でも体験できる時代だ。


より手軽にVRを楽しむために、VRグラスやコンタクトレンズ型のデバイスの開発が進む一方で、体験者がVRの世界に入り込めることを追求する企業が「Dream Dive」という製品を開発した。

この製品は脳波を読み取り、五感をコントロールすることでVRの世界に入り込んだつもりにさせることができる。


「現実よりこっちの方が何倍もおもしろいじゃん」


アルバイトで稼いだお金で最近購入したDream Diveを眺めながら俺はニヤついた顔でつぶやいた。


俺は平凡な大学生だ。

自分で言うのもなんだが、勉強も運動もそこそこできるし、顔も悪くないはず。

いわゆる器用貧乏で大体のことはそこそこできるが、目立った特徴はない。


自分の環境を恵まれてると思ってはいるが、日常生活に何か刺激が足りないと感じていた。

そんな時、Dream Diveを知りVRの世界にのめり込んでいった。


最初のころは非現実的な世界を作って、ゲームの主人公のような気分を味わったりして楽しんでいたが、最近は自分の身の回りの人や環境を微妙に変化させて、シュミレーションすることにハマっている。

このリアリティのあるVRをさらにリアルに近づけることができ、なおかつ何をしてもいいというのはそそられる物がある。


「今日の彼女とのデート展開はどうしようかな〜」


VR世界での俺の彼女は大学のアイドル的存在の女性だ。

現実世界では俺のことを認知すらしていないような女性とも付き合えるし、俺にゾッコンだというのだからVRの世界は最高だ。

なんなら芸能人とだって付き合えるが、身近な人と付き合う方がリアリティがあっていい。


俺という平凡な学生が全てを手に入れて、まさに人生の主人公と呼べるストーリーを体験できるのだから、こちらが本当の世界と言っても良いくらいだ。


いつものようにベッドに横たわり、スマホのDream DiveアプリからVRの設定を行う。


「前回の続きからで設定完了、スタートっと」


枕元に置いてある箱型のデバイスDream Diveにデータが送信され「ピピッ」と音がなる。


一瞬目の前が真っ暗になり、次の瞬間には大学の教室にいた。


「今日この後どうする?」


急に話しかけられて顔をあげると、VR世界の彼女がこちらの様子を伺っていた。


やっぱり最高に可愛いなと思いながら「今日はご飯でも食べに行こう」と平静を装って提案した。


「いいよ!」と彼女も乗り気だったので、二人で大学を出て近くにあるオシャレなレストランに向かった。


校内の学生、道行く人、レストランの客、みんなが俺たちのことをみている。

正確にいうと彼女のことをみているのだが、その横を歩いている俺に対する羨望や嫉妬の眼差しも感じる。

こんな優越感を味わえるのもVRの世界だからこそだ。


レストランでは食事や彼女との会話を楽しんだ。

実際に食べている感覚もあるし、味や香りもしっかり感じるがもちろん現実の俺の体に栄養がいくなんてことはない。


「ここで食べたもので現実の俺の体も満たされれば、ずっとここにいられるのに」


などと考えながら、今の技術の進歩ならもしかしたら近いうちに実現するかもとも思い少しワクワクした。


食事を終えた後、自分の家に行かないかと彼女を誘ってみたが今日は用事があるらしく断られた。

VRなので一緒に家に行く展開も簡単に作れるが「こういうランダムな要素もリアルでいいな」と思い今回は諦めて現実に戻ろうとした。


その時


「そう言えばVR世界で自分の家って行ったことないな。現実そっくりに作ってるからもしかしてDream Diveの世界にDream Diveがあったりして」


と謎の好奇心が湧いてきた。


Dream Diveの世界では「Dream Diveメニュー」と意識することでVR体験中に設定を変更することができる。

ゲームなどでよくみるメニューが視界の左上あたりに表示される感じだ。


俺はDream Diveメニューを意識し、表示された項目の中から「テレポート」を選択し「自宅」を設定した。


一瞬視界がゆらぎ、気づけば自分の家にいた。


「現実にもこのテレポート機能実装されねーかな」と思いながら家の中を見回すと、枕元にDream Diveが置いてあるのが目に入った。


「本当にあった!」と思いDream Diveを手に取ってみる。電源はついていない。


思い出したようにスマホのDream Diveアプリの設定を見てみると、今いるVR世界と同じ設定になっていた。


「マジでリアルに作られてるな」と関心しながら次の好奇心が浮かんできた。


「VRの中でVR体験ってできるのかな」


危ない好奇心だと思いながらも、VR体験中だからなんとかなるだろうという謎の自信からDream Diveの電源を入れ、ベッドに横になりアプリから設定を済ませスタートボタンを押した。


暗闇の後、目を開けるとそこは大学の教室だった。


「今日この後どうする?」


俺は一瞬の思考の後、このVR世界はさっきのVR世界と同じ展開だと気づきVRの中でVR体験ができたことを確信した。


「ごめん、今日俺バイト入ってるんだ」


好奇心は満たせたし、眠気が襲ってきたので適当な嘘を言って断った。


Dream Diveの仕組み上、現実世界で感じた眠気はVR世界でもダイレクトに感じる。生身の体を守るための仕組みだろう。


俺はDream Diveメニューから「終了」を選択し、VRの中のVRを終了させた。


──目を開けるとそこは俺の部屋だった。


「ここもまだVRの中だよな?」と思いながら再びDream Diveメニューを意識してみる。


すると、Dream Diveメニューが開き「終了」の項目があったので、自分の想像と合っていたことに安堵し再度「終了」を選択した。


──目を開けるとまた俺の部屋。


「これで現実に戻ってきたってことか。でも念のためDream Diveメニューが出るか試してみるか」


恐る恐るDream Diveメニューを意識してみると、予想を裏切りDream Diveメニューが開いた。


「え……」


「Dream DiveのバグでVR世界のループにハマってしまった」という嫌な予想が頭をよぎり冷や汗が吹き出す。


「まずい、まずい……!」


半分パニックになりながらも何かのミスだと信じ、祈るようにDream Diveメニューを開き「終了」を選択した。


──数秒の暗闇の後、体の感覚と意識が戻る。


すぐさまDream Diveメニューを意識する。


...メニューは開かない。何度意識しても開かない。


「良かった...。戻ってこれた」


半泣き状態になりながら戻ってこれたことへの安堵と、VR体験への恐怖が入り混じった複雑な感情を抱いた。


と同時に、俺は仰向けの状態でどこかに閉じ込められていることに気づいた。


「なんだ……ここ……?」


全体が半透明なガラスのようなもので覆われており、人が一人入れる程度の大きさの装置のみたいなものに閉じ込められている。


慌てて周りを確認してみると、周りにも同じような装置が無数に並んでいる。

そして、その装置の中にも人が入っているのが見えた。


「何かのバグで別のVR世界に来てしまったのか……?」


VR内でVR体験をしたことで何かおかしなバグが起きてしまったのかと考えた俺は再度Dream Diveメニューを意識してみたが表示されない。


意味が分からず困惑していると、自分の首に名札のようなものがさげられていることに気がついた。


それを手に取り顔の前まで持ってくる。


そこには、おそらくIDであろう英数字の羅列が左上の方に書かれており、その下に

「シナリオ: ランダム」

「記憶の引き継ぎ: ☓」

「期間: 本人死亡まで」

と書かれていた。


何を意味しているのか全く理解できないまま、その名札を裏返した。


そこには20代後半くらいの男の顔写真と名前が書かれていた。

その瞬間俺は全てを理解した──。


2030年、AI(人工知能)の発達にともない、VR(仮想現実)技術もさらなる成長を遂げた。

今やVR上に自分の好きな世界を形成し、自由に人や設定を加えることで現実と区別がつかなくなるほどのリアリティを誰でも体験できる時代だ。


ほとんどの仕事はAIが行い、人間はひたすら娯楽を求める生活を送っていた。

そんな中人気を博したのがDream DiveというVR技術だった。


Dream Diveを扱う施設へ行き、装置に入ることで五感を通じたVR体験ができるとう仕組みだ。

さらに、生きる上での最低限の栄養摂取や排泄管理なども装置内で行われるため、生身の体を気にすることなく命尽きるまでVR体験を楽しむことができる。

人類にとっての最大の娯楽となっていた。


現実世界での俺の人生はつまらないものだった。

なんの才能もなく、なんの努力もせず、なんの目標もなく毎日毎日同じような仕事を繰り返す日々。


気づけばAIの発達とともに俺の仕事はなくなっていた。


ただ、AIの発達は俺を絶望させたと同時に嬉しいギフトをもたらした。


それがVR世界だった。


こんなつまらない現実世界で生きるよりVR世界で余生を送ること決めた俺は、Dream Diveの一般利用開始と同時にここを訪れた。


つまりこの名札に映る人物は20年ほど前の現実世界の自分自身。


本来、現実世界の記憶を引き継がない形でVR世界に入っているので、戻ってくることはなかったはずなのだが、VR世界の中で何重にもVR世界を広げてしまい、終了するべきではないVR世界をたまたま終了させてしまったことで現実に戻ってきてしまったのだ。


「あと、40年くらいは楽しめるな。早く本当の世界に戻らないと……」

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