第37話 夜鳥の声
ホー ホー
(切っているばかりでは不利だ)
切れば数を増し攻撃の手数が増えて術者を探す間がなくなる。ならば、とシリウスは剣の腹を当てて反らす手法に切り替えた。切らずに水蛇の進路を変える。いまはこの方法でやりすごすしかない。
シリウスは次々と水蛇をかわしながら素早く目を走らせた。他の騎士も彼に習って同じ手法をとった。
水蛇がうねる。
方向をそらされて小枝を折り地面の石を跳ねあげて水蛇が戻ってくる。それをまた弾く。
(見える所にいるはずなのに、どこだ? どこにいる!)
水を操っている者がいるなら遠くにはいないだろう。そう考えてシリウスは木々の向こうにその姿を探す。しかし、いくら探しても人の姿を見つけることはできない。
ランシャルは水蛇を撃退するルゥイの後ろから苦戦する騎士たちの姿を目で追っていた。
追いついたダリルとラウルが馬から飛び降りて参戦する。彼らが加わっても優勢に転じたとはいえなかった。
(あの影をやっつけなきゃ)
剣を交えながらシリウスたちが水を操る者を探しているとランシャルにもわかった。すぐにでもあの影のことを知らせたい、そう思う。でも、声をかけるタイミングが見つからず、ランシャルはおろおろと目を泳がせるばかりだった。
(どうしよう・・・・・・僕が、行く? 行くしかない?)
影は飛んできた石を気にすることなくまだ同じ場所にいる。動くかどうするかと自分に問いかけるだけでランシャルの鼓動は早まった。
(僕が動いたらみんな気づいてくれる?)
考える間も水蛇の攻撃は続いている。
「ノージュメ!」
ルゥイの声がかすれ始めていた。
(狙いが僕なら近づけば誘き出せるかもしれない)
想像するだけで口の中が乾いて心臓がバクバクする。鼓動の早さに追われて思考が駆ける。
(もしも飛び出してきた者がただの影じゃなかったら?)
スパイドゥを見た時の恐怖が足をすくませる。
(ルゥイさんの後ろにいたら大丈夫かもしれない。でも・・・・・・!)
守られるだけじゃだめだ。と、心の奥で声がする。
(僕にはウルブの剣がある)
ランシャルは武者震いで音を立てる歯を噛みしめた。
『お前が手にすれば
白銀のウルブの声がランシャルを後押しする。
ランシャルは剣の鞘に手を伸ばして触れた。その時、影がぴくりと動いた。はっとしてランシャルは剣に目を落とした。
(光ってる)
短剣だった頃と変わることなく鞘は仄かに光っていた。
(・・・・・・もしかして)
剣に手をかけて少しだけそっと引き抜くと、顔を覗かせた刃が光を放った。仄かな光も暗い森では強く感じられる。
「逃げた!」
叫ぶコンラッドの声にランシャルは顔を上げた。
スパイドゥと同様に剣の光を嫌った行動に見えた。この光を嫌うならやはり人ではない。
(妖魔か魔物だ!)
ランシャルは気づくとルゥイの後ろから飛び出していた。
「ランシャル様!」
慌てたルゥイが一歩遅れてあとを追う。
(石が当たらないなら普通の剣じゃきっと切れない。ウルブの剣ならきっと! 僕が、僕がやらなきゃ!)
走る横から水蛇が躍り出てランシャルはぎょっと足を止めた。それでも手は動き剣を引き抜いた。無我夢中だった。振り回した剣が運良く水蛇に触れる。
「はっ!」
驚くランシャルの目の前で水蛇は砕けた。
水の蛇はざばっと音を立てて地面を叩き、ただの水へと戻っていった。
(僕にも、できる!)
ランシャルの表情が引き締まる。
瞳に力が加わり弱気なへっぴり腰が定まった。
剣を振るランシャルは襲い来る水蛇を次々と切ってただの水へと戻していく。シリウスたちが驚いたのは一瞬のこと。彼らはすぐにランシャルの援護に回った。
「はぁはぁ・・・・・・影は? 影はどこ?」
水の蛇を相手にしている間に影は移動し、見失ったランシャルは辺りを見回す。
ホー ホー
ランシャルを呼ぶように夜鳥の声がする。
声に導かれてその方角に目を凝らす。離れた木の向こうに一際濃い影を見つけてランシャルは走り出した。
ランシャルへ向く攻撃をシリウスや他の騎士たちが弾く。彼が何を目指して走っているのか、その場にいる皆が気づいていた。
近づけば影が逃げる。逃げれば追ってランシャルが右へ左へと走る。
「ノージュメ!」
影の逃げる先を指差してルゥイが唱えた。
見えない壁にぶつかって影が弾かれた。しかし、濃く深くなる木々の影に溶けて紛れて影は逃げてゆく。
ホー ホー
姿を見失うランシャルに夜鳥が手助けする。
「そこか!」
剣を逆手に持ってランシャルは振りかぶった。
ザクッ!!
剣は地面に深々と突き立ち、水の蛇たちがあちこちで水へと返る。
ランシャルが荒い息で見下ろす地面に敵の姿はなかった。
「はぁはぁ・・・・・・ど、どこに?」
水の蛇はもう生まれてこない。
雨音だけがその場を支配していた。
ランシャルは体から力が抜けてガクリと膝をついた。
激しい雨に煙る森の奥。
夜鳥の声がしたその方向に顔を向ける。ランシャルは驚いて目を見張った。雨のカーテン越しにランシャルは亡霊の姿を見た。
「・・・・・・霊騎士!」
確かにその方向から夜鳥の声がした。その場所に彼らが佇んでいる。まるで墨絵のように森に溶けて彼らはそこにいた。
雨足がさらに強まって激しく地面を叩く。
枝に葉に当たった雨が飛沫をあげて彼らの姿を霞ませる。
漂う冷気がランシャルたちの足元に流れ着く頃には、彼らの姿は森の中から掻き消えていた。
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