第38話 領地ガラル

 青空の下、草地を斑馬と白馬が駆けてゆく。

 昨日の土砂降りのせいで空から雲が消えてしまったかと思うほどの快晴。


「日の光が気持ちいいー」


 大きく空気を吸い込んだルゥイがランシャルの隣で目を細める。久しぶりの森の外は明るくて広く、ランシャルも自然と深呼吸をしていた。


 開けた草地を白馬が走る。

 森と森を分ける草原にはぽつぽつと木が生えているくらいで見晴らしが良かった。それは敵を見つけやすく、敵に見つけられやすい空間。


 いまいる場所からは離れていて見えないけれど、彼らの右手には平行して道がある。それは、昨日水の蛇と戦った領地ハドローの村々と、ここ領地ガラルの村々とを繋ぐ道だった。

 主要な町と町を繋ぐ道ほど大きくはない道。当然、通行人は少ない。それでも道を避けて森を突っ切って進んでいた。


「みんな、どうしてるかなぁ」


 ランシャルの口から言葉がこぼれた。

 遠くで草を食んでいる動物の群れの姿があった。羊に似てもこもこと毛に覆われた動物。自分が世話をしていたあの動物を思い出して、ほんの少し寂しさが心をよぎる。


「父ちゃんたちが放牧してくれてると思うよ」


 ランシャルが飼っていたのはたかだか5頭。でも、毎日気楽にお喋りをしていた仲良したちだ。毎朝卵を産んでくれた鳥たちもなつかしく思い出された。

 彼らとまた会える日が来るだろうかと思うと心が湿っぽくなる。


「僕のこと、覚えててくれるといいな」

「んー・・・・・・どうかな。あいつら能天気だからなぁ」


 黙ったランシャルの気配にコンラッドが続ける。


「でも、手の匂い嗅がせたら思い出すんじゃないか? ぴょんぴょん跳ねて喜ぶぞ、きっと」


 そう言って鳴き真似をしてランシャルを笑わせた。




 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




 ランシャルたちが森から森へと移動している頃。水の蛇と戦った場所でいかつい顔の男たちが馬を止めた。


「どうやらここで一戦交えたようだな」


 踏みしだかれた草と馬の足跡。注意して見渡せばそこかしこに折れた小枝を見つけることができる。


「だが妙だ」


 リーダーらしき男がいぶかしむ。

 戦いがあったにしてはきれいだった。血の痕も肉片も落ちていない。血は雨で流れたとしても、人と人が戦った気配が感じられなかった。


「相手は魔法使いか人外・・・・・・という所か」


 そこまで考えて男はにやりと笑った。


「どうやらこの方向で間違いないようだな」


 部下を連れて再び馬を歩かせる。


(あの方のために印の者を消す。そして再び都に返り咲いてやる!)


 舌で唇を湿らせた男の眼光は猟犬のように鋭かった。




 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




 森と草原のきわは波が砂浜に波紋を描くのに似て、ゆるくうねっていた。森を抜けては入り、草原に出てはまた森を目指して走る。

 ほどよく人の視線を遮ってくれる森は、身を隠して敵を狙うにも都合が良い。こちら側にも敵にも有利になる。油断はできない。


 再び森に入る前にルゥイは2通目の小鳥を飛ばした。


『1通目は届いていますか? 念のため・・・・・・』


 という書き出しから始まり、両親へ無事だと伝えてほしいと結ばれていた。


「また村がある」


 ランシャルがぽつりと言った。

 点在する村の間隔が短くなって領地ガラルの中心に近づいてきたと感じる。


「町に寄る?」


 コンラッドが目を輝かせる。


「いや、ハグルド様が用意してくださった携帯食が十分にあるからここでは寄らない。ですよね」


 ルークスがロンダルに確認した。うなづくロンダルを見てコンラッドが「えーっ」と不満げな声をあげる。その側でランシャルも少し残念そうな顔で村を眺めていた。


(僕も町を見てみたかったなぁ)


 ランシャルの知っている町は村から歩いていける1つっきり。領地をまたいだ別の町へは行ったこともなかった。


「ガラルの町よりもっと大きな所で宿をとりましょう」


 領地ガラルから都までの間に4つほど領地を挟んでいる。辺境の領地ハドローとさほど変わらない牧歌的な場所が多い領地だ。


「草地が多い領地ですから先を急ぎましょう」


 ラウルに言われてランシャルはうなづいた。

 森よりなだらかな草原は馬を走らせやすい。それだけ早く都へ着ける。


(早く帰りたいんだろうな)


 周りを囲んで走る面々は皆前を見据えている。彼らの表情に目をやって、ランシャルは遠くへと視線を投げた。


(皆には都で待ってる人がいる)


 楽しむ旅じゃない。

 危険に追われながら行く道ならのんびりしてなどいられない。


(護衛って・・・・・・どこまでなんだろう。都まで? お城の中でも側にいてくれるのかな・・・・・・)


 王として立とうと思う気持ちと不安とが心の天秤てんびんをゆらす。



 ランシャルの気持ちとは関係なく太陽は西へと沈んでゆく。太陽の向かうその先に都がある。


 太陽が西の空を焦がし夜の幕を下ろす頃、野営の準備が整った。

 夕食が済んで少し手持ち無沙汰のまま火を囲む。


  ホー ホー

  夜だ 夜がきた


 夜鳥よるどりの声を耳にして、ランシャルはふと思った疑問を口にした。


「霊騎士って・・・・・・敵なんですか? 味方なんですか?」


 騎士達が目を見交わす。

 この問いに答えられる適任者へ視線が集まり、ルークスが口を開いた。


「味方、と言っていいでしょう」


 その口調には慎重さがあった。


「でも、ウルブやスパイドゥに襲われたときには来なかった。味方なら騎士の皆と離ればなれの時にこそ現れるんじゃ?」


 ランシャルの問いにルークスの口が重くなる。


「幽霊みたいに消えたり現れたりするのに、移動する時間は人と同じなの?」


 ルークスは苦笑いして首をかしげた。


「古文書も含めて彼らの全てが書かれているものはありません。ただ、彼らはドラゴンによって地上に引き留められた霊です。霊ですが、物理的な影響は受けているようです」


 少し難しい言い回しにランシャルとコンラッドが目を合わせる。


「制約があるようなんです」


 さらに聞きなれない単語が出てきてふたりの表情がしぼむ。


「学者肌の言葉は少し難しいですね」


 ラウルがそっと微笑んで言った。


「霊騎士とただの幽霊との違いについて、もう少し優しい言葉で教えてくれないか?」


 子供相手のやわらかな口調で言って、ラウルはルークスへ話を渡した。




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